第209話 故郷の調べをあなたに10
俺は笑顔を見せるフェルリートたちと乾杯。
一口だけ口をつけて、フェルリートの肩に手を置いた。
「フェルリート、すぐ戻る。肉を焼いておいてくれ」
「うん」
俺はアリエリッタの元へ向かう。
すると、同じタイミングでティアーヌが姿を見せた。
アリエリッタが来ることを知っていたのだろう。
「アリエリッタ!」
「ティアーヌ!」
同期の二人は笑顔で握手を交わす。
だが、すぐに表情は引き締まり、互いに見つめ合った。
「同期として会えたのは嬉しいですが、今回は治安機関の失態ですね」
「ええ、マルディンさんを危険な目に合わせてしまったわ」
「治安機関で特別報酬を出してくださいよ」
「分かってるわ。それに加えて治療費や休業期間も補償する。もちろん、お金じゃ済まされないけど……」
「私たちの情報一つで、マルディンさんを危険に晒します。そのことは忘れないでください」
「ええ、これからはどんな相手にも遅れを取らないわ」
二人は小さな声で話している。
さらにそこへシャルクナが顔を出した。
「メイドのシャルクナと申します」
「初めまして。治安機関のアリエリッタと申します」
アリエリッタは、シャルクナが黒の砂塵であることを知っている。
シャルクナもまた、アリエリッタの情報は知っているだろう。
「シャルクナさん。少し先ですが、私はティルコア支部へ転勤します」
「はい、伺っております。マルディン様の留守を私たちで守るということですね」
「そうです。シャルクナさん、ティアーヌ、私で情報を共有しながら対応していくことになります。どうぞ、よろしくお願いいたします」
アリエリッタが一礼すると、同時にシャルクナも深く頭を下げた。
まさかこの場に、最高峰の諜報員が三人もいるとは誰も思わないだろう。
「アリエリッタ、飯を食っていけよ」
「ありがとうございます。ですが予定が変わりまして、これからすぐに戻ります」
「夜間飛行だぞ? 大丈夫か?」
「はい。今夜は月明かりがありますので大丈夫かと思います」
「そうか、まあ無理しないようにな」
「ありがとうございます」
アリエリッタを送ろうとすると、背後から二つの気配を感じた。
「マルディン! おせーんだよ!」
「もうみんな酔っ払ってんぞ! 飲むぞ!」
ジルダとグレクが絡んできた。
二人はもう完全に酒に酔っているようだ。
「ちょっと仕事が長引いてな。あ、そうだ、紹介するよ、ギルドの同僚のアリエリッタだ」
「アリエリッタと申します。マルディンさんには、大変お世話になっております」
アリエリッタの姿を見た二人が、途端に姿勢を正した。
「石工屋のジルダです! 石に困ったら何でも言ってください!」
「漁師のグレクです! 好きな魚はなんですか!」
アリエリッタが笑顔を浮かべ、二人に対し丁寧に一礼した。
「お声がけしてくださって、ありがとうございます。本日は時間がないのですが、また伺います。その時に、ジルダさんとグレクさんのお話をたくさんお聞かせいただけますか?」
「「も、もちろんです!」」
「わあ、嬉しいです! ありがとうございます!」
アリエリッタの言葉に笑顔で返答する二人。
俺と話していた時と、アリエリッタの印象がだいぶ違う。
唖然としてその様子を眺めていた俺に、ティアーヌが顔を近づけた。
「マルディンさん。あの娘、すでにマルディンさんの交友関係の情報を持っているんです。それに、ああいう場面を最も得意としていて……」
「だろうな。もう二人を手玉に取ったわ。恐ろしいぜ……」
「あの娘の二つ名は舞姫ですから。マルディンさんも気をつけてくださいね」
「何をだよ」
ティアーヌの言葉の意味は分からんが、ジルダとグレクに視線を向けると、鼻の下を伸ばしてアリエリッタと会話している。
アリエリッタは上手にあしらい、二人を庭に戻した。
本当に手慣れたものだ。
俺とティアーヌは、アリエリッタを飛空船まで見送る。
「アリエリッタ、世話になったな」
「とんでもないです。こちらこそ本当にご迷惑をおかけしました」
深く頭を下げたアリエリッタ。
「気にするなと言っただろう」
「そういうわけには……」
「怪我は俺が未熟な証拠だ。お前たちのせいじゃない。また一から鍛えるさ」
少し顔を赤らめながら、首を横に振るアリエリッタ。
そして、ティアーヌに別れを告げ飛空船に乗船。
最後にもう一度深く頭を下げ、扉を閉めた。
飛空船は離陸し、北へ向かって飛び立った。
「ふう、これでやっと落ち着けるな」
「お疲れ様でした。報酬の精算はまた後日行いますね」
ティアーヌが隣を歩く。
「それにしても、なんで庭に網焼き台ができてんだよ」
「シャルクナさんがジルダさんに相談したら、張り切って作ったそうですよ。ふふ」
「あのバカ……」
「でも、これでいつでも網焼きができるじゃないですか。羨ましいですよ?」
「こっちはいい迷惑だよ」
まあでも殺風景な庭に立派な網焼き台ができたことで、なかなか楽しげな景色になったと思う。
「あ、マルディンさん。私、先に庭へ戻ってますね」
ティアーヌが前方に立つ人影にお辞儀して、庭へ走っていった。
その人影が俺に近づく。
「ねえ。あなた怪我してるでしょ?」
医師のレイリアだ。
俺の怪我に気づいたのかもしれない。
「してない」
「見たところ、左肩と両腿ね。それも相当酷いじゃないの。よく歩けるわね」
「してねーから」
「でも、包帯を強く巻き過ぎよ。それじゃあ一度座ったら立てないわよ? まあ今日は大目に見るけど、明日の朝、診察に来るわね」
「してねーっつーの!」
「あのねえ、私はあなたの主治医なのよ? 見抜けないわけないでしょう? 左肩は弓で、腿裏は投短剣ってところね」
怪我どころか、その原因まで見抜いたレイリア。
これはもうごまかしきれない。
「う……、そ、その通りだ」
「まったく……。あなたの仕事は危険だから怪我は仕方ないにしても、ちゃんと私に報告しなさい。主治医の身になりなさいよ」
「わ、分かった……」
「素直でよろしい。じゃあ、フェルリートの元へ戻りましょう。お姫様が待っているわよ」
「はいはい」
庭へ戻ると、網焼き台でフェルリートが肉を焼いていた。
笑顔を浮かべ、みんなと楽しそうに会話している。




