第208話 故郷の調べをあなたに9
空が赤く染まる中、飛空船は自宅の上空に到着した。
地上に目を向けると、庭から白煙が上がっている。
それはもう盛大なパーティー会場だ。
フェルリートを祝うために、たくさんの仲間が集まったのだろう。
「着陸します!」
伝声管から声が聞こえ、飛空船は下降を開始。
簡易空港に着陸した。
自宅の簡易空港は、二隻の飛空船が着陸可能な広さを持つ。
「マルディンさん、もう下船可能です。傷は大丈夫ですか?」
アリエリッタが部屋に入ってきた。
「ああ、左肩と両腿に包帯をきつく巻いた。少しの間なら動けるさ。怪我なんかで台無しにしたくない。フェルリートの誕生日だ」
「優しいんですね」
「あ、あれ?」
精一杯かっこつけたが、ベッドから立てなかった。
包帯をきつく巻きすぎたようだ。
「ぐ……。す、すまん。アリエリッタ、肩を貸してくれ」
「ふふ、かしこまりました」
「こりゃ一度座ったら、もう立てないな……」
立ち上がる時だけアリエリッタの肩を借りた。
そして俺は、飛空船から降りて庭へ急ぐ。
とはいえ、足の怪我があるため走ることはできない。
「フェルリート! すまない! 遅くなった!」
「マ、マルディン!」
俺の姿を見たフェルリートが駆け寄ってきた。
「おかえり!」
「仕事が長引いてな。すまん」
「ううん……。帰ってきてくれて嬉しい……」
笑顔で俺の顔を見つめているが、その表情が徐々に崩れてきた。
「ん? どうした?」
「う、うう」
大きな瞳に涙を浮かべるフェルリート。
俺はそっと頭を撫でた。
「フェルリート、誕生日おめでとう」
「うん……ありがとう」
フェルリートが俺の胸に頭を押しつけた。
「マルディン……ごめんなさい」
「どうした? なにを謝ってる?」
「帰って……こないかと思った……」
「大丈夫だ。俺は絶対に帰ってくる」
「ごめんなさい……。でも怖かった……」
「そうだよな、ごめんな」
俺はフェルリートを落ち着かせるように、小さな背中に右腕を回し軽く触れた。
「ほら、せっかくの誕生日だ。楽しもうぜ」
「う、うん」
俺の胸からゆっくりと離れるフェルリート。
俺はバッグからプレゼントを取り出した。
「フェルリート、プレゼントだ」
「え? あ、ありがとう」
「ごめんな。少し破れちまったけど、中身は平気だよ」
「開けてもいい?」
「もちろんだ」
フェルリートは丁寧に包装を剥がし、彫刻された木箱を手に持つ。
そして静かに蓋を開けた。
「オルゴールだ……」
「俺の故郷の民謡で、市場で待つ女って曲だ」
「市場で待つ女……。凄く綺麗な曲……」
「フェルリートに聴かせたかったんだ」
市場で待つ女の旋律が流れる。
オルゴールを見つめているフェルリート。
聴き入っているようだ。
「ありがとうマルディン。帰ってきてくれて……本当にありがとう」
「お前の誕生日だ。帰ってくるに決まってるだろう」
フェルリートの両親は、誕生日に出かけたまま帰ってこなかった。
そのことがトラウマになっている。
「お前を一人になんてしないさ」
「うん」
「さ、お前の飯を食わせてくれ」
「うん」
フェルリートは頷きながら、一歩前に進む。
「うう、ううう……ううう」
オルゴールを抱えながら、俺の胸に飛び込んできた。
「お、おい」
「お父さん……お母さん……」
「フェルリート?」
フェルリートの小さな肩が震えている。
「お父さん、お母さん、会いたいよ! 本当は会いたいよ! うわああん!」
フェルリートの言葉を聞いて、胸が張り裂けそうになった。
包帯を強く巻いた左腕を無理やり動かし、両腕でフェルリートを強く抱きしめる。
ここにいる町の人間は、全員フェルリートの事情を知っている。
フェルリートを見つめながら、ほとんどの者が涙していた。
以前アリーシャに聞いたのだが、幼い頃からフェルリートは、両親に会いたいと一言も発さなかったそうだ。
理由は周りを困らせてしまうから。
「フェルリート……」
できることなら叶えてやりたい。
だけどそれは絶対に叶わない。
アリーシャが涙を流しながらそっと俺たちに近づき、無言でフェルリートの頭に顔をうずめ、フェルリートごと俺に抱きついてきた。
言葉はないが、優しさが温もりとなって伝わる。
「うわああああん! フェルリート! フェルリート!」
さらにラミトワが走って飛びついてきた。
三人は俺にしがみつくように、そのまましばらくの間号泣していた。
海風が三人の髪を揺らす。
日は沈み、鮮やかな赤紫色の空が夜の始まりを告げる。
「ふふ、うふふ」
「フフ、フフフ」
「へへ、へへへ」
突然、娘たちが笑い始めた。
「「「あっはっは!」」」
号泣から一転、俺に抱きつきながら大笑いしている三人。
「お、おい、どうしたんだよ」
「「「マルディン、ありがとう!」」」
三人が同時に声を上げた。
「お腹空いちゃったね」
「肉を焼きましょう」
「肉だ! 食うぞ! 食うぞ!」
俺の右手にフェルリートがしがみつき、左手をアリーシャが抱きかかえ、背中をラミトワが押した。
三人と一緒にテーブルへ向かう。
傷は痛むが、悪くない。




