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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第六章 春の新生活

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第208話 故郷の調べをあなたに9

 空が赤く染まる中、飛空船は自宅の上空に到着した。

 地上に目を向けると、庭から白煙が上がっている。

 それはもう盛大なパーティー会場だ。

 フェルリートを祝うために、たくさんの仲間が集まったのだろう。


「着陸します!」


 伝声管から声が聞こえ、飛空船は下降を開始。

 簡易空港に着陸した。

 自宅の簡易空港は、二隻の飛空船が着陸可能な広さを持つ。


「マルディンさん、もう下船可能です。傷は大丈夫ですか?」


 アリエリッタが部屋に入ってきた。


「ああ、左肩と両腿に包帯をきつく巻いた。少しの間なら動けるさ。怪我なんかで台無しにしたくない。フェルリートの誕生日だ」

「優しいんですね」

「あ、あれ?」


 精一杯かっこつけたが、ベッドから立てなかった。

 包帯をきつく巻きすぎたようだ。


「ぐ……。す、すまん。アリエリッタ、肩を貸してくれ」

「ふふ、かしこまりました」

「こりゃ一度座ったら、もう立てないな……」


 立ち上がる時だけアリエリッタの肩を借りた。

 そして俺は、飛空船から降りて庭へ急ぐ。

 とはいえ、足の怪我があるため走ることはできない。


「フェルリート! すまない! 遅くなった!」

「マ、マルディン!」


 俺の姿を見たフェルリートが駆け寄ってきた。


「おかえり!」

「仕事が長引いてな。すまん」

「ううん……。帰ってきてくれて嬉しい……」


 笑顔で俺の顔を見つめているが、その表情が徐々に崩れてきた。


「ん? どうした?」

「う、うう」


 大きな瞳に涙を浮かべるフェルリート。

 俺はそっと頭を撫でた。


「フェルリート、誕生日おめでとう」

「うん……ありがとう」


 フェルリートが俺の胸に頭を押しつけた。


「マルディン……ごめんなさい」

「どうした? なにを謝ってる?」

「帰って……こないかと思った……」

「大丈夫だ。俺は絶対に帰ってくる」

「ごめんなさい……。でも怖かった……」

「そうだよな、ごめんな」


 俺はフェルリートを落ち着かせるように、小さな背中に右腕を回し軽く触れた。


「ほら、せっかくの誕生日だ。楽しもうぜ」

「う、うん」


 俺の胸からゆっくりと離れるフェルリート。

 俺はバッグからプレゼントを取り出した。


「フェルリート、プレゼントだ」

「え? あ、ありがとう」

「ごめんな。少し破れちまったけど、中身は平気だよ」

「開けてもいい?」

「もちろんだ」


 フェルリートは丁寧に包装を剥がし、彫刻された木箱を手に持つ。

 そして静かに蓋を開けた。


「オルゴールだ……」

「俺の故郷の民謡で、市場で待つ女(イザベラーラ)って曲だ」

市場で待つ女(イザベラーラ)……。凄く綺麗な曲……」

「フェルリートに聴かせたかったんだ」


 市場で待つ女(イザベラーラ)の旋律が流れる。

 オルゴールを見つめているフェルリート。

 聴き入っているようだ。


「ありがとうマルディン。帰ってきてくれて……本当にありがとう」

「お前の誕生日だ。帰ってくるに決まってるだろう」


 フェルリートの両親は、誕生日に出かけたまま帰ってこなかった。

 そのことがトラウマになっている。


「お前を一人になんてしないさ」

「うん」

「さ、お前の飯を食わせてくれ」

「うん」


 フェルリートは頷きながら、一歩前に進む。


「うう、ううう……ううう」


 オルゴールを抱えながら、俺の胸に飛び込んできた。


「お、おい」

「お父さん……お母さん……」

「フェルリート?」


 フェルリートの小さな肩が震えている。


「お父さん、お母さん、会いたいよ! 本当は会いたいよ! うわああん!」


 フェルリートの言葉を聞いて、胸が張り裂けそうになった。

 包帯を強く巻いた左腕を無理やり動かし、両腕でフェルリートを強く抱きしめる。


 ここにいる町の人間は、全員フェルリートの事情を知っている。

 フェルリートを見つめながら、ほとんどの者が涙していた。


 以前アリーシャに聞いたのだが、幼い頃からフェルリートは、両親に会いたいと一言も発さなかったそうだ。

 理由は周りを困らせてしまうから。


「フェルリート……」


 できることなら叶えてやりたい。

 だけどそれは絶対に叶わない。


 アリーシャが涙を流しながらそっと俺たちに近づき、無言でフェルリートの頭に顔をうずめ、フェルリートごと俺に抱きついてきた。

 言葉はないが、優しさが温もりとなって伝わる。


「うわああああん! フェルリート! フェルリート!」


 さらにラミトワが走って飛びついてきた。

 三人は俺にしがみつくように、そのまましばらくの間号泣していた。


 海風が三人の髪を揺らす。

 日は沈み、鮮やかな赤紫色の空が夜の始まりを告げる。


「ふふ、うふふ」

「フフ、フフフ」

「へへ、へへへ」


 突然、娘たちが笑い始めた。


「「「あっはっは!」」」


 号泣から一転、俺に抱きつきながら大笑いしている三人。


「お、おい、どうしたんだよ」

「「「マルディン、ありがとう!」」」


 三人が同時に声を上げた。


「お腹空いちゃったね」

「肉を焼きましょう」

「肉だ! 食うぞ! 食うぞ!」


 俺の右手にフェルリートがしがみつき、左手をアリーシャが抱きかかえ、背中をラミトワが押した。

 三人と一緒にテーブルへ向かう。


 傷は痛むが、悪くない。

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