第207話 故郷の調べをあなたに8
昼を過ぎると、マルディン邸に続々と参加者が集まってきた。
フェルリートに挨拶してプレゼントを渡し、各々勝手に酒を飲み始める。
テーブルには大量の食材が置かれ、次々と網焼き台で焼かれていく。
広大な庭には、白煙と香ばしい香りが広がっていた。
その様子は、まるで市場の屋台のようだ。
フェルリートは庭のベンチに座り、アリーシャと一緒に帝猛牛の串焼きを食べていた。
「ふう、もうお腹いっぱい。でも、この帝猛牛は本当に美味しいね」
「そうでしょう。一番美味しいところをラーニャさんが分けてくれたのよ」
「嬉しいなあ」
「ラーニャさんは仕事で来られないけど、今度あなたをお祝いするって言ってたわよ」
「本当に? やったあ!」
姉妹のように会話する二人。
そこへシャルクナが近づき、フェルリートに一礼した。
「フェルリート様、宮殿からお祝いの品が届いております」
「え? 宮殿?」
「送り主は、ファステル皇后陛下でございます」
「ファステル様……。え! う、嘘でしょ!」
皇后であるファステルは、特殊諜報室経由でプレゼントを送るように手配していた。
皇都で数日しか会っていないが、今やファステルにとってフェルリートは大切な友人の一人だ。
その様子を見ていたラミトワが、大きな瞳を見開き、顎が外れそうなほど口を大きく開いていた。
「ええええええええ! フェルリートって皇后陛下と知り合いなの!」
「う、うん。前にマルディンと宮殿に行ったことがあって、そこで知り合ったの」
「なんだってええええ!」
驚きのあまり、ラミトワは背中から芝生に倒れ込んだ。
そして、上半身だけを起こし、フェルリートに視線を向ける。
「ねえねえフェルリート、皇后陛下って世界三大美女でしょ? どうだった?」
「信じられないくらい綺麗だったよ」
「えー! フェルリートよりも?」
「もちろん」
「アリーシャよりも?」
「うーん、うん」
「マジかよ! レイリアおばさんよりも?」
「うん。でもレイリアさんは本当に綺麗だから、失礼だけど同じくらいかもしれないなあ」
「まあ、レイリアおばさんはちょっと特別だもんなあ。じゃあ私よりも?」
「ふふ、ラミトワが一番綺麗だよ」
「だよねー! あっはっは!」
ラミトワが元気に飛び起き、得意のダンスを披露する。
喜びの舞いと、わけの分からないことを叫んでいた。
「ってか、あのおっさん何者だよ。なんで宮殿に行くんだよ」
「マルディンって、皇帝陛下とお友達なんだよ」
「はああああああああああ? 嘘でしょ!」
「ほんとなんだなあ、これが」
「驚きすぎて目ん玉飛び出たよ!」
「凄く仲が良いみたいだよ」
「マジかよ……。じゃあ、おっさんと結婚したら、皇帝陛下とお友達になれるってこと?」
「そうかもね。ふふ」
「でもなあ、腰痛おっさんだし、介護しなきゃいけないしなあ。だけど陛下と友達は凄い。うーん、迷っちゃう」
邪な考えで、マルディンとの結婚を真剣に検討するラミトワ。
そんないつものラミトワに安心したフェルリートは、祝いの品を丁寧に開封した。
「わあ、手鏡だ。嬉しい」
「良かったわね、フェルリート」
「うん。見て、アリーシャ。凄く綺麗だよ」
銀製の手鏡で、繊細な彫刻が施されている。
そして、皇后からの贈り物として皇室の刻印がされていた。
「ファステル様、ありがとうございます。大切に使います」
フェルリートは宮殿がある西のタルースカに向かって、深々と頭を下げた。
――
日が傾き、雲が赤く染まり始める。
庭では網焼きを楽しむ者、酒を飲む者、芝生で横になる者など、もはやそれぞれが自由に過ごしていた。
庭のベンチに座るフェルリートとアリーシャ。
小高い丘はティルコアの海が一望できる。
夕日を浴びた翠玉色の海が、黄金色に輝いていた。
「それにしても、マルディン遅いなあ」
「そうね。何かあったのかしら」
「大丈夫かな……。ん?」
敷地内の石畳の道を一人の女性が歩いてきた。
それに気づいたフェルリートが大きく手を振る。
「レイリアさん!」
「フェルリート、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
「はい、これプレゼントよ」
「え! あ、ありがとうございます!」
「あなたも二十四歳か。もう大人の女性ね」
「そんな、まだまだです……」
仕事を終えてすぐに訪れたレイリアは、特に化粧をしていない。
海風に揺れるレイリアの長い黒髪。
その美しさにフェルリートは見惚れていた。
「ん? どうしたの?」
「い、いえ、どうやったらレイリアさんみたいに綺麗になれるんだろうと思って……」
「何言ってるのよ。あなたは本当に綺麗で可愛らしいわ。私も羨ましいのよ」
「え?」
「もっと自信持ちなさいよ。ウフフ」
美しい笑顔を浮かべながら、周囲を見渡すレイリア。
「ところで、マルディンはまだ帰ってないの?」
「はい。仕事が長引いているのかもしれないです。もしかしたら怪我とか……」
「大丈夫よ。マルディンのことだから必ず帰ってくるわ」
「そ、そうかな……」
「大丈夫だって。あの人はフェルリートのことが本当に大切なんだから。安心なさい」
レイリアが優しい微笑みをたたえながら、フェルリートの頭を軽く触れた。
「レイリアおばさん! お肉あるよ! 食べて食べて!」
網焼き台で肉を焼いていたラミトワが声を上げる。
「ありがとう、ラミトワ。お腹減っちゃったのよ。いただくわね」
「たくさんあるよ! お酒もあるよ!」
ラミトワは焼いたばかりの肉を皿に取り、レイリアへ渡そうとする。
「ん? なんじゃあれ?」
皿をテーブルに戻し、西日を避けるように両手を目の上に当て、上空を眺めるラミトワ。
「飛空船だ。どこのだ?」
庭にある簡易空港に向かって、小型の飛空船が近づいてきた。
◇◇◇




