第204話 故郷の調べをあなたに5
◇◇◇
「な、なんだこれ!」
「お、おい! ドルッツ兄弟が死んでるぞ!」
「全員……首が……」
アジトに戻ってきた男たちが、驚愕の声を上げた。
数日前から密猟に出ていた者たちだ。
「な、何が起こったんだ?」
「まさか、冒険者ギルドの襲撃か?」
「だからって、腕が立つドルッツ兄弟が死ぬか?」
「あ、あいつだ!」
一人の男がマルディンを指差した。
青剣花の毒で、意識が朦朧となっているマルディン。
ふらつきながらも、辛うじて立っている状態だ。
「こ、こいつ! マルディンって冒険者だ!」
「ヴァルサゴさんが言ってた奴か!」
「こいつがやったのか!」
「殺せ!」
密猟から戻ってきた男たちが、マルディンに向かって一斉に剣を抜いた。
総勢八人だ。
「「「死ねええええ!」」」
三人の男が剣を振り上げながら、マルディンに突っ込む。
マルディンは手に持つ悪魔の爪を、水平に一度だけ振った。
「「「え?」」」
宙に浮く三つの首。
切られた男たちが最後に見たものは、自分の胴体かもしれない。
三人は、振り上げた剣を握る腕ごと首を落とされていた。
「はあ、はあ……。帰るんだ……」
マルディンの剣技を見た残りの五人の顔が、一瞬で青ざめた。
「くっ! 全員で行くぞ!」
「こいつにゃ懸賞金がかかってるって話だ!」
「ドルッツ兄弟の仇だ!」
「こいつ……こんな状況で歌ってやがる」
「関係ねえ! 行くぞ!」
剣を振り上げた五人を前に、マルディンは市場で待つ女を口ずさんでいた。
無意識に三番を繰り返し歌う。
それは戦争から無事に帰り、女と再会する内容だ。
五人はマルディンを囲むようにゆっくりと迫り、それぞれ上段、下段、突きなど剣を構える。
慎重に、そして確実に仕留めるためだ。
それに対し、マルディンは左腕を一回だけ回した。
僅かに遅れて宙に舞った五つの首は、落石のような鈍い音を立てながら、地面に転がる。
「待ってろ……、フェルリート……」
マルディンは完全に意識を失っている。
常人なら即死する青剣花の毒に犯されながらも、たった一つの想いだけで身体を動かしていた。
「マルディンさん!」
マルディンの名を叫びながら、走り寄る一人の女が現れた。
「マルディンさん! 私です! 治安機関のアリエリッタです!」
今のマルディンに思考力はない。
ただ、人の殺意だけに反応していた。
マルディンに駆け寄るアリエリッタには、当然ながら殺意などない。
「マルディンさん、申し訳ございません! 申し訳ございません!」
アリエリッタは涙を流しながら、マルディンに駆け寄り、抱きつくように身体を支えた。
「マルディンさんが出発してから、ヴァルサゴの情報が入ったんです!」
マルディンはアリエリッタの言葉に反応せず、無意識に市場で待つ女の歌詞を呟いていた。
そこにはもはや旋律の欠片もない。
「ヴァルサゴがいると知っていれば、お一人では行かせませんでした。申し訳ございません、申し訳ございません」
アリエリッタは号泣しながら、マルディンの腕を自分の肩に回し、身体を支え歩き始めた。
「飛空船で来ています。すぐに治療します」
マルディンを抱えたアリエリッタは、部下たちにこの場の後始末を指示し、ギルドの飛空船に乗り込んだ。
◇◇◇
目を覚ますと、俺はベッドに寝ていた。
「マルディンさん!」
名前を呼ばれ、身体を起こす。
「ここは?」
「ギルド所有の飛空船です」
「飛空船?」
部屋を見回すと確かに飛空船の個室だ。
窓の外は空しか見えない。
雲が動いていることで、飛行中と分かった。
小さなベッドの隣で、一人の女が椅子に座っている。
「あんたは治安機関のアリエリッタか」
「はい。覚えていてくださったんですね。ありがとうございます」
このアリエリッタが、今回の任務を仕切っていた。
「俺はどうしてこの飛空船に?」
質問しながらも、徐々に思い出してきた。
俺は任務で密猟組織に乗り込んだ。
そして、突然現れたヴァルサゴを討伐。
青剣花の毒に犯されながら、ドルッツ兄弟の首を跳ねた。
だが、そこからの記憶がない。
「任務はどうなった!」
「ドルッツ兄弟とヴァルサゴを含めて、密猟組織は壊滅しました」
「そうか。任務は終えたのか」
「はい……」
アリエリッタが小さな声で返事をしながら、姿勢を正した。
「マルディンさん、今回は完全にこちらの不手際です。申し訳ございませんでした。謝って済むことではないですが、大変申し訳ございませんでした」
椅子に座りながら、深く頭を下げるアリエリッタ。
ずっと泣いていたのだろうか、目が充血して腫れている。
「私がヴァルサゴの情報を掴んでいなかったことで、マルディンさんを危険に晒しました」
「まあ結果的に討伐できたんだ。気にするな」
それでもアリエリッタは何度も謝罪している。
その様子が痛々しいほどだ。
アリエリッタの大きな瞳から、大粒の涙が溢れ出ていた。
確かにヴァルサゴの情報がなかったことは不手際かもしれないが、討伐に手こずったのは俺の責任だ。
「アリエリッタ、大丈夫だ。本当に気にするな」
「申し訳ございません……」
アリエリッタの涙を見て、俺は最も大切なことを思い出した。
フェルリートとの約束だ。
「待て! あれから何日経った!」
「み、三日です」
「なんだと!」
フェルリートの誕生日は今日だ。
絶対に帰ると約束をしたのだが、もう間に合わない。
「くそっ。フェルリート、すまない」
俺は奥歯を噛み、拳を握りしめた。
約束を守れなかった自分に怒りが湧く。
「マルディンさん、ご安心ください。この飛空船はティルコアへ向かっています」
「なんだと?」
「実はマルディンさんを密猟アジトで発見して、すぐにギルドの病院へ運んだんです。そこで入院しながら毒の治療をしました」
「じゃあ、なぜ今飛空船に乗っている?」
「ティアーヌから連絡が来たんです。どうしても本日中に帰還させてほしいとのことでした」
「ティアーヌが?」
「はい。医師も問題ないと診断したので、今朝飛空船で出発しました。宵の口にはマルディンさんの自宅に到着すると思います」
「そうだったのか……」
どうやらフェルリートの誕生日には間に合うようだ。
ティアーヌの配慮にまた助けられた。
「ありがとう。助かったよ」
「そんな! 感謝しているのはこちらです」
アリエリッタが申し訳なさそうな表情を浮かべつつも、笑顔を見せた。
「ティアーヌから、お誕生日のお祝いと聞いてます」
「ああ、そうだ。大切な娘でな。絶対に帰ると約束していたんだ」
俺は自分の発言に照れてしまい、それを隠すように窓の外に視線を向けた。




