第203話 故郷の調べをあなたに4
俺は即座に悪魔の爪を抜き、剣を横に構え受け止めた。
甲高い音が鳴り響き、大きな火花が散る。
「これを防ぐとは恐れ入ったよ。だがもう諦めろ。貴様は囲まれている」
剣を受けながら、俺は目線だけで周囲を探った。
ドルッツ兄弟、弓を構えた男たちが約十人、そして目の前の男だ。
「俺が来ることを知っていたのか?」
「くはは。今は情報を制する者が生き残る時代なのだよ」
男が再度上段切りを放つ。
俺は剣を斜めに構え、真っ向から受けた。
剣がぶつかり合い、激しく火花を散らす。
俺の行動は完全に読まれていたようだ。
どうしてバレたのかは分からない。
だが、この男はそれを可能にする能力を持っていることを、俺は知っていた。
「お前、ヴァルサゴだろ?」
「ほう、よく知ってるな。首落としのマルディン」
この男もギルドハンターの討伐リストに入っている。
しかも、数少ない二つ名持ちのAランク冒険者だ。
「先読みのヴァルサゴか」
「貴様に名前を覚えられているとはな。光栄だよ、くはは」
異名通り、俺がここへ来ることを読んでいたようだ。
ヴァルサゴが剣を引き、下段から切り上げてきた。
俺はもう一度悪魔の爪で受ける。
「なぜお前がここにいる?」
「ドルッツ兄弟に雇われたんだよ。まあ正確には違うがな」
「どういうことだ?」
会話しながら剣を振る。
Aランク冒険者は伊達ではなく、俺と何合も剣を交えるヴァルサゴは達人と言えよう。
とはいえ、俺はヴァルサゴを殺さないように、ほぼ防御に徹して剣を受けていた。
このまま接近していれば、弓を射たれないからだ。
もし俺がヴァルサゴを切り捨てれば、その瞬間弓が雨のように放たれるだろう。
安全を確保できるまでは、ヴァルサゴを生かしておく。
「実はな、貴様に会いたかったんだよ」
「なに?」
「貴様は懸賞金がかけられた。それも金貨三千枚という過去最高額だ。貴様がドルッツ兄弟を狙っていると情報を得てな。俺の方から兄弟に接触したんだ。くはは」
裏の世界では、要人に懸賞金を出すことがあるという。
大抵は騎士団長や隊長クラスなのだが、稀に冒険者にも懸賞金がかけられるそうだ。
「情報は大切なんだろ? そんな重要なことを本人に喋っていいのか?」
「構わん、お前はここで死ぬからな」
「じゃあついでに聞くが、懸賞金を出しているのはどこだ?」
「貴様のことだ。想像できるんじゃないのか?」
「夜哭の岬か」
「さあな。くはは」
ヴァルサゴははぐらかすが、その表情が物語っている。
そこまで情報を漏らすということは、本気で俺を始末できると思っているのだろう。
「首落とし! 噂ほどでもないな! 貴様の首を取れば、金が入り名も上がる! くはは!」
俺は防御に徹しながら、ヴァルサゴから離れないように細心の注意を払う。
「くはは。これから死ぬ貴様に、一ついいことを教えてやろう」
「何をだ」
「貴様は無力と無念を抱き、屈辱と失意と後悔に沈んでいくのだ。くはは」
突然ヴァルサゴの顔が歪んだ。
悪意に満ち溢れた、醜い表情を浮かべるヴァルサゴ。
「貴様の情報を裏の世界に流したぞ」
「俺の情報だと?」
「この名は知っているか? ラミトワ、アリーシャ、フェルリート、レイリア。他にもいたか? ん? くはははは」
その言葉を聞いた瞬間、全身から血の気が引いた。
「全員大層な美人だと言うじゃないか! まずは俺が楽しませてもらおう。その後は……。楽しみだ! くはははは!」
そして、殺意という黒い感情が湧き上がる。
「死ね、マルディン! 貴様は何も救えない! くはははは!」
ヴァルサゴが舌を舐めずりながら、剣を振り下ろす。
「もうその汚い顔を見せるな」
俺は防御をやめ、悪魔の爪を水平に振る。
ヴァルサゴが振り下ろす剣を切り落とすと、汚い首が宙に舞った。
◇◇◇
「う、射て!」
ドルッツ兄弟の号令と共に、マルディンに向かって矢が一斉に放たれた。
糸巻きではもう間に合わない。
マルディンは剣で矢を叩き落とすが、捌ききれない矢が頬を引き裂く。
先ほどドルッツ兄弟の投短剣で切られた頬から、さらに血が滴り落ちる。
マルディンの宵虎鎧は容易に矢を弾くものの、運悪く一本が肩の繋ぎ目に命中。
左上腕の付け根を深く抉った。
「早く射て! 殺せ!」
「射て射て射て!」
ドルッツ兄弟が叫ぶが、射手たちが矢をつがえる前に、マルディンは走り出した。
射手の正面で左腕を回すマルディン。
腕の傷から血が吹き出すが、意に介さない。
次々と射手の首が落ちていく。
「こ、この化け物め!」
ドルッツ兄弟は小さな瓶を取り出し、投短剣に液体を垂らした。
「死ね! 首落とし!」
「懸賞金はもらった!」
ドルッツ兄弟が、マルディンの背後からそれぞれ投短剣を投げつけた。
両足の腿裏に突き刺さるも、マルディンは振り返りながら、ドルッツ兄弟に向かってもう一度左腕を回した。
「ば、化け……」
ドルッツ兄弟の最後の言葉とともに、地面に首が落ちた。
マルディンはその場に膝をつき、身体に刺さった矢と投短剣を引き抜く。
「ぐっ」
傷口から大量の血が流れる。
「はあ、はあ」
マルディンはよろめきながら、バッグの元へ辿り着いた。
治療キットを取り出し、震える手で止血をする。
「毒塗りか。はあ、はあ」
投短剣に塗られた毒に気づいたマルディン。
ドルッツ兄弟は当初、仲間との同士討ちを避けるために毒の使用を控えていた。
だが、マルディンが皆殺しにしたことで、最後の切り札として毒を使用した。
「青剣花か……」
暗殺者が好んで使うと言われている青剣花の毒は、全身が痺れ次第に麻痺する。
そして、呼吸困難となり死ぬ。
マルディンは多少の毒耐性を持つ。
毒耐性がなければ、すでに死んでいただろう。
「ぐっ、解毒剤を……」
マルディンはバッグから解毒剤の小瓶を取り出し、一気に飲み干した。
これはロルトレが調合した解毒剤だ。
大抵の毒に効果がある。
「お、遅かったか……」
その場に崩れ落ちるマルディン。
薄れゆく意識の中で、市場で待つ女を口ずさむ。
「思い……出したぜ。市場で待つ女の三番を……。男は……市場へ帰るんだ……」
四つん這いになるマルディン。
「はあ、はあ。待ってろよ、フェルリート……すぐ帰る」
◇◇◇




