第202話 故郷の調べをあなたに3
「ふう、やっと着いたか。思ったより時間がかかったな」
標的が潜伏している街に到着した。
その足で冒険者ギルドの治安機関を訪れ、担当職員と情報のすり合わせや、任務完了後の処理について確認。
「今回は時間がない。急がないとな」
ここまでの移動に二日を要したため、フェルリートの誕生日は五日後に迫っていた。
帰りも当然ながら二日かかる。
滞在二日間で任務を終えなければならないため、標的のアジトは明日の朝に襲撃予定だ。
治安機関の職員には、明日の昼頃に後処理を依頼した。
今回の標的は、ドルッツ兄弟というCランク冒険者二人だ。
この二人はモンスターの密猟を行っていた。
さらに、身柄確保に向かった治安機関の職員を殺害。
ギルドハンターが処分することになった。
ギルドハンターが出動する際は、標的の生死は問わないことが多い。
ある意味、標的にとっては死罪と同じと言えるだろう。
任務が成功すればの話だが。
ドルッツ兄弟は街から離れた森の中に、密猟のアジトを構えているそうだ。
俺はまず街の市場へ向かった。
今回は野営が必要になるため、水や食材を確保。
他にも焚き火用の燃石やロープなど、必要な道具も購入。
買い物を済ませ市場を歩いていると、聞き覚えのある音楽が聴こえてきた。
「ん? この曲は……」
音がする方向に視線を向けると、そこは工芸品を扱っている屋台だった。
異国の雑貨なども取り扱っているようで、棚に置かれたオルゴールから音楽が流れていた。
手のひらよりも少し大きいオルゴールは、外装の木箱に美しい彫刻が施されている。
「年代物か?」
歴史を感じるオルゴールから流れる美しい調べ。
俺はこの曲を知っている。
「まさか、この曲をこの地で聞くとはな。懐かしいぜ」
俺の祖国、ジェネス王国の民謡だ。
「市場で待つ女。もう二度と聴くことはないと思っていたよ……」
俺は瞳を閉じて、しばらくオルゴールを聴き入った。
市場で待つ女の歌詞の内容は確かこうだったはず。
市場の女が男に薬草を売った。
女は男に惹かれたが、名前が分からない。
次の日から、女は市場で男が来るのを待った。
もう一度会えたら名前を聞くと決めて。
だが、男は薬草を持って戦争へ行っていた。
この歌詞の内容は一番だが、歌は三番まである。
ただ、ほとんどが一番までしか歌われない。
「兄さん。この曲を気に入ったのかい?」
店主の中年男性が話しかけてきた。
「そうだな……。良い曲だと思うよ」
「異国の民謡なんだよ。奥さんにプレゼントしてみてはどうだい?」
「はは、そんな相手はいないさ」
「なんだ独身か。でもあんた色男だし、女なんてたくさんいるだろ? 安くするよ。銀貨五枚でどうだ?」
歯が浮くお世辞を使ってまで売ろうとする商人。
そもそも、銀貨五枚は安くない。
だが、その逞しさには感心する。
それに、ここで買わなければ、この曲を聴くことはもう二度とないかもしれない。
「そうだな。買っていくよ」
「お! まいど!」
「包んでくれるか?」
「もちろんさ! 恋人にプレゼントかい? いいねえ」
否定するのも面倒なので、笑ってごまかした。
金を払い、包装されたオルゴールを受け取る。
「フェルリートのプレゼントにちょうどいいな」
オルゴールをバッグにしまい、治安機関から借りた馬に跨がった。
「さあ、よろしくな」
俺は街を出て、アジトがある森林へ向かった。
――
森の中を進みながら、治安機関と調査機関が共同で調査したという地図を確認。
アジトは森の深部にあり、まだ半分も進んでない。
しかし、日が暮れたため、これ以上進むのを断念した。
「今夜はここで野営だ」
「ブルゥゥ」
焚き火を起こし、馬に水と野菜を与え、俺は硬い干し肉と乾燥パンをかじった。
「あいつらといると旨い飯ばかりだが、これが任務中の本来の飯なんだよ。はは」
アリーシャたちとクエストへ行くと、驚くほど旨い飯を作ってくれる。
他のパーティーが羨むほどだ。
だが俺は別にアリーシャやラミトワたちと、固定パーティーを組んでいるわけではない。
最近はアリーシャもラミトワも引っ張りだこと聞くし、別の冒険者から誘われるかもしれない。
「みんなの活動は応援したいが、そうなったら少し寂しいかもな……」
誰もいないので、つい本音が出てしまった。
「あいつらはいつも騒がしいが、いなけりゃいないで懐かしくなるぜ」
夜の森は、夜鈴虫が奏でる美しい旋律が流れる。
気づいたら俺は、市場で待つ女を口ずさんでいた。
「頭に残っちまったな。しかし、二番と三番の歌詞が思い出せん。なんだったかな。はあ、俺ももう年か……」
自分の記憶にいささかの不安を覚えながら、食事を終え、就寝の準備。
大木に寄りかかり、座りながら目を閉じた。
――
日の出前に野営地を出発。
午前中には標的のアジトに到着した。
「ここからが勝負だ。一気に制圧する」
ここへ来るまでずっと口ずさんでいた市場で待つ女を頭から消し、敷地内へ侵入。
森林の中に、人の手で開拓された空間が広がっていた。
ざっと見たところ、モンスターの解体場所、素材置場、そして、木造二階建ての建物がある。
しかし、人の気配がない。
「どういうことだ?」
静かに敷地を進むと、背後から気配を感じた。
「兄貴、予想通りだったな」
「ああ、さすがは『先読み』だよ」
声がする方向へ視線を向けると、標的であるドルッツ兄弟が立っていた。
俺はすかさず糸巻きを構えるが、二人は両手を上げて無抵抗のポーズを取る。
「ま、待てって! 抵抗しない!」
「もう疲れたよ。捕まえてくれて構わない」
兄弟揃って同じことを言う。
「治安機関に連行しても死罪だぞ?」
「そうだな。死んで罪を償うよ」
両手を上げたまま、俺に近づくドルッツ兄弟。
確保するためにロープを用意すると、突然二人が地面に身体を伏せた。
それと同時に、四方から矢が迫る。
「くっ!」
俺はとっさに糸巻きを発射し、矢を一斉に絡め落とした。
「なんて奴だ! 油断させたのに無駄だったぞ!」
「兄ちゃん、投短剣だ!」
身体を起こしたドルッツ兄弟が、俺に向かって投短剣を放った。
「くそっ! 待ち伏せされてたのか!」
糸巻きはもう間に合わない。
身体を捻ることで一本は避けたものの、もう一本が俺の頬を切り裂いた。
「ちっ!」
頬から血が滴る。
だが、俺は構わずドルッツ兄弟に向かって糸巻きを向けた。
その瞬間、俺の全身が警告を発する。
戦場で培った感覚だ。
俺はすぐに悪魔の爪の柄を握り、振り返った。
「終わりだ、首落とし! 死ね!」
俺に向かって、長剣が振り下ろされていた。




