第201話 故郷の調べをあなたに2
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マルディンがギルドハンターの任務へ出発した数日後、ギルドのロビーに四人の女性が集まった。
メンバーはラーニャ、ティアーヌ、アリーシャ、ラミトワだ。
「ティアーヌちゃん、助かったわあ。ありがとうね」
「いえ、マルディンさんが不在ですから協力します」
マルディンが不在のタイミングで、カーエンの森にBランクモンスターの帝猛牛が出現した。
ティルコアの冒険者ギルドでBランク以上は、AランクのマルディンとBランクのラーニャしかいない。
そのため、Bランク以上のモンスターの討伐は、必然的にマルディンとラーニャが対応していた。
ティアーヌはAランクだが、調査機関の支部長であるため、普段はクエストへ出ることはない。
今回はマルディンが不在のため、特別にティアーヌがクエストを引き受けた。
ギルド所有の飛空船をラミトワが操縦し、討伐地へ向かう。
操縦室には四人全員が集まっている。
アリーシャが全員を見渡した。
「帝猛牛は草食獣ですが性格は獰猛、肉食獣ですら恐れるほどです。食欲は無限で、一帯の草木を食べ尽くしてしまいます。本来の生息地は国境を超えた南方なんですが、森を北上してきたようです」
ラーニャが腕を組みながら、アリーシャを見つめた。
「これ以上の北上は阻止しないと、ティルコア付近のカーエンの森が大きく荒らされるということね。アリーシャちゃん」
「はい、その通りです」
「凶暴な帝猛牛か……。作戦はどうしようかしら」
「帝猛牛は森の中であっても、木々をなぎ倒して猛スピードで突進してきます。角が突き刺されば死は免れません。正面に立つのは危険です。罠を使用するのがセオリーです」
帝猛牛の体長は七メデルトで、頭部の二本の巨大な角が特徴だ。
角は正面にあるものを全て串刺しにすることで知られている。
「怖いわねえ。私の弓で仕留められるかしら?」
「帝猛牛は厚い毛皮と、尋常ではない量の筋肉に覆われているので、弓は難しいかもしれません」
「どうしようかしら」
ティアーヌが小さく手を挙げた。
「ラーニャさん。私が帝猛牛の頭蓋骨を砕きます。そうすれば罠は不要ですし、頭に弓が通るはずです」
「え? 危険じゃない?」
「大丈夫です。私だってAランクですからね。ラーニャさんが仕留めてください」
ティアーヌの一言で、作戦の方向性が決まった。
全員で意見を出し合い詳細を詰めていく。
その日は森の中のベースキャンプに飛空船を停泊させ、船内で宿泊した。
――
翌日の早朝から帝猛牛の調査を開始。
帝猛牛の捜索は比較的簡単だ。
帝猛牛が歩くと、木々はなぎ倒され、枝葉が丸ごと食い尽くされる。
「アリーシャ! いたよ!」
ラミトワが声を上げながら、操縦桿を傾けた。
飛空船の高度が徐々に下がる。
「ラミトワちゃん! 帝猛牛の頭上へ、可能な限り近づいてください!」
「え! ど、どうするの! ティアーヌさん!」
「このまま飛び降りて、私が頭蓋骨を破壊します!」
「え? ちょ、ちょっと!」
ティアーヌが一階の倉庫へ走った。
ラーニャとアリーシャも続く。
ティアーヌは後部ハッチを開け、帝猛牛の姿を確認。
ラミトワの絶妙な操縦で、ちょうど真上に差し掛かるタイミングだ。
「さすが、ラミトワちゃん!」
ティアーヌが腰のベルトに、ロープに結ばれたカラビナを装着。
反対側のカラビナをハッチの手すりにかけた。
「行ってきますね!」
「ま、待ちなさいティアーヌちゃん! 危険よ!」
「今が絶好のチャンスなんです!」
さすがのラーニャも静止するが、ティアーヌは格上のAランクだ。
クエストにおいては、ランクがものを言う。
「ラーニャさん、追撃をお願いしますね!」
「ティアーヌちゃん!」
ティアーヌは悪魔の重撃を握り、ハッチから飛び降りた。
内臓が浮く感覚に、思わず肝が冷える。
「うわっ! マルディンさんって、糸巻きでいつもこんな感覚なんだ!」
顔に風を受けながら、マルディンのことが頭によぎったティアーヌ。
それでも全力で悪魔の重撃を振り上げた。
「っしょっおおおお!」
帝猛牛の頭部めがけて、悪魔の重撃を振り下ろすティアーヌ。
落下速度が加わった一撃は、狙い通り帝猛牛の頭蓋骨を粉砕。
岩が破裂したかのような鈍い音が森に響いた。
「グモオォォォォ!」
帝猛牛は絶叫し、その場でふらつく。
辛うじて意識を保っている状態だ。
ティアーヌはそのまま着地し、腰のカラビナを外した。
「ラーニャさん!」
ティアーヌが上空の飛空船に向かって手を振ると、ラーニャが矢を放った。
開発機関特製の長い矢は、鏃が長細く返しがない。
そのため、より奥深くまで突き刺さる仕様だ。
ラーニャは立て続けに三回射る。
その全てが同じ位置に突き刺さっていた。
一本目を二本目が押し込み、さらに三本目がその二本を押し込むことで、矢は脳の奥まで到達。
「さすがですね。これほどの腕前は見たことがないです」
地上でその様子を眺めていたティアーヌが声を上げると、帝猛牛の巨体が崩れ落ち、地面を震わせた。
上空ではラーニャとアリーシャが、飛空船のハッチから覗き込むように地上を見つめていた。
「ラーニャさん、仕留めましたよ! 凄いです!」
「ティアーヌちゃんのおかげよ!」
ラーニャは地上で無邪気に手を振るティアーヌに返事をしながら、少しばかり呆れていた。
「あの娘、本当にとんでもないわねえ」
ラーニャはそのまま、隣でしゃがむアリーシャに視線を向ける。
「ねえ、アリーシャちゃん。解体はどうするの?」
「そうですね。血抜きだけして、ギルドに帰ってから解体しましょう」
「分かったわ」
「じゃあ、降りますね。クレーンの昇降操作をお願いします」
アリーシャがクレーンのロープを掴み、フックに足を乗せ地上に降りた。
解体短剣を抜き、手早く帝猛牛の血抜きを行う。
帝猛牛の首筋から大量の血液が流れ出した。
アリーシャの解体は、この地方で右に出る物はいない。
世界最高の解体師であるギルマスのオルフェリア唯一の弟子として、頭角を現していた。
今や解体師として引く手あまただ。
ティルコア支部で、現在最も多忙なのがアリーシャだった。
マルディンよりも仕事の依頼があるほどだ。
帝猛牛にロープを縛りつけ、クレーンのフックを引っ掛ける。
「ラミトワ! 引き上げてください!」
飛空船に合図を送るアリーシャ。
ラミトワがクレーンを操作し、帝猛牛の巨体を吊り上げ格納した。
そして、ティアーヌとアリーシャも、昇降機で飛空船に乗船。
「すげー! こんな大きい帝猛牛は初めて見た!」
ラミトワが倉庫で大騒ぎしながら、得意のダンスを踊っている。
「帝猛牛の肉は、驚くほど美味しいんですよ」
「マジかよ! じゃあさ、フェルリートの誕生日パーティーに使おうよ」
「いいわねえ。みんなさえ良ければ、素材の一部はギルドに卸さず、最も美味しい部分をこちらでもらいましょう」
「もちろんです! フェルリートさんも喜んでくれるでしょう! 楽しみですね!」
女性陣は無事にクエストを完了させ、ティルコアへ帰還した。
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