第200話 故郷の調べをあなたに1
「マルディン、一週間後は何してますか?」
冒険者ギルドのロビーに入ると、アリーシャが声をかけてきた。
「一週間後? えーと、確か……」
俺はギルドハンターの仕事で、珍しく遠出をする予定だ。
予定としては明日から一週間。
ただ、仕事が早く終われば、その分帰還も早い。
「用事があってな。戻るのは一週間後の予定だ」
「そうですか……」
「何かあるのか?」
「実はフェルリートの誕生日なんです」
「そうか。そういや春だったな」
俺がフェルリートの誕生日を知ったのは、昨年の誕生日を過ぎた後だった。
「今年こそあの娘にとって、思い出が上書きされる誕生日になると思うんです」
「上書き?」
「フェルリートのご両親は、フェルリートの誕生日に亡くなってるんです」
「え? 原因は台風だったんだろ? この季節に台風なんてあるのか?」
「当時はまだ水竜ルシウスがいたので、季節を問わず台風が発生していたんです」
「そうだったのか」
竜種は生物の頂点に立つ神の如き存在と言われている。
その一柱である水竜ルシウスは、数年前にラルシュ王国のアル陛下によって討伐された。
それもたった一人で討伐したという。
箔をつけるためのよくある嘘だと思っていたが、実際にお会いして納得した。
あの方は正真正銘の化け物だ。
「フェルリートはご両親と自宅で料理を作っていました。だけど、調味料が切れていることに気づいて、ご両親は雨の中買い物へ出たのです」
「外は台風だったんだろう?」
「その時はただの雨だったんです。商店街も普通に営業していました。しかし、竜種の台風は予測不可能で……」
「なるほど」
「あの娘は料理を作りながら、両親が帰ってくるのをずっと待っていたんです」
「そうだったのか……。フェルリートが料理を作って誰かの帰りを待っているのは、そのためか」
「はい、そうです」
アリーシャの視線が足元を向く。
表情は見えないが、声が僅かに震えていた。
「あの娘が一人になってから、誕生日は毎年私が一緒に過ごしてきました。今年はマルディンにも一緒にいて欲しくて……」
「分かった。なんとか帰ってくるようにしよう」
「本当ですか!」
「ああ、フェルリートには世話になってるしな。俺も祝いたい」
「ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべ、深く頭を下げるアリーシャ。
「アリーシャは優しいな」
「そ、そんなことないです! でも、私はあの娘のためなら何でもしますから」
「本当の姉妹以上だな」
「はい!」
二人の関係は、血の繋がりをも超えている。
きっとたくさんのことを二人で乗り越えてきたのだろう。
俺も力になりたい。
「じゃあ、フェルリートの誕生日パーティーは家でやろう」
「いいんですか?」
「もちろんさ。メイドのシャルクナにも伝えておく」
「ありがとうございます。」
「酒は家にあるから、食材を用意してくれ」
「はい、たくさん作りますね。フフフ」
「フェルリートには伝えていいのか?」
「ええ。もう驚かせるようなものでもないので、みんなでパーティーするって伝えてあげましょう」
「そうだな。分かった」
俺たちは食堂へ移動した。
ホールに入ると、テーブルを片付けているフェルリートと視線が合う。
「あ、マルディン!」
「よう、フェルリート。この間はありがとな」
「ううん、大丈夫だよ。シャルクナさんと一緒に料理したり楽しかったよ」
「そりゃ良かった。また遊びに来てくれ」
「うん」
フェルリートはテーブルを拭き、食器をトレーに乗せた。
歌を口ずさんでいて機嫌が良さそうだ。
「マルディン、今日は何か食べていく?」
「ああ、明日から遠出をするからな。お前の飯を食って出かけるよ」
「え? そ、そうなんだ」
フェルリートは笑顔を浮かべているが、少しだけ表情が曇った。
誕生日のことを気にしているのだろうか。
「一週間以内には帰ってくるよ。お前の誕生日は、みんなを集めて俺の家でパーティーしよう」
「い、いいの?」
「当たり前だろう」
「ありがとう。嬉しい」
フェルリートが、滲んだ大きな瞳をそっと拭う。
「お前の料理も食いたいからな。主役だけど、作ってくれよ?」
「もちろんだよ! たくさん作るからね!」
「楽しみだよ。あっはっは」
――
ギルドで飯を食った後、俺は調査機関へ足を運んだ。
ティアーヌとギルドハンターの最終打ち合わせだ。
「マルディンさん。明日の件はよろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
「ターゲットはCランクの冒険者二人です」
「討伐リストはチェック済みだ。問題ないよ」
「現地で治安機関の職員がサポートします」
「分かった。助かる」
俺はティアーヌが用意した契約書にサインした。
「ところで、ティアーヌ。一週間後は空いてるか?」
「一週間後ですか? はい、大丈夫ですよ」
「フェルリートの誕生日パーティーをやるんだ。良かったら、お前も来てくれ」
「わあ、いいんですか?」
「もちろんさ。俺の家でやるから来てくれ」
「でも、一週間後だと……」
「絶対に帰ってくるさ」
「分かりました。では、無理しないように、無理してくださいね」
「なんだそれ?」
「マルディンさんって、フェルリートさんのことになると凄く真剣になるんですもの」
「そんなことはないが……。いや、まあそうかもな」
「羨ましいなあ」
「何言ってんだよ。お前だって大切な仲間だぞ」
「仲間ねえ」
「な、なんだよ」
「別にー」
テーブルの書類を片付けながら、頬を膨らませるティアーヌだった。




