第198話 呪いの絵7
俺たちはドルドグムの部屋を出て、一階に下りた。
「バルード小隊長、調査は完了したよ」
ロビーで待機していたバルードに、調査完了を報告。
「絵に呪いなんてなかった。安心してくれ」
「さ、左様でございますか」
「簡単に言うと毒だ。だから、中央局から連絡が来るまで、あの部屋は立入禁止だ。いいか?」
「かしこまりました!」
「色々と助かった。君のことも報告しておくよ」
「あ、ありがとうございます!」
俺はバルード小隊長の肩を軽く二回叩いて屋敷を出た。
後は帰還して報告するだけだ。
ドルドグムの死は不幸な事故だったが、これ以上俺にできることはない。
それに、今回の依頼は調査のみだ。
あとは中央局が適切に対応するだろう。
「マルディン、これからどうするの?」
ハルシャが声をかけてきた。
敷地内にはハルシャの馬車が待機しており、すぐに出発できるようだ。
「俺の任務は終わりだよ。だが、この時間じゃもう帰れないから、明日の早朝に出るよ」
「そうなのね。せっかくだから城に泊まっていきなさいよ。部屋を用意するわ」
「いいのか?」
「もちろんよ。色々と話もしたいしね」
ハルシャの隣に立つロルトレが一礼した。
いつもと違う笑顔を見せている。
「ハルシャ様はことあるごとに、マルディン様に伝えたいと申しておられました」
「ちょ、ちょっと! ロルトレ!」
「そうか。じゃあ、たくさん話そうぜ。あっはっは」
ハルシャの顔は茹でた砂走蟹のように真っ赤だ。
主人の頬を膨らませるようなことを言うロルトレの姿を初めて見た。
だが、微笑ましい関係性だ。
俺たちは馬車に乗り込む。
「マルディン、食事はできる? あなた毒で危険だったんでしょう?」
「ん? そうだな。まだ重いものは食えないし、酒もキツいな」
「分かったわ。ロルトレ、頼むわね」
ハルシャの気遣いが嬉しいのは俺だけじゃなかったようだ。
ロルトレは笑顔で一礼した。
――
城に到着し、俺は客室へ案内された。
部屋でくつろいでいると、ロルトレが水差しを持って入室。
「マルディン様、こちらカロキシンの解毒作用がある果汁飲料です」
「ありがとう」
グラスに注いだ飲料を一気に飲み干す。
薬かと思ったら、なかなか旨くて驚いた。
「マルディン様のことですから、今後も毒や毒師に対応することがあるかと存じます」
「確かにそうかもな」
「その際にご注意いただきたいのが、毒師が調合した毒は、その毒師しか解毒剤が作れません。毒の調合と解毒剤の作成は必ずセットで行います。いわば、鍵と鍵穴の関係のようなものです」
「なるほど。つまり毒に対して、鍵が合わなければ解毒はできないと」
「左様でございます」
ロルトレが小さな瓶を取り出した。
「もし解毒剤がない時は、こちらを使用してください」
「これは?」
「私が調合した解毒剤です。大抵の毒に対応できます。ただし、毒師が作った解毒剤ほどの効果はありませんし、場合によっては効かないこともあります。ご注意ください」
「助かるよ。ありがとう」
「マルディン様、もし毒のことでお困りでしたら、私へご連絡ください。毒の知識に関しては、今も私の右に出るものはいないと自負しております」
「そうか。頼もしいよ。でもいいのか? 毒王と呼ばれた頃を思い出すんじゃないのか?」
「あの当時の私があったからこそ、こうしてハルシャ様にお仕えすることができ、マルディン様とも出会えたのです。一時期は悩みましたが、現在は過去の自分を否定しません」
「そうだな。俺たちの過去は消せない。だけど、その力をより良い方向へ使うことはできる」
「はい、仰る通りでございます」
「じゃあ、遠慮なく頼るよ。ロルトレももし何かあったら、俺を頼ってくれて構わない」
「ありがとうございます」
元暗殺者のロルトレは、過去の自分に目を背けず、しっかりと受け入れていた。
日没を迎え、ハルシャと夕食を取ることになった。
テーブルには消化の良いメニューが並ぶ。
若いながら、ハルシャの気遣いには感心する。
食卓は俺とハルシャの二人だったが、ロルトレもハルシャの隣に控え、会話に参加。
三人で会話を楽しんだ。
そして、食事を終えると、メイドが爽やかな紅茶を淹れてくれた。
俺は紅茶を少し口に含み、ハルシャとロルトレに視線を向ける。
「ハルシャ、ロルトレ、今回は本当に助かったよ。俺一人だったら、あの絵の謎は解けなかった」
「うふふ、役に立てて良かったわ」
ハルシャもカップを手に持ち、そっと口につけた。
「ねえ、マルディンは、これからもこういう仕事をするの?」
「まあな。のんびりと生きていきたいが、なかなか難しいよ。はは」
「そっか。ねえ……、困ったらまた声をかけてよ」
ロルトレと同じことを言うハルシャ。
主従関係があると似るのだろうか。
「ああ、困った時にな」
「やったー!」
ハルシャは本来、好奇心旺盛で生物が大好きな十二歳の少女だ。
本当は外へ出て、図鑑を片手に野原を駆け回りたいのだろう。
しかし、領主となる運命を受け入れ、必死に役割を全うしている。
この姿勢や生き方は、俺も見習うべきだ。
尊敬するのに年齢など関係ない。
「俺もハルシャの近況が聞けて嬉しかったよ」
「本当に?」
「もちろんさ」
「うふふ、良かった」
ハルシャは無邪気な笑顔を浮かべていた。
「あ、そうだ。絵の手数料を先に支払うわね」
ハルシャの合図で、ロルトレが革張りのケースをテーブルに置く。
見るからに高級だ。
「これは?」
ロルトレがケースを開けると、三本の葡萄酒が綺麗に収められていた。
しかも、このラベルは見たことがある。
「真紅の森でございます」
「マジかよ!」
「二十八年物、二十九年物、そして伝説の三十年物でございます」
「嘘だろ!」
真紅の森の三十年物は、一本で金貨百枚をくだらないと言われている。
「真紅の森なんて保管庫に何本もあるのよ。お父様がたくさん集めていたわ」
「そういえば、サウール卿は有名な葡萄酒コレクターだったな」
「高級な葡萄酒が数万本もあるのよ。私は飲まないし、晩餐会なんてそれほど頻繁に行わないもの。欲しいものがあれば持っていっていいわよ?」
「いやいや、そんなにいらんよ」
「もう、欲がないんだから。そう言うと思って、他にも用意させたわ。マルディンの新築祝いも兼ねてね。ちゃんと持って帰りなさいよ?」
「分かった分かった。まあでも、これほどの高級葡萄酒なんて、そうそう飲む機会はないからな。ありがたく頂戴するよ」
「ここに来ればいつでも飲めるわよ。だから、また遊びに来てよ?」
「もちろんだ。会いに来るよ。ハルシャも家にも来てくれよ? また森へ狩りに行こうぜ」
「うん!」
少女らしい笑顔を浮かべたハルシャ。
優秀な領主ではあるが、まだ十二歳だ。
その微笑みは天使のようだった。




