第191話 メイド来たりて災いとなる6
翌日、俺はギルドへ向かった。
フェルリートに事情を説明するためだ。
食堂に入ると、フェルリートがカウンターで調理をしていた。
「フェルリート、今ちょっといいか?」
「あ、マルディン。あの後どうなったの?」
「それがな、事情があって、あのメイドが住み込みで働くことになったんだ」
「え? 住み込み?」
「そうだ。お前、以前皇帝陛下にお会いしただろう?」
「う、うん」
「陛下が引っ越し祝いということで、宮殿のメイドを派遣してくれたんだ」
「え? 宮殿のメイドさん? なんだか凄いね」
「俺の家の広さを知って、メイドを手配してくれたそうだ。陛下のお心遣いだから、断ることはできなくてな」
「そ、そっか……。そうだよね」
フェルリートの表情が曇っている。
だが、本当のことは言えない。
真実を知っているのはティアーヌだけだ。
望んでこうなったわけではないのだが、フェルリートの表情を見ていると、どうにも罪悪感を感じてしまう。
「ただ、メイドのシャルクナは、最長でも一年経ったら宮殿に帰る」
「え? 一年間だけなの」
「そうだ。仕事とはいえ、せっかくティルコアに来たんだ。楽しんでほしいと思ってる」
正直、今回の件は俺も戸惑っていた。
だが、一旦受け入れたからには、文句を言っても仕方がない。
ポジティブに捉えて行動するだけだ。
「シャルクナは、お前と年齢も近い。仲良くしてやってくれ。お前なら、いつでも遊びに来ていいからさ」
「いつでも?」
「ああ、いつでもだ」
「「うん。分かった」」
カウンターでカレーを頬張っていたラミトワが同時に答えた。
「ラミトワはダメだ」
「いいじゃん!」
「却下だ」
「まあいいけどね。どうせ飛空船の整備で行くし。すでに私の荷物を運んでる最中だし」
「居座るなよ?」
「へっへっへ。メイドさんと仲良くなろうっと」
どうせダメと言っても、ラミトワは勝手に来る。
むしろ、あの真面目なシャルクナがいれば、ラミトワの暴走は防げるだろう。
そういう意味では、シャルクナにいてもらって良かったかもしれない。
「さて、俺もフェルリートのカレーを食べるかな」
「昨日も食べたでしょ?」
「お前のカレーは毎日でも食えるさ」
「じゃあ、毎日作りに行こうか?」
「あー、そうだな。それもいいな。お願いするよ」
「ふふ、冗談だよ。どうしたの? いつも断るくせに」
「そんなことは……」
返答に詰まると、フェルリートが悪戯な表情を浮かべた。
「でも、たくさん遊びに行っていい?」
「もちろんさ」
フェルリートに、いつもの愛くるしい笑顔が戻ったような気がする。
「フェルリート、いつもありがとう」
「どうしたの?」
「いや、フェルリートには感謝してるんだ」
「私、なんにもしてないけどなあ。ふふ」
実際、俺はフェルリートの明るさに助けられている。
この町に来て、分からないことばかりだった俺を、ずっと気にかけてくれたのはフェルリートだった。
俺はこの娘のためなら何でもする。
「おい! 私は!」
ラミトワが叫びながら、スプーンを振り回していた。
「お前もだよ」
「へへへ。もっと褒めろー」
「ありがとうな」
「じゃあこのカレー奢って」
「なんでだよ! それとこれとは別だろ」
俺はキッチンへ入ろうとするフェルリートに視線を向けた。
「あ、フェルリート。俺には黒森豚のスペアリブを追加してくれ」
「はーい。いつものやつね」
ラミトワが俺の腕を叩いてきた。
「おい! なんだよそれ! 自分だけずりーだろ!」
「フェルリートのカレーを一番食ってるのは俺だからな。色々と試した結果、これが最も旨いことが分かったんだよ」
キッチンへ向かうフェルリートに、ラミトワが手を挙げた。
「フェルリート! 私も同じやつ乗せたい!」
「はいはい。じゃあ、ちょっと待ってて」
「あ、お代はマルディン持ちでね!」
「いいの?」
フェルリートが俺に視線を向けた。
「ちっ、まあいいよ。特大のやつを焼いてくれ」
「やったー! マルディン大好き!」
「本当に調子いいやつだな」
いつものように賑やかな昼食となった。
――
ギルドを後にし、俺はレイリアの診療所へ足を運んだ。
レイリアにも状況は伝えておきたい。
「レイリア」
「あら、マルディン。どうしたの?」
「話があるんだ」
「話? じゃあ散歩へ行きましょ」
「仕事は?」
「診察は終わったから大丈夫よ。後は事務関係だけだもの」
レイリアと診療所を出て、海が見える小高い丘の草原を歩く。
所々に咲いている黄色い小さな花を、海から吹く春の風が揺らす。
レイリアが丘の斜面に座った。
俺も隣に腰を下ろす。
正面には夕日に照らされた海が広がる。
「で、話ってなあに?」
俺は状況を説明した。
「へえ、住み込みのメイドさんね」
「ああ、最長で一年間の契約だ。わけあって、皇都の宮殿から派遣されてきた」
「宮殿って……。あなた、時々信じられない内容を簡単に言うわね」
「そ、そうか?」
「ウフフ、でも良かったじゃない。あの広い家で家事なんて、あなたできないでしょ?」
「まあそうだな」
「私も行きたいけど、仕事があるからなあ」
「そりゃそうだ。この町の優秀な医師だ。忙しいだろ」
「でも、結婚したらやりますけど?」
「ちょっ、おまっ」
「冗談よ。ウフフ」
レイリアの笑顔は優しく美しい。
俺はどれほどこの笑顔に助けられてきたか。
「いや、でも、ありがとうレイリア」
「あら、どうしたの?」
「答えが出せないのに……」
「別にいいわよ。理由があるんでしょう?」
「そうだな。俺は……、過去を抜け出せないかもしれん」
「いつまでも待つわよ。それに、あなたがフェルリートやアリーシャを好きでも構わないもの。私が勝手に好きなだけだから。今だって、こうして気にかけてくれてるし」
「しかしだな、お前ほどの女性だ。他にもっと……」
レイリアが陶器のような人差し指を、俺の唇に軽く当てた。
「いいじゃないの。人にはそれぞれ考え方があって、幸せの形があるの。私は今のままでも十分満足よ」
レイリアの黒髪が、夕日で真紅に染まる。
俺は少しだけ見惚れてしまった。
「ねえ、そのメイドさんの歓迎会しましょうよ」
「昨日やったよ」
「もっとちゃんとやりましょう。みんなに声かけてね。ついでに、あなたの家の完成祝いも兼ねましょう」
「完成祝いは前にもやっただろ?」
「何度やってもいいじゃない。人生を楽しみなさいよ。あなた冬から気を張り詰めすぎよ? みんな心配してるのよ」
「そんなことないぞ」
「自分では気づかないものよ。それにあなた、何しにこの町へ来たのか忘れてない?」
「それは……、南国でのんびり、自分のために第二の人生を楽しむ……」
「でしょう? 今のあなたは使命と責任を感じ過ぎじゃない?」
この町を守ることは好きでやっている。
俺のためでもある。
だけど、レイリアの言う通り、もしかしたら気負い過ぎていたのかもしれない。
レイリアが立ち上がり、俺に手を差し出した。
「ねえ、そのメイドさんは綺麗なの?」
「あー、そうだな。容姿は綺麗だと思う」
「どうしてあなたの周りには、美女が集まるのかしらね」
「知らん」
俺はレイリアの手を取り、立ち上がった。
「レイリア、本当にいつもありがとう」
「そうそう、そうやって素直な時のあなたが一番好きよ」
「ちぇっ」
レイリアが俺の背中を軽く触れた。
「ねえ、今日は家でご飯食べていく?」
「あー、帰るよ。メイドのシャルクナが飯を作ってると思う」
「ふーん。じゃあ、私も行こうかしら」
「おいおい、アラジはどうすんだ?」
「今日は漁師ギルドの宴会に参加するんですって。毎日楽しそうよ」
「そうか、じゃあ家来るか? シャルクナを紹介するよ」
「ええ、お邪魔するわね」
レイリアと丘を下る。
爽やかな春の夕風が、俺の心を軽くしてくれるようだ。
「そうだな、人生楽しまなきゃな」
俺は立ち止まり深呼吸して、夕日が輝く黄金色の海に視線を向けた。
「何か言った?」
「いや、なんでもないよ。あっはっは」
「早く行くわよ」
「待てって」
俺は早足でレイリアを追う。
沈みゆく夕日を背に、丘に伸びる影。
俺は新たに始まる日常へ踏み出した。




