第190話 メイド来たりて災いとなる5
シャルクナが両断剣を抱え戻ってきた。
剣の長さは自分の身長と同じくらいで、剣幅は十五セデルトにも及ぶ。
「マルディン様は悪魔の爪を使わないのですか?」
「悪魔の爪を使えば、お前の剣を切ってしまうかもしれんからな。あっはっは」
シャルクナの眉が僅かに動き、表情が引きつったように見えた。
「私の両断剣は、ネームドの剣にも負けません。悪魔の爪を使ってください。今後の任務のために、正確な情報を知っておきたいのです」
癪に障ったのだろうか。
とはいえ、殺し合いに発展するようなことはない。
ここは素直に言うことを聞き入れることにしよう。
「分かったよ。両断剣が壊れても怒るなよ」
俺は悪魔の爪を取りに行った。
――
一騎打ちの礼を行い、勝負を開始。
二人の距離は三メデルト。
両断剣のような巨大な武器との勝負は、数合で決着がつく。
あれほどの武器を長時間振り回すことは不可能だからだ。
シャルクナが三メデルトの距離を一気に縮める。
重量級の剣を持った突進の速度ではない。
そして、両断剣を一気に振り上げ、剣の重さを利用して振り下ろしてくる。
その名の通り、何でも両断しそうな勢いだ。
「速いっ!」
俺はすかさず悪魔の爪を横に構え、腰を落とし、腕に力を込めて両断剣を受けた。
見たこともない大きな火花が散る。
悪魔の爪以外の剣だったら、間違いなく刃こぼれを起こしていただろう。
いや、剣身が歪んで使い物にならなくなったはずだ。
シャルクナは攻撃の手を止めず、頭上で腕を回し、俺の首を狙って左から水平切りを繰り出してきた。
さすがに攻撃範囲が広すぎて、かわすことは不可能だ。
「くっ!」
俺は悪魔の爪を縦に構え、受けきった。
またしても火花が飛ぶ。
別に舐めていたわけじゃないが、シャルクナのスピードも、剣技も、そして腕力も俺の想像を超えていた。
だが、一度見れば対応できる。
「これほどの剣を、よくもまあ扱えるものだな」
俺は両断剣を弾き返した反動を利用し、剣を一度引く。
そして剣を水平に構え、シャルクナの首を狙って左から水平切りを放つ。
シャルクナは、すかさず剣を縦に構え防御の姿勢を取った。
この重い剣を、素早く正確にコントロールする腕力には感心する。
このまま切りつけても、両断剣に防がれるだろう。
しかし今の俺にとって、この防御は難なくかわすことができる。
「甘いぞ!」
刃が衝突する直前で、俺は悪魔の爪の柄の先端を握る左手を中心軸として、右手を反転させ、逆の右方向からの攻撃に変化させた。
そして、そのまま水平切りを放つ。
これは雷光の二つ名を持つキルスが得意とする、自由自在に剣筋を変える技だ。
シャルクナが反応できなかったので、俺は剣を止めた。
シャルクナは動けず、その額から一滴の汗が滴る。
「ま、参りました」
シャルクナが剣を下ろした。
「さすがですね。私では全く敵いませんでした」
「そうでもない。お前は床を傷つけないよう遠慮していただろう?」
両断剣の剣先を見ると、一部分だけ削られている。
腕力で剣を振り上げていたが、本来の戦い方は地面を引きずって、遠心力で剣を振り回す戦い方なのだろう。
「お前が本気を出せば、俺も危なかったさ」
「そ、そんなことは……。それにマルディン様は、陛下の雷光まで使いこなされていました」
「いや、キルスの雷光はこの十倍は速い。俺のは劣化した真似だよ」
「その陛下に勝ったではないですか?」
「偶然さ。あっはっは」
「これに糸巻きがあれば……。ムルグス室長から、この国でマルディン様に勝てる者はいないと伺っておりましたが、その通りでした」
「言い過ぎだっつーの。それほどでもないぞ?」
シャルクナが大きく首を振った。
そして、両断剣を布で包む。
この大きさだ、鞘はないのだろう。
「しかし、お前は諜報員だろう? なんでこんな諜報に向かない武器を使うんだ?」
「もちろん諜報には使いません。ですが、その……女性が大剣を振ったら……」
「振ったら?」
「か、かっこいいかなと思いまして……」
床に視線を向けて、頬を紅潮させるシャルクナ。
恥ずかしいのなら、別に真面目に答えなくても良いのに……。
「そうだな、メイドが大剣を振る姿は確かにかっこ良かったよ。あっはっは」
シャルクナが両手で顔を隠した。
余程恥ずかしいのだろう。
「それにしても、ティアーヌも重槌を振り回すし、諜報員の娘たちはどうなってんだ」
「ティアーヌさんも?」
「ああ、あの重い重槌でモンスターの頭蓋骨を砕くんだ」
「え? 狩猟にも行くのですか?」
「そうだぞ。ティアーヌはAランク冒険者でもあるからな」
「Aランク冒険者……。そうだったのですね」
「お前は冒険者カードを持ってないのか?」
「はい。特殊諜報室に在籍していると、あまり時間が取れないので……」
「そうか。だが、ここにいれば時間の余裕もあるだろ? 気が向いたら取ってもいいんじゃないか?」
「そうですね。機会があれば……」
シャルクナは興味が湧いたような表情を浮かべている。
もし冒険者カードを取ったら、狩猟へ誘ってみるのもいいだろう。
片付けを終え、俺たちは地下室を出た。
後ろを歩くシャルクナを振り返る。
「シャルクナ、酒は飲むのか?」
「少しだけなら飲みます」
「じゃあ、今日は乾杯しないか? 皇都の状況なんかも聞きたいしな。メイドは明日からだ。いいだろう?」
「ですが……」
「剣を交えた後は酒を飲むんだよ。あっはっは」
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。だけど、つまみは作ってくれよ?」
「はい!」
剣を交えたことで、だいぶ打ち解けたと思う。
剣士なんてそんなものだ。
シャルクナは真面目で融通が利かない性格だということは分かったが、仕事に対して真摯だし、上手くやっていけそうだ。
リビングに戻り、俺は地下室から持ち出した高級な葡萄酒を開けた。




