第19話 天才少女の開発2
開発機関の少女リーシュに、新しい糸と糸巻きの作製を依頼して一ヶ月が経過。
その間、俺はいくつかの簡単なクエストを受注し、生活費を稼ぐ日々を過ごしていた。
「おっし、今日は約束の日だ」
自宅で朝食を取り、イレヴス行きの乗り合い馬車に乗車。
朝一の馬車に乗ったため、正午にはイレヴスに到着した。
冒険者ギルドの二階にある開発機関の道具屋へ顔を出す。
「グラント!」
「おお、マルディンか」
開発機関の支部長グラントに声をかけた。
俺よりも年上だが、何度か話すうちに打ち解けて、今では友人のような間柄だ。
「リーシュの様子はどうだ?」
「あの天才は凄い装置を開発したぞ。特許を申請すれば、間違いなく取れるだろう」
「それほどか?」
「ああ、ギルド本国の開発機関局長にも報告した。だが、今回の開発はマルディンの依頼だし、費用もお前が出している。お前の判断に任せるよ」
「そうだな……。正直、俺の糸巻きは広めたくない。それは何もケチって言ってるのではなく、切り札は隠すべきだと思っている」
「お前の言う通りだ。冒険者は自分の売りが大切だからな」
俺は騎士時代、糸のおかげで何度も命拾いした。
もちろん、それ相応の努力をして糸の操作を会得している。
糸を真似しようとした部下たちもいたが、そんなに甘いものではない。
「マルディンさん!」
背後から声をかけられた。
明るい声色はリーシュのものだ。
「おお、リーシュか。どうだ、できたか?」
「はい! 完成しました! 地下室でお見せしますね」
俺たちはギルドの地下室へ移動。
リーシュが革袋から装置を一つ取り出した。
前腕ほどの長さで、どう見ても籠手だ。
「これが新しい糸巻きです」
「これが? 籠手じゃないか?」
「はい。以前の糸巻きは、手に持つので操作性が悪いと思いました。糸の使用中でも両手を使えるように考えたところ、前腕に装着する籠手タイプに辿り着きました。これなら籠手として防御も可能です」
「なるほど」
これまでの糸巻きは手のひらほどのリング状で、手に持って操作していた。
だが、これは腕に装着するため、動きの自由度は格段に上がる。
「指と手首の特殊な動きで、糸の発射と巻取りをします。最大発射距離は十メデルトです」
糸巻きを受け取り、右腕に装着。
リーシュから操作方法を聞き、壁に向かって糸を発射。
放たれた糸は、空中に弧を描くようにゆっくりと壁に当たった。
いや、軽く触れるという言い方が適切だろう。
「ん? 遅くないか?」
「今のは最も遅い速度です」
「最も……遅い?」
「はい。発射速度は変えることができます」
「なんだと?」
「ダイヤルを回せば速くすることが可能です」
リーシュが糸巻きのダイヤルを右へ回した。
「もう一度発射してみてください」
「分かった」
俺は伸びた糸に視線を向ける。
「えーと、巻取りの動きは……」
リーシュに操作を教わると、発射よりも数倍の速さで糸を巻き取った。
「巻取りも自動なのか。こりゃ凄いな」
「はい。自動巻取りには新開発の機構を組み込んでます。巻取りの速度は常に最速です」
俺はもう一度糸巻きを構え、壁に発射した。
「うわっ!」
空気を切り裂くような破裂音を発生させ、凄まじい勢いで壁に衝突。
まるで重鞭のようだ。
「ビ、ビビったー。なんつー威力だ」
「はい。これだけでも相当な威力です」
「これだけでも?」
「先端に金具を装着できるようにしました」
リーシュが木製のケースを取り出した。
蓋を開けると金属製の鉤、銛、分銅、鉄球などのパーツがいくつも収納されている。
「状況に応じて、糸の先端にパーツのつけ替えが可能です」
「パーツの装着?」
「はい。糸だけではもったいないと思って。でも、人の頭くらいなら簡単に飛ばす破壊力です。気をつけてください」
「おいおい、やりすぎじゃないか?」
「マルディンさんだからそうしたんです」
「なるほど。信用されてるんだな。あっはっは」
「もちろんです!」
俺は先程と同じ操作で糸を巻き取った。
一瞬で糸巻きに収納される糸。
「糸自体の性能はどうだ?」
「強度試験では最大の負荷をかけても切れない強度でした。ですので、可能な限り細くしています」
「凄いな。釣り糸と同じくらいの細さだ」
「はい。でも強度は釣り糸の数十倍ですので、大型モンスターを吊るすことも可能です。長さは二十メデルト収納してます」
糸も糸巻きも、想像以上に進化していた。
もはや完全に別物だ。
操作を覚えるのに時間がかかるだろう。
だが、それ以上にメリットが大きい。
「うん、気に入った」
デメリットとしては、今までの糸巻きよりも大きいことくらいだ。
「今までのように隠して使うのは無理だな」
「すみません。これ以上の小型化はできませんでした。だけど、今後も開発は続けます」
「これで十分だよ。で、費用は足りたのか?」
「え? あ、あの……」
リーシュが深々と頭を下げた。