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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第六章 春の新生活

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第189話 メイド来たりて災いとなる4

 食事を終え、帰宅するティアーヌを見送りに外へ出た。

 月が顔を出し、夜を迎えている。

 南国のティルコアでも、春先の夜は少し肌寒い。


「ティアーヌ、もう夜だからライールで送るよ」

「大丈夫です。今日は満月で夜道が明るいですから。少し歩きたいですし」

「そうか。まあ、ティアーヌなら大丈夫か」

「どういう意味ですか?」

「そのままだろ。この町でお前に勝てる人間などいない」

「もう! 私だってか弱い娘なんですからね!」

「あーそー」


 頬をふくらませるティアーヌ。

 人を片付けるのが得意と言っておきながら、何がか弱いのだろうか。

 まあ余計なことは言わないに越したことはない。


「それじゃあ、行きますね。マルディンさん、シャルクナさん、今日はありがとうございました」


 お辞儀をしたティアーヌが、俺の耳にそっと顔を近づけてきた。


「余計なお世話かもしれませんが、マルディンさんからの説明は必要ですからね。フェルリートちゃんとレイリアさんは特に」

「ああ、そのつもりだよ」


 俺の顔を見つめながら、ティアーヌは身体を少し傾けて優しく微笑んだ。

 そして、燃石が入ったランプを手に持ち帰路につく。


 リビングに戻ると、シャルクナが珈琲を淹れてくれた。

 珈琲は淹れ方で味が変わるため、こだわりを持つ者が多い。

 シャルクナが入れる珈琲は濃い目で、俺の好みだ。

 いや、これも俺のことを調べていたのだろう。


 俺はソファーに座り珈琲を味わっているのだが、シャルクナは俺の側面に立っている。

 本当にメイドのようだ。


「マルディン様。改めまして、これからよろしくお願いいたします」

「様はやめてくれ」

「使用人として任務を全うします」

「ちっ、分かったよ。じゃあ、ずっとメイド服でいるつもりか?」

「はい。ティルコア滞在中はそのつもりです」

「嫌じゃないのか?」

「特には……」

「分かったよ。まあ好きにしてくれ。この家も好きに使うといい。ただ、多少の人の出入りはあると思う」

「かしこまりました」

「お前がやりやすいようにやってくれればいい。必要なものがあったら言ってくれ。用意するよ」

「ありがとうございます」

「さて、家の案内をしようか」

「間取り図はございますか?」

「あるよ。それも渡す」


 俺は家の間取り図を渡し、各部屋を案内した。

 家の構造を完璧に把握したいのだろう。

 脱出経路など、入念に確認しているようだった。


「シャルクナの部屋は、一階の客室を使ってくれ。どこでも好きな部屋でいい。俺は基本的に二階にいる」

「かしこまりました」


 客室を案内すると、シャルクナは一階の最も狭い客室を気に入っていた。

 もっと広い部屋もあるのだが、そこがいいそうだ。


 最後に地下室を案内。


「今は倉庫兼トレーニング部屋として使っている」

「広いですね」

「そうなんだよ。無駄に広いんだよ」

「トレーニングは剣も振るのですか?」

「ああ、剣の稽古もするぞ」


 シャルクナが部屋を見渡している。

 そして、何度も天井に目を向けていた。

 高さを気にしているようだ。


「ところでシャルクナ。お前の荷物はあれだけだったのか? 他にはないのか?」


 シャルクナがこの地に来た時に持っていた荷物は、手さげバッグ一つと布に巻かれた大きな板のような物だった。


「最低限のものしか持ってきていません。必要なものは、任務についてから購入するつもりです」

「そうか。でもお前、黒の砂塵(アルドバ)だろ? 武器はどうした?」

「武器は持ってきました」


 諜報員だし、バッグに暗殺短剣(カーティル)でも忍ばせているのだろう。


「あの、マルディン様」

「ん? なんだ?」

「お相手していただけませんか?」


 シャルクナが指を差した壁には、稽古用の剣がかけられている。


「剣を振るメイドなんていないぞ?」

「失礼かとは思いますが、マルディン様の実力を実際に確かめさせていただきたいのです。よろしいですか?」


 どうやら、シャルクナは自分の目で全てを確認しないと納得しないようだ。

 真面目な上に几帳面で、なんというか完璧主義なのだろう。


「お前の武器は? 暗殺短剣(カーティル)か?」

「はい。仰る通り潜入任務では暗殺短剣(カーティル)です。ですが、普段は両断剣(ツヴァイヘンダー)を使用します」

「なんだって? 両断剣(ツヴァイヘンダー)だと?」

「はい」


 両断剣(ツヴァイヘンダー)は剣の中で最も大きい。

 攻撃力は申し分ないが、その分扱いが難しいことで知られている。

 冒険者でも使用する者は滅多に見ない剣だ。

 この華奢なシャルクナが両断剣(ツヴァイヘンダー)を扱うなんて、想像もつかない。


「もしかして、あの布を巻いた板は両断剣(ツヴァイヘンダー)だったのか?」

「はい、そうです」

「そうか……」


 両断剣(ツヴァイヘンダー)の使い手はそういない。

 シャルクナは黒の砂塵(アルドバ)だし、きっと一流の使い手なのだろう。

 俺も興味が湧いた。


「面白い。いいぞ、相手をしよう」

「ありがとうございます」


 シャルクナが剣を取りに行った。

 その間に俺は壁にかけてある稽古用の長剣(ロングソード)を手に取る。

 両断剣(ツヴァイヘンダー)相手とはいえ、悪魔の爪(ヴォル・ディル)は必要ない。

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