第189話 メイド来たりて災いとなる4
食事を終え、帰宅するティアーヌを見送りに外へ出た。
月が顔を出し、夜を迎えている。
南国のティルコアでも、春先の夜は少し肌寒い。
「ティアーヌ、もう夜だからライールで送るよ」
「大丈夫です。今日は満月で夜道が明るいですから。少し歩きたいですし」
「そうか。まあ、ティアーヌなら大丈夫か」
「どういう意味ですか?」
「そのままだろ。この町でお前に勝てる人間などいない」
「もう! 私だってか弱い娘なんですからね!」
「あーそー」
頬をふくらませるティアーヌ。
人を片付けるのが得意と言っておきながら、何がか弱いのだろうか。
まあ余計なことは言わないに越したことはない。
「それじゃあ、行きますね。マルディンさん、シャルクナさん、今日はありがとうございました」
お辞儀をしたティアーヌが、俺の耳にそっと顔を近づけてきた。
「余計なお世話かもしれませんが、マルディンさんからの説明は必要ですからね。フェルリートちゃんとレイリアさんは特に」
「ああ、そのつもりだよ」
俺の顔を見つめながら、ティアーヌは身体を少し傾けて優しく微笑んだ。
そして、燃石が入ったランプを手に持ち帰路につく。
リビングに戻ると、シャルクナが珈琲を淹れてくれた。
珈琲は淹れ方で味が変わるため、こだわりを持つ者が多い。
シャルクナが入れる珈琲は濃い目で、俺の好みだ。
いや、これも俺のことを調べていたのだろう。
俺はソファーに座り珈琲を味わっているのだが、シャルクナは俺の側面に立っている。
本当にメイドのようだ。
「マルディン様。改めまして、これからよろしくお願いいたします」
「様はやめてくれ」
「使用人として任務を全うします」
「ちっ、分かったよ。じゃあ、ずっとメイド服でいるつもりか?」
「はい。ティルコア滞在中はそのつもりです」
「嫌じゃないのか?」
「特には……」
「分かったよ。まあ好きにしてくれ。この家も好きに使うといい。ただ、多少の人の出入りはあると思う」
「かしこまりました」
「お前がやりやすいようにやってくれればいい。必要なものがあったら言ってくれ。用意するよ」
「ありがとうございます」
「さて、家の案内をしようか」
「間取り図はございますか?」
「あるよ。それも渡す」
俺は家の間取り図を渡し、各部屋を案内した。
家の構造を完璧に把握したいのだろう。
脱出経路など、入念に確認しているようだった。
「シャルクナの部屋は、一階の客室を使ってくれ。どこでも好きな部屋でいい。俺は基本的に二階にいる」
「かしこまりました」
客室を案内すると、シャルクナは一階の最も狭い客室を気に入っていた。
もっと広い部屋もあるのだが、そこがいいそうだ。
最後に地下室を案内。
「今は倉庫兼トレーニング部屋として使っている」
「広いですね」
「そうなんだよ。無駄に広いんだよ」
「トレーニングは剣も振るのですか?」
「ああ、剣の稽古もするぞ」
シャルクナが部屋を見渡している。
そして、何度も天井に目を向けていた。
高さを気にしているようだ。
「ところでシャルクナ。お前の荷物はあれだけだったのか? 他にはないのか?」
シャルクナがこの地に来た時に持っていた荷物は、手さげバッグ一つと布に巻かれた大きな板のような物だった。
「最低限のものしか持ってきていません。必要なものは、任務についてから購入するつもりです」
「そうか。でもお前、黒の砂塵だろ? 武器はどうした?」
「武器は持ってきました」
諜報員だし、バッグに暗殺短剣でも忍ばせているのだろう。
「あの、マルディン様」
「ん? なんだ?」
「お相手していただけませんか?」
シャルクナが指を差した壁には、稽古用の剣がかけられている。
「剣を振るメイドなんていないぞ?」
「失礼かとは思いますが、マルディン様の実力を実際に確かめさせていただきたいのです。よろしいですか?」
どうやら、シャルクナは自分の目で全てを確認しないと納得しないようだ。
真面目な上に几帳面で、なんというか完璧主義なのだろう。
「お前の武器は? 暗殺短剣か?」
「はい。仰る通り潜入任務では暗殺短剣です。ですが、普段は両断剣を使用します」
「なんだって? 両断剣だと?」
「はい」
両断剣は剣の中で最も大きい。
攻撃力は申し分ないが、その分扱いが難しいことで知られている。
冒険者でも使用する者は滅多に見ない剣だ。
この華奢なシャルクナが両断剣を扱うなんて、想像もつかない。
「もしかして、あの布を巻いた板は両断剣だったのか?」
「はい、そうです」
「そうか……」
両断剣の使い手はそういない。
シャルクナは黒の砂塵だし、きっと一流の使い手なのだろう。
俺も興味が湧いた。
「面白い。いいぞ、相手をしよう」
「ありがとうございます」
シャルクナが剣を取りに行った。
その間に俺は壁にかけてある稽古用の長剣を手に取る。
両断剣相手とはいえ、悪魔の爪は必要ない。




