第187話 メイド来たりて災いとなる2
自宅へ戻り、俺たちはリビングのテーブルに座る。
俺の目の前にはシャルクナと、なぜかティアーヌもいる。
「改めまして、調査機関のティルコア支部長ティアーヌと申します」
「特殊諜報室の黒の砂塵に所属しているシャルクナと申します。ティアーヌさんのお噂は伺っております。お会いできて光栄です」
笑顔で挨拶を交わす二人。
「待て待て、ティアーヌ。俺に状況を説明しろ」
自宅に到着すると同時に、なぜかティアーヌが姿を現した。
まるで、シャルクナが来ることを知っていたかのようだ。
いや、ティアーヌのことだ、あらかじめ情報を入手していたのだろう。
俺に視線を向けるティアーヌ。
「実はエマレパ皇国側から、冒険者ギルドに相談があったんです」
「相談? 何の相談だ?」
「マルディンさんのお仕事についてです」
俺は以前、エマレパ皇国内で発生した特殊な事案を対応するように、ムルグスから依頼されていた。
特殊諜報室側で、ようやく仕事に関する形態が整ったということで、俺のサポート役として今回シャルクナは派遣された。
「特殊諜報室には、マルディンさんがギルドハンターを務めていることが知られていますから、ギルドマスターのオルフェリア様と、ムルグス殿が会談を行いました」
「トップ同士の会談か。それで?」
「ギルドハンターに関してはこれまで通り私がサポートを行い、特殊諜報室に関わる案件はシャルクナさんが対応することになったんです」
「そりゃそうだろうな。むしろ今まで、ギルドに関係ないこともティアーヌに頼っていたから悪かったよ」
「それは全然構わないのですが、やはりエマレパ皇国のこととなると、私では扱えない情報なども出てくるので……」
申し訳なさそうな表情を浮かべるティアーヌ。
「俺にとってティアーヌの存在は大きかった。本当に助かってたよ。ありがとう」
「なんか、お別れみたいじゃないですか?」
「何言ってんだよ。これからも世話になるさ。でも、お前だって膨大な仕事があるわけだし、これで良かっただろう?」
「そうですけど……。本当はマルディンさんと、もっとたくさん……」
今度は不満そうな表情を浮かべるティアーヌ。
「最近のお前は、無茶しすぎだ。少し休め」
「マ、マルディンさんこそ!」
「俺はいいんだよ。それに、こう見えて好き勝手やってるからな。お前と違って、自由な冒険者の特権だ。あっはっは」
正面に座るシャルクナが、ティアーヌに頭を下げ俺に視線を向けた。
「マルディンさんへ連絡事項をお伝えします」
突然、話題を変えたシャルクナ。
書類を取り出し、テーブルへ置く。
この行動から、真面目で融通が効かない性格が見て取れる。
「私は特殊諜報室との連絡役ですが、それだけではマルディンさんに申し訳ないと、ムルグス室長が仰っておられました。そのため私は、マルディンさんの自宅に住み込みでメイドとしても働きます。契約期間は一年です。よろしくお願いいたします」
「は?」
「今日からお世話になります。こちらがその関係書類です」
「ま、待て! 住み込みなんて聞いてないぞ!」
「新築したこの邸宅には、部屋が余っていると聞き及んでおります。その内の一部屋を皇国が借り上げます。契約書もあります」
「ふざけんな! ダメに決まってるだろう!」
「月の賃料は金貨三枚。食費や雑費を含めて、月五枚をお支払いいたします。一部屋でこの金額は破格です」
「勝手に決めんなっつーの!」
「これは皇帝陛下の意向でもあります。陛下より、お手紙もお預かりしています」
「キルスの?」
「はい。メイドの派遣は新築祝いだと、陛下は仰っておられました」
「あ、あいつめ……」
シャルクナが部屋を見回し、俺に視線を戻す。
「現実的に最も効率の良い選択だと思いませんか? これだけのご自宅を、独身のマルディンさんが管理するのは現実的ではありません。お付き合いされている特定のパートナーもいらっしゃらないですし」
「なんで知ってんだよ」
「調査済みです」
「ちっ、優秀な諜報機関か。めんどくせーな」
「マルディンさんだって、メイドを雇おうとお考えだったはずです」
「なぜそれを?」
「容易に想像できます」
確かにシャルクナの言う通り、メイドを雇うつもりだった。
俺一人では掃除など手が回らない。
それに、仕事が増えれば、その分自宅を空けることも多くなる。
飛空船を手に入れたことで、遠方のクエストへ行く機会も増えるはずだ。
だが、別に住み込みではなく、週に数回来てもらう程度で考えていた。
「家事は何でもできます。それに私は、マルディンさんが留守中のご自宅をお守りすることもできますし、もし何かあってもティルコア駐屯の皇軍とも連携可能です」
シャルクナの佇まいは一流の暗殺者と同じだ。
戦っても相当強いだろう。
しかし、住み込みを認めることはできない。
「シャルクナ、お前いくつだ?」
「二十六歳です」
「若いな。結婚してるのか?」
「私は黒の砂塵です。家族はいません」
「とはいえ、若い娘と住むことはできん」
「任務ですから平気です」
「お前がよくても俺が困る」
「なぜですか?」
「そりゃお前、色々と噂が……」
「噂なんて気にされるのですか? それに、マルディンさんがジェネス王国で騎士隊長だった頃は、屋敷に使用人がいたと伺っております」
「それは使用人が何人もいたからだ。年頃の娘が一人とはわけが違うだろ」
「何が困るのですか? まさか、マルディンさんが私を女として見るのですか?」
「んなわけはないだろ! だが、常識というものがあってだな……」
「私たちは常識から外れて生きています。今さら常識など語れません」
無表情で淡々と語るシャルクナ。
ここまで真面目な性格だと、妥協もできないだろう。
面倒なことになった。
そして、シャルクナがメイド服を着てきた意味が分かった。




