第184話 飛空船のある生活2
目的地付近に到着した翠玉の翼。
高度二十メデルト付近で錨を下ろし停泊した。
会議室に集まり、クエストの打ち合わせだ。
ラーニャがクエスト資料を配った。
「すでに伝えた通り、今回はBランクモンスター双弓竜の狩猟よ。双弓竜の口内には多種多様な腐敗菌が増殖していて、噛まれると傷口が腐敗し死に至る。しかも、必要以上に獲物を襲う習性を持つから、腐敗菌に感染して命を落とす生物が後を絶たないのよ。だから繁殖する前に防ぎたいの」
「研究機関の予定狩猟数は?」
「五頭から十頭の狩猟と予想している。まずは調査して、その上で今回の狩猟数を判断するわ」
「なかなかの数だな。分かった」
俺は資料に目を通した。
◇◇◇
双弓竜
階級 Bランク
分類 竜骨型脚類
体長約六メデルト。
中型の脚類モンスター。
二足歩行のモンスター。
足は太く歩行や走行に特化している反面、手は使用しないため短く退化している。
他の二足歩行の竜骨型脚類モンスターと比較して、頭蓋骨が縦に細長い。
口も長く、歯の数が同類モンスターよりも多い。
口内には多種多様な腐敗菌が増殖しており、噛まれると傷口が腐敗し死に至る。
乾燥した唾液から空気感染した事例もある。
鼻骨の先端から頭部にかけて、二本の細い角が弓のように伸びている。
この角は長弓の素材として人気が高く、一頭から二本しか採れないため非常に高価で取引される。
◇◇◇
「狩猟チームは、マルディン、ティアーヌちゃん、私の三人。アリーシャちゃん、ラミトワちゃん、リーシュちゃんは飛空船で待機よ。狩猟する度に狼煙で連絡するから、双弓竜を引き上げてちょうだい」
「あの、実はですね」
リーシュが恐る恐る手を挙げた。
「どうしたの、リーシュちゃん」
「この飛空船には最新技術の突銛砲が搭載されています」
「突銛砲?」
「はい。突銛砲は私が作った糸巻きを元に開発したもので、大型の銛を発射して獲物を捕獲します」
「凄いわねえ」
「アガス叔父さんと、ラルシュ工業のみなさんと一緒に開発しました」
「じゃあ、その突銛砲で狩猟ができるってこと?」
「初めてのことなので試してみますが、基本的には狩猟の補助だと思ってください。あくまでもメインはマルディンさんたちの狩猟です」
「分かったわ」
会議を終え、俺たちは一階の倉庫へ移動。
リーシュが突銛砲を運び出した。
車輪付きの台座に載せられた突銛砲は、全長一メデルトほどの筒状で、太くて長い銛が収められている。
突銛砲の筒尻には左右に取っ手がついており、右手に発射の引き鉄、左手に巻き取り用のレバーがある。
上下左右自由に動く台座に載せられているため、取っ手を持ったまま照準を合わせることが可能だ。
銛には三十メデルトのロープがつけられており、発射と巻取りは糸巻きと同じ構造だという。
「じゃあ、調査するか」
「ねえ、マルディン。どこかで着陸できないかしら?」
「ラーニャ、驚くなよ。翠玉の翼は上空から調査できるんだ」
「え?」
「空中停泊したまま乗り降りできるように、船底に昇降機があるんだよ。そのゴンドラは見張り台も兼ねているのさ」
「な、なんだか凄すぎて、よく分からないわ……」
倉庫の最前部には、四人乗りの円形のゴンドラがある。
これが昇降機のロープと接続されており、船底が開くとゴンドラで昇降が可能だ。
ゴンドラを船底から僅かに下げた状態にすれば、上空から見張りや調査ができる。
俺たちは上空から調査を開始。
その後、いくつかポイントを移動し調査を終えた。
「アリーシャちゃん、どう思う?」
「はい。研究機関の発表通り、例年よりも生息数は増加していると思います」
「狩猟数はどうする?」
「カーエンの森で双弓竜の生息地は、南部の国境付近だけ。今日調査した範囲を生息地全体に当てはめると、メスを七頭狩猟すれば、例年通りの個体数に落ち着くと思われます」
ラーニャはまず部下に考えさせる。
そして、よほど間違いがなければ、基本的に否定しない。
もちろん何かあっても、責任はラーニャが取る。
「さすがね、アリーシャちゃん。では、そうしましょう」
ラーニャが微笑みながら俺に視線を向けた。
アリーシャが出した答えに満足しているようだ。
「マルディン、狩猟は明日から開始よ」
「そうだな。もう日が暮れる」
全員で食事を取り、部屋を振り分けた。
部屋数は四部屋あるため個室は年齢順だ。
俺は船長室で、ラーニャ、ティアーヌ、アリーシャがそれぞれ一室。
ラミトワとリーシュは同部屋だ。
見張りの順番を決め、それぞれ部屋に入った。
――
「マルディン、見張りの時間よ」
船長室の扉をノックする音と、ラーニャの声が聞こえた。
扉を開け、部屋にラーニャを招く。
「起きてた?」
「ああ、見張りをしてから寝ようと思ってな」
見張りの順番はラーニャが最初で、俺が二番目だ。
支度をしていると、ラーニャがソファーに座った。
「マルディン、ありがとう」
「何がだ?」
「だって、こんなに凄い飛空船を出してもらって、さらに空中停泊までできるんだもの。クエストの概念が変わったよ」
「俺も驚いてるよ。あっはっは」
俺は糸巻きを左腕に装着した。
以前使用していた糸巻きは、怒れる聖堂の事件で破損した。
リーシュが新しく作ってくれた糸巻きは、これまで以上に小型で高性能だ。
さらに、防具の上から装着できるようになっている。
「さて、見張りへ行ってくるよ」
「ええ、お願いね」
ラーニャを二階の個室へ送り、俺は一階の倉庫へ向かった。
――
翌朝、俺とティアーヌとラーニャは、狩猟のために下船を開始。
船底のゴンドラは、十メデルトまで伸びる。
俺たちが地上に下りると、ゴンドラは収納された。
「さて、行くか」
双弓竜の狩猟に関しては、咬傷と唾液に注意が必要だ。
Bランクモンスターの中で危険度は高い。
森の中を三人で進む。
昨日の調査で住処は把握しているため、迷うことはない。
「いたわ。メスよ」
ラーニャが静かに声を上げた。
射手のラーニャは視力が優れている。
二百メデルト先にいるようだが、正直俺には見えない。
気配を静め、百メデルトの距離まで近づいた。
「私が眼球を狙って射るわ。それが合図よ」
「了解」
ラーニャは背中から長弓を取り出し、その場に待機。
俺とティアーヌは先へ進む。
「ティアーヌ、ラーニャが射ったら動きを止めてくれ。俺が仕留める」
「はい。任せてください」
ティアーヌの武器は重槌だ。
ネームドモンスターのヴォル・ディルからローザが作った一品で、名は悪魔の重撃という。
先端は直径三十セデルト、幅五十セデルトの円柱型で、素材はヴォル・ディルの角と希少鉱石だ。
槌には神話に登場する女神たちが彫刻されている。
柄の長さは一メデルトあり、その重量は女性が持てるようなものではない。
しかし、ティアーヌはそれを軽々と振る。
細い見た目からは想像もできない、凄まじい力だ。
「あのー、今失礼なこと考えてませんでした?」
「そ、そんなことないさ」
「私より、マルディンさんの方が百倍化け物なんですからね」
「いやいや、お前も大概だぞ?」
ティアーヌが頬を膨らませていた。
双弓竜まで、あと十メデルトといったところで、もう一人の人外が仕事をした。
餌を食っていた双弓竜の左右の眼球に、それぞれ一本ずつ矢が刺さる。
「ギャオオオ!」
その場で頭を振り、咆哮を上げる双弓竜。
「先に行きます!」
「頼んだ!」
ティアーヌが双弓竜に向かって全力で走る。
そして、悪魔の重撃を振り上げながら、大きくジャンプ。
「っしょ!」
双弓竜の頭部へ、悪魔の重撃を振り下ろした。
頭蓋骨が砕けるような音が森に響く。
「え、えげつないな」
その場でふらつく双弓竜。
あの攻撃でも死なないとは、さすがの耐久力だ。
「グギョオオ……」
双弓竜は、立ちながら口から泡を吹き出した。
「唾液だ! 離れろ!」
「はい!」
ティアーヌが飛び退いた瞬間、俺は双弓竜の角に向かって糸巻きを発射。
すぐに巻取り、頭部へ接近しながら悪魔の爪を振り抜く。
俺の着地と同時に、双弓竜の首も地面に落ちた。
「ティアーヌ、怪我はないか?」
「はい! 大丈夫です!」
しばらくすると、ラーニャが歩いてきた。
いつものように妖艶な笑みを浮かべている。
「あなたたち、とんでもないわねえ。Bランクのモンスターを一瞬で狩猟しちゃうんだから。Aランク冒険者って化け物揃いねえ」
「は? あの距離で眼球を撃ち抜く方がおかしいだろ。しかも二本同時だぞ?」
俺は反論しながらラーニャに視線を向けた。
すると、ティアーヌが笑顔を浮かべ、俺とラーニャを見つめていた。
「お二人ともです。一矢で眼球を撃ち抜くのも、一撃で首を落とすのもおかしいですよ?」
「お前が一番酷いんだよ!」
重槌を振り回す女は、俺が知る限りこの世にティアーヌしかいない。
「ったく、こんなに可愛いのになあ」
「え? 私可愛いんですか?」
「あらあ? 私は?」
俺は二人を無視して、ポシェットからマスクと携帯狼煙を取り出した。
「翠玉の翼を呼ぶ」
「あのー、私可愛いですか?」
「ねえ、私は?」
「マスクをつけろ」
自分の飛空船で初めてのクエストだったせいか、普段なら絶対に口にしないことを呟いてしまった。
「私、可愛いですか?」
「ねえ、マルディンちゃん?」
もうとことん無視するしかない。




