第183話 飛空船のある生活1
新居に引っ越して一週間が経過。
今日は飛空船の納入日ということで、自宅にラミトワとリーシュが来ていた。
「来たぞ! ラミトワ! リーシュ!」
「うおぉぉぉぉ!」
「本当だ!」
二隻の飛空船が、庭の簡易空港に着陸した。
「中型船カルソンヌ級だ! 凄い! 凄い! 凄い! 凄い!」
ラミトワが大騒ぎしている。
叫びすぎて死ぬんじゃないかと心配になるほどだ。
飛空船は大きさによって四つの等級に区分されている。
超大型船ヴェルーユ級、大型船サンシェル級、中型船カルソンヌ級、小型船シーノ級だ。
この等級は操縦免許証にも関わりがあり、小型船のみを操縦できる三級操縦免許では、中型船以上の操縦ができない。
中型船は二級、大型船以上は一級の免許が必要になる。
なお、小型船を保有する冒険者は稀にいるそうだが、中型船にもなると個人で所有する者はいないという。
隣にいるリーシュも、飛空船を見上げて口を開けていた。
「アガスおじさんから聞いていたけど、本当に中型船なんだ……」
製造元のラルシュ工業最高経営者であるアガスは、リーシュの叔父にあたり、直接説明を受けていたらしい。
リーシュは今後、この飛空船の整備を行う。
リーシュだけでは大変だからと、ラミトワも整備を志願した。
ラミトワの場合は、自分が乗りたいからだろう。
もちろん整備は開発機関の職員たちも手伝ってくれる。
その際の費用は、当然ながら俺の負担だ。
納入を担当したラルシュ工業の整備士から、一通りの説明を受けた。
正直、俺にはよく分からない。
整備に関しては、リーシュに任せっぱなしになるだろう。
整備士から整備本を受け取ったが、事典並みの分厚さだった。
「マルディンさん。この飛空船は、エマレパ皇国の航空局に特別申請を行ってます。登録名は翠玉の翼です。エマレパ皇国内の飛行禁止区以外であれば、申請なく自由に飛行が可能です。ここだけの話ですが、個人所有としては初の許可だそうですよ。ただし、国境越えは注意してください。違反は操縦免許証の剥奪、及び禁固刑となります」
「分かりました」
「説明は以上です。まあ、リーシュ支部長に全て任せていいと思います。はは」
「ええ、そうします。ありがとうございました。アガスさんにもお礼をお伝え下さい」
「かしこまりました」
全ての手続きを終え、整備士たちはもう一隻の飛空船で帰国していった。
俺は改めて自分の飛空船を見上げる。
飛空船の全長は三十メデルトで、形状は楕円形の一体型。
船体のちょうど半分から上は軽い空気が収納されており、下半分が居住区になっている。
上部の色は薄い翠玉色で、外壁の素材は巨兵蛙の伸びる皮を何重にも重ね、特殊加工しているそうだ。
下部の色は白色で、外壁は強固なモンスターの素材や木材を使用しているという。
「デカすぎんだろ……」
中型船では、これでも小さい部類だそうだ。
だが、実際に乗船すると、その広さに驚いた。
居住区は三階建てで、一階は全てが倉庫だ。
超大型のモンスターでも積み込むことができる広さを持つ。
二階はキッチン、食堂、風呂トイレ、個室が並ぶ。
本来は十五人乗りだが、個室はゆとりを持って四部屋に改造されている。
三階は操縦室、会議室、そして俺の船長室だ。
「なあ、リーシュ。この飛空船、広すぎないか?」
「は、はい。そう思います……。アガス叔父さん、やり過ぎだと思います……」
俺とリーシュは顔を見合わせた。
「これだけの船体だ。維持費を稼がなきゃならんぞ」
「でもマルディンさん。この飛空船があれば、今まで以上に稼ぐことができます」
「そうだな。僻地の高難易度クエストが受注できるからな。頑張るか」
操縦室に入ると、ラミトワが操舵輪を握っていた。
「マルディン! 私ここに住む!」
「ダメに決まってんだろ!」
「私が船長だ!」
「はいはい、お子様はお家に帰りなさい」
「マルディンのケチ! マルディンは豪邸に住んで、こんな飛空船も持ってる大富豪なのに、ただのケチおっさんだ! 孤独死すればいいんだ! バカ!」
ラミトワの言葉に、俺は視線を地面に傾け、肩を落として背中を丸めた。
「そうだよな……。俺、このまま孤独死するよな……」
「え? ほ、本気にしちゃった?」
「う、う……」
「あ、あの。ご、ごめんなさい」
「俺は……ダメなおっさんだ……」
「そ、そんなことないよ! マルディンは凄いよ!」
「いいんだよ。俺みたいなおっさんは、どうせ孤独死すんだよ」
「マ、マルディン。あの、ごめんなさい」
「いいんだ……。本当のことさ……」
「わ、私が老後の面倒を見るよ!」
「いや、結構です」
「ふ、ふざけんな!」
両手を握りしめ叫ぶラミトワと、腹を抱えて笑うリーシュ。
「もう頭きた! 絶対ここに住んでやる!」
「バカなこと言ってないで、飯にするぞ。食ってくだろ?」
「え? ご飯! いいの!」
「ああ、お前たちが来ると思ってな。昨日、市場で肉を買っておいたんだ。庭で焼こう」
ラミトワとリーシュの表情が変わった。
「やった! じゃあ、私が火をつける!」
「お肉だ! 私が焼きます」
庭で調理ができるようにと、ジルダがレンガで鉄板台と網焼き台を作っていた。
「たくさんあるぞ。好きなだけ食っていけ」
「わーい! マルディン大好き!」
「凄い! 角大羊! 黒森豚! 茶毛猪! お肉祭りだ!」
二人は遅くまで大騒ぎしながら、肉を食っていた。
――
数日後、俺は翠玉の翼の初飛行に出た。
といっても、目的は飛行ではなくクエストだ。
目的地はカーエンの森の南部で、飛空船がなければ近づくことは難しい国境付近だった。
操縦桿を握るのは、運び屋のラミトワ。
俺はいつでも操縦可能だから、記念すべき初飛行はラミトワに譲った。
「マルディン、初飛行で操縦させてくれてありがとう!」
「どうだ、自分の飛空船が欲しくなっただろう?」
「うん、私は絶対自分の飛空船を買うよ!」
「お前ならできるさ。協力するぞ」
「ありがとう! お金ちょうだい!」
「ふざけんな!」
操縦桿を握るラミトワ以外に、解体師のアリーシャ、Aランク冒険者のティアーヌ、Bランク冒険者のラーニャ、開発機関のリーシュが操縦室に集まっている。
通常の飛空船は操縦室が狭いのだが、この飛空船は操縦室も改造されており、何人も入ることが可能だった。
「なんでいつも女ばかりなんだ?」
「仕方ないでしょう。うちの支部って、マルディン以外の最高ランクはみんな女子だもの。別にいいじゃないの。それに、こんな美女たちに囲まれて嬉しいでしょう?」
ラーニャが笑顔で答えた。
「それにしても、マルディンが飛空船を持っていて助かったわ。ギルドの飛空船は予約で埋まっていたもの。今回の整備代はギルドで支払うから安心してね」
今回は緊急のクエストだった。
森に生息するBランクモンスターの双弓竜が、例年よりも繁殖傾向にあると研究機関が発表。
それを受けてラーニャが急遽、狩猟チームを編成。
ティアーヌは調査機関の支部長だが、今回は特別に参加してくれた。
「ティアーヌちゃん、忙しいのに本当にありがとう」
「いえ、とんでもないです。でも、久しぶりのクエストですから、ご迷惑をかけないように頑張ります」
ティルコア支部でAランクの冒険者カードを持つのは、俺とティアーヌだけだ。
しかもティアーヌは現役の諜報員でもある。
迷惑がかかるどころか、ティアーヌ一人で大抵のクエストは問題なくクリアできるだろう。
アリーシャが、操縦室の机で地図を確認している。
「ラーニャさん。そろそろ到着しますが、この付近にはベースキャンプがありません。どうしますか?」
「そうねえ、どこか開けた場所に着陸できないかしら? 宿泊は飛空船内でさせてもらうわ。マルディン、いいわよね?」
俺はリーシュの肩に手を置いた。
「着陸しなくても、上空で停泊できるぞ。なあ、リーシュ」
「はい! この飛空船は空中停泊可能です!」
ラーニャが呆れたような表情を浮かべる。
「空中停泊できる飛空船って、とても高額だって聞くけど……。あなた、凄いわねえ。もう何でもありじゃないの」
「別に俺が凄いわけじゃないさ。とりあえず、目的地付近に到着したら、停泊して打ち合わせをしよう」
「分かったわ」
「そのまま上空から調査だ。日没を迎えたら翠玉の翼で宿泊するぞ」
「ええ、そうしましょう。ありがとう、マルディン」
いつものように妖艶な笑みを浮かべるラーニャだが、いつもより優しい笑顔に感じた。




