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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第181話 翠玉色の海に祈りを捧げ2

 俺は芝生にカーペットを敷いた。

 これからここで飯を食う約束をしている。


「なあ、ジルダ。身体はなんともないのか?」

「ああ。レイリア先生のおかげだ。リハビリは辛かったが、今はもう元通り。いや、怪我の前より動けるよ。マジで先生は凄いな。思わず惚れそうになったわ。はは」

「あーそー。で、治療費は払えたのか? 高かっただろ?」

「ああ、金貨十枚だったが、なんとか払えたよ。ただ、数ヶ月も仕事を休んだから、貯金も尽きちまった。働かないとな」

「三十半ばで貧乏は嫌だねえ」

「う、うるせーな! これは名誉の貧乏だ! いいんだよ!」

「当面は結婚できねーな。ああ、そもそも相手がいないのか」

「はあ? てめえ、喧嘩売ってんのか?」

「おいおい、俺に勝てんのかよ」

「うっ、ひ、卑怯だぞ!」

「これが世の中ってもんだよ。ジルダ君。あっはっは」

「くそ!」


 悔しがるジルダに、俺は革袋を差し出した。


「これ、お前の分だ」

「なにこれ?」

「金貨二十枚入ってる」

「に、二十枚!」

「お前がダムラを見つけたおかげで、最終的に怒れる聖堂(ナザリー)を壊滅できた。皇軍から報奨を預かってる」

「皇軍から? マジかよ」


 これは元々ジルダの金貨だ。

 レイリアが請求して、ジルダが支払った。

 それを俺が受け取り、さらに追加してジルダに戻しただけだ。

 病院には俺が正規の治療費を支払っている。


 今回の怒れる聖堂(ナザリー)壊滅に関して、皇軍からの報酬はない。

 もちろん、ギルドのクエストでもないし、ギルドハンターの案件でもない。

 元々はジルダの個人的な相談から始まったことだ。

 むしろ当局に拘束されなかっただけ、幸運だったといえよう。


「マルディン、今回は本当に世話になった。そもそも俺の個人的な相談だったから、お前に報酬を支払うよ」

「は? いらねーよ。貧乏になっちまったお前からむしり取ったら、干からびて死んじまうわ」

「う、うるせーな!」


 ジルダの怪我に関しては、俺も責任を感じている。

 俺が治療費を支払ったとはいえ、生死を彷徨う大怪我だ。

 それに数ヶ月も仕事を休んで、ジルダの金は足りないだろう。

 だが、ただ金を渡してもジルダは受け取らない。


「なあ、ジルダ。お前に仕事を頼みたいんだがいいか?」

「仕事?」

「春先に俺の家が完成するだろ?」

「ああ、俺もそろそろ現場に復帰するよ」

「完成したら、お前に家具を選んでもらって配置とかやってもらいたい。俺はそういうセンスがないからな」

「なるほどね。それは室内装飾って言うんだよ。今は室内装飾を受け持つ専門の職業もあるよ」

「へえ、そうなんだ。じゃあさ、お前のセンスで新しい家の室内装飾をやってくれ」

「分かった。海の石(オルセ)に発注してくれよ」

「違う。お前個人へ頼むんだ。海の石(オルセ)は通さない。親方にも話はつけてある」

「は?」

「報酬は金貨五十枚だ」

「ぶぅぅぅぅ!」


 ジルダが茶を吹き出した。

 まだ酒を禁止されているジルダは、酒を飲むかのように茶を飲んでいた。


「汚ねーな!」

「お、お前、五十枚って!」

「材料費っていうのか? かかった費用は別で払う。単純にお前の報酬が五十枚だ」

「そ、そんなに貰えねーよ!」

「豪華な新築の家に、親友が室内装飾をしてくれるなんて最高だろ? 家を建てるなんて一生に一度しかないんだ。俺はこう見えて金持ってるしな。あっはっは」

「お前……」


 正直に言うと、俺も今はそれほど金を持っているわけではない。

 だが、ありがたいことに仕事はあるし、成功すれば稼ぎも大きい。

 働けばいいだけだ。


「それによ。お前が貧乏で結婚できないなんて見てられん。いつ死ぬか分からんから、早く夢を叶えてほしい。今回だって死んだと思ったしな。お前があまりにも……不憫すぎる」

「ふ、ふざけんな!」

「この金で結婚できるといいなあ」

「てめえ! マジでぶん殴ってやる!」

「お! やるか!」

「石工職人舐めるなよ!」


 俺たちは顔を突き合わせながら立ち上がった。


「こらこら、何やってるの?」

「レイリア先生!」

「怪我が治った途端に喧嘩ですか。信じられませんね。ふふ」

「ティアーヌか」


 今日はこの場所で昼食を取ると決めていた。

 あの現場を知っている四人で、ダムラを追悼する。

 ここはダムラの遺骨を散骨した場所だ。


 レイリアとティアーヌが作ってきた飯を広げ、俺とジルダが買ってきた酒や茶をグラスに注ぐ。

 もちろんダムラの分もある。

 俺たちは、しばらくの間ダムラを追悼した。


 献杯したあとに、レイリアが葡萄酒のグラスを手に持ちながら、ジルダへ視線を向けていた。


「ジルダさん。まだ身体を冷やさないでね」

「ああ、ありがとう、レイリア先生。滅多に着ない厚手の上着を持ってきたよ。はは」

「いい心がけね。お酒もあと一ヶ月はダメよ?」

「それが一番つれーんだよ」

「我慢しなさいよ」

「そうだな。俺はまた飲むことができるもんな」


 ジルダが茶の入ったグラスに視線を落とした。

 ダムラが酒の味を知らずに逝ったことを考えているのだろう。


 そんなジルダを、ティアーヌが笑顔を浮かべながら見つめている。


「そういえば、ジルダさん。私ちょっと小耳に挟んだんです」

「ん? なんだい? ティアーヌさん」

「病院の女性看護師さんがジルダさんを噂してたんですよ」


 レイリアもジルダに視線を向けた。


「あ、それね。私も聞いたわよ」

「な、なんだと! どんな噂だよ! なんて言ってた!」


 ジルダが二人の言葉に食いついた。


「ジルダさんのことをカッコイイって仰ってましたよ」

「そうね、確かに言ってたわね」


 ティアーヌの言葉に、レイリアが笑顔で頷いた。


「マジか! ついに! ついに俺の時代が来たか! どうだ、マルディン!」


 勝ち誇ったような顔で、俺を見つめるジルダ。

 普段ならムカつく表情だが、今日くらいは許してやろう。


「まあ、死にそうな目にあったんだ。それくらいのご褒美があってもいいんじゃないか」

「お前の報酬を結婚資金にすっぞ!」

「結婚って……、お前……」


 ジルダはアリーシャに好意を寄せていたはずだが、それはいいのだろうか。


「なあ、二人とも教えてくれ! どの看護師さんだ!」

「えーと、私はお名前を存じ上げなくて……」


 ティアーヌがレイリアに視線を向けた。


「私は知ってるわよ。ジルダさん、聞きたい?」

「あ、当たり前だろ!」

「ファリミサさんよ」

「ファリミサ? ファリミサって……、あのファリミサおばちゃん?」

「そうよ。ベテラン看護師さんよ。いつも本当に助かっているの。あなたも小さい頃から、怪我とかでお世話になったでしょう?」

「ファリミサおばちゃん……」

「ファリミサさんが『あの悪ガキだったジルダが、良い男に育ったわねえ』って言ってたわよ」


 魂が抜けたような表情を浮かべるジルダ。


「ぶっ!」


 笑ってはいけない。

 笑ってはいけないのだが、俺は我慢できなかった。


「あっはっは! 良かったなジルダ! これでダムラにも良い報告ができるってもんだ! あっはっは!」

「て、てめえ……」

「報酬を上乗せするから、結婚資金にしてくれよ。あっはっは」

「こ、殺す……」


 ジルダが拳を握った。

 レイリアは真剣な表情でジルダを見つめている。


「ねえ、ジルダさん。ファリミサさんは既婚者よ? どうするのよ?」

「ど、どうもするわけねーだろ!」


 真面目に対応するレイリア。

 わざとなのだろうか。


「俺は……アリーシャさん一筋だ!」

「あーそー。お前最低だな」

「い、いいじゃねーか! モテるお前には分からないだろうけど、俺だってなあ……、俺だって死ぬ前に結婚してーんだよ!」

「俺は結婚してねーよ!」


 涙を浮かべているジルダ。


「ウフフ、安心してジルダさん。もう一人いたわ。あの娘は若いわよ? ねえ、ティアーヌさん」

「はい。もう一人いらっしゃいます」


 ジルダの顔つきが変わった。


「え? マジか!」

「かわいい娘でしたよ」

「誰だ、ティアーヌさん! 名前を! 名前を教えてくれええええ!」


 ジルダの絶叫が冬空に響く。


 俺は翠玉色の海に視線を向けた。


 ダムラ、安心してくれ。

 ジルダは相変わらずバカで元気だよ。

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