第18話 天才少女の開発1
「お、着いたか」
乗り合い馬車を降り、市街地を歩く。
「ここら辺のはずだが」
俺は隣街イレヴスに来ていた。
目的は冒険者ギルドの開発機関だ。
「お! あったぞ! 開発機関は二階だったな」
開発機関は、ギルドの主要機関の一つで、冒険者の武器、防具、道具の開発や販売を行っている。
鉱石の採掘も行っており、開発機関名義の鉱山も保有。
いくつもの国際特許を抱え莫大な収入があり、ギルド本部から一切の予算を受け取っていない。
そのためギルドで最も自由に行動可能な反面、勝手が過ぎてギルドの暴れ馬とも呼ばれている機関だ。
俺が所属する港町ティルコアの冒険者ギルドには、開発機関がない。
だからこのイレヴスの開発機関で、新しい糸を作ってもらうつもりだった。
階段を上り、二階にある開発機関の道具屋へ進む。
「いらっしゃいませ」
「道具の作製を依頼したいんだが?」
「え? 道具の作製ですか? えーと、ちょっと待ってくださいね」
店員の女の子が店の奥へ入っていった。
その間、俺は店の武器や道具を見て回る。
壁に飾られている片手剣、長剣、様々な短剣。
「この支部の剣はかなり高品質だな。機会があったら武器も作ってもらうか」
俺が現在使用している長剣と軽鎧は、別の街の開発機関で購入したものだ。
しばらくすると、四十代くらいの男と、さっきの女の子が戻ってきた。
「開発機関イレヴス支部長のグラントだ」
「Cランク冒険者のマルディンです」
「マルディン? もしかして、先日牙蜘蛛を討伐したマルディンか?」
「ええ、そうです」
「そうか! 連絡する予定だったんだよ。あの牙蜘蛛は通常個体よりも特殊だったんだ」
「特殊?」
「ああ。あと数年も成長すれば、固有名保有特異種になっていただろう。研究機関との共同調査で判明した」
固有名保有特異種とは、種族の中から極稀に産まれる特別な能力を持った個体や、特別に進化した個体を指す。
街や国に厄災をもたらすほどの存在であり、識別するため個体に名前が付与されている。
「特に糸が特殊でな。通常個体より遥かに伸縮性、粘着力、強度が高い」
「そうだったんですね。実はあの牙蜘蛛の糸をもらったんで、新しい糸を作りたいんですよ」
俺は牙蜘蛛の糸をバッグから取り出す。
そして、愛用の糸巻きを見せた。
「それは何だ?」
「糸巻きです。これで糸を操作するんですよ」
「これが糸巻き? 初めて見る形状だな。釣り竿のリールみたいなものか」
「あー、構造的には近いかも」
数年前に発売された釣り道具のリール。
このリールの影響で世界的に釣りが大流行。
俺は釣りをしないが、リールは気になり入手。
分解したところ、糸巻きと似ている部分がいくつかあった。
俺の糸巻きは数年の歳月と、相応の金をかけて開発したものだ。
だが、リールは発明好きの元運び屋が、思いつきで作ったという。
世の中には天才がいるものだ。
「これは市販品か?」
「俺専用に開発したものですよ」
「Cランク冒険者が個人専用道具を開発? 開発なんて相当な金がかかるぞ?」
「あ、いや、えーと、前職がそういう職種だったから。あっはっは」
笑ってごまかした。
グラントは気にせず、糸巻きを手に持ち構造を確認している。
「ふむ。この糸巻きは改良の余地があるな」
「ほう? もしかして気づきましたか?」
「まあな。俺も開発機関の支部長だ。開発もする。この糸巻きだと、糸の吐き出しと巻取りがもたつくだろう?」
「その通りです。将来的には、もう少しスムーズに動くようにしたいんですよ。だけど、まずは新しい糸を作って欲しいんです」
グラントが隣に立つ少女に視線を向け、糸巻きを手渡した。
「おい、リーシュ。お前がやれ」
「え? 私が? いいんですか?」
「おう。新しい糸と、この糸巻きを改良、いや、新しいものを作れ。できるか?」
「はい! やります! やらせてください!」
リーシュと呼ばれた少女が目を輝かせて、俺の糸巻きを見回している。
リーシュの身長は百五十セデルトほど。
薄い緑色のショートヘアで少し癖がかかっている。
瞳の色は驚くほど美しい金糸雀色で、それを隠すかのような大きな丸い眼鏡が特徴的だ。
「お、おいおい。このお嬢ちゃんが? 開発を?」
「そうだ。見た目は子供だが、こいつは天才だぞ。しかも開発機関局長の親戚だしな」
どう見てもまだ子供だ。
だが、俺は見た目で人を判断しないようにしている。
「お嬢ちゃん。できるのか?」
「リーシュです。やらせてください」
「リーシュはいくつだ?」
「十八歳です」
真剣な表情に力強い瞳。
こういう若者のやる気は嫌いじゃない。
「十八歳か。子供だな。だが……」
俺は大きく息を吐いた。
「ふうう。分かった。いいぞ。やってみろ」
「え! いんですか! やった!」
「開発費は金貨十枚。できるか?」
「はい!」
「期間は……そうだな。一ヶ月でどうだ?」
「はい! 頑張ります!」
やると決めたからには、少女でも信頼する。
「じゃあ二人は別室で打ち合わせをしてこい。店番は他の職員に任せる」
「支部長、ありがとうございます!」
リーシュがグラントに頭を下げた。
俺はグラントに金貨十枚を渡し、リーシュと別室へ移動。
新たに開発する糸巻きについて話し合った。