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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第179話 救いきれないもの11

 事件から数日後、俺は皇軍の駐屯地へ向かった。


「マルディン殿!」


 隊長室へ向かう途中で、背後から肩を叩かれた。

 振り返ると、軽鎧(ライトアーマー)を着た四十代前半の男性が立っている。


「あなたは……、ワイト将軍」

「マルディン殿、お久しぶりです。皇都の訓練以来ですな」

「なぜ将軍がここに?」

「今回のことは少し規模が大きいのです。私が指揮を取ります」


 ワイトはレイベール地方を統括する将軍だ。

 以前、皇都で稽古をした際に剣を交わした。

 俺と同じレイベール地方に在住ということで、話が弾んだことを覚えている。


 ワイトは剣士としても強く、三日月剣(シャムシール)を使用する不思議な剣術だった。

 勝負には俺が勝ったものの、終始翻弄され続けた異質な剣士だ。


「私もいますよ」


 ワイトの背後から、ティアーヌが姿を見せた。


「ティアーヌ。どうしたんだ?」

「ワイト将軍に連絡したんです」

「お前が? なぜだ?」

「後ほどワイト将軍からご説明があるかと思います」

「そうか。分かった」


 三人で隊長室へ入ると、バーシムが立ち上がり最敬礼を行った。


「ワ、ワイト将軍!」

「バーシム、処理状況はどうだ?」

「問題ございません」

「そうか。突然だが、この件は私が預かる」

「そ、そんな、わざわざワイト将軍が……」

「これは決定事項だ」

「しょ、承知いたしました」

「さて、早速だがバーシム」

「な、なんでしょうか?」


 突然扉が開き、十数人の兵士が入ってきた。


「貴様を拘束する」

「は?」

「貴様が怒れる聖堂(ナザリー)と共謀していたことは分かっている」

「ま、待ってください! どこにそんな証拠が!」

「証拠? まあその発言が物語っておる」

「あの炎で全て焼けたはず」

「あるんだよ」


 ワイトが低い声で、バーシムの言葉を遮った。

 その隣でティアーヌが書類を取り出す。


「あの火災に便乗して、書類を処分しましたよね? でも私が先に入手していたんです」

「バ、バカな!」


 バーシムは額から汗を流しながら、取り乱している。

 俺は意味を理解するのに、少し時間がかかった。


「皇軍の隊長が……怒れる聖堂(ナザリー)と共謀?」


 ようやく理解した俺は、悪魔の爪(ヴォル・ディル)の柄に手をかけた。

 その瞬間、俺の脳裏にバーシムの首が飛ぶ未来が浮かんだ。


「マルディン殿!」

「マルディンさん!」


 ワイトとティアーヌが同時に声を上げた。


「マルディン殿。今この場でバーシムを殺しても、私は罪に問いません。しかし、それでは何も解決しない。この意味、お分かりでしょう?」


 俺は一瞬だけ固まり、柄から手を離した。


「……そうですね。申し訳ない、将軍」

「ありがとうございます。剣を抜いたあなたを止められる者は、もはやこの国におりません。抜かせないことが重要です。ははは」


 ワイトが扉を指差す。


「連れて行け」

「ハッ!」


 兵士たちがバーシムを連行した。

 これから厳しい取り調べと、処分が待っているだろう。


 ワイトが俺に視線を向ける。


「皇軍が駐屯しながら、あそこまで犯罪組織を大きくしてしまったのは私の責任です。マルディン殿、申し訳ありません」

「いや、将軍の責任ではありません。隊長が裏切ったんです。隠蔽は容易で、発見は難しいでしょう。俺も騎士団経験者だし分かります」

「恐縮です」


 ワイトが頭を下げた。


「ティアーヌ殿が入手した資料から、議会にも共謀者がいたことが判明しており、すでに拘束しております。このラウカウは、私の監視下に置かれます。そして、すでに中央と特殊諜報室(ホルダン)も介入しています」

「そうでしたか。それなら安心ですね」

「ありがとうございます」

怒れる聖堂(ナザリー)はどうなりましたか?」

「まず……、首が落ちていたのは五百三十六人。拘束したのが約千五百人。ティアーヌ殿が入手してくださった資料で、金の流れや犯罪についても調査を進めております。大量のビッツの成分も確認できており、数千人規模の怒れる聖堂(ナザリー)とはいえ壊滅です。とはいえ、逃亡者は夜哭の岬(カルネリオ)に逃げ込むかもしれません」

夜哭の岬(カルネリオ)は?」

「なかなか全容が掴めないのですが、拘束した者たちの供述や、資料から分析していきます」

「分かりました」


 その後はワイトとティアーヌが様々な話をしていた。

 もちろん俺も聞いていたし、意見を述べた。

 だが正直、あまり頭に入ってこなかった。


 街を守るはずの皇軍の隊長が、金に目がくらみ犯罪組織と共謀。

 さらには一都市の議員も協力していた。

 一部の人間の欲望によって、住民が巻き添えになる。

 金のために、権力のために、住民が死んでいく。


 これが今の世の中だ。

 人の命は、金よりも軽い。


 会議が終わり、俺は病院へ戻った。

 病室に入ると、レイリアが机で書類を書いていた。


「レイリア、ちゃんと休めたか?」

「ええ、しっかり休んでるわ」

「ジルダは?」

「時折、激しい痙攣が出るのよ。今はジルダさんも戦ってる」

「そうか……」


 ジルダの容態は思わしくないのだろう。

 一人の医師が付きっきりで診ることなんてないからだ。


「私はあと二週間ほどこの病院にいるわ。他の患者さんの診察をしながら、ジルダさんの回復を待って手術をする」

「分かった。俺も一緒にいるよ」

「そうね。ジルダさんに付き添ってあげて。私もあなたがいると心強いわ」

「ああ、俺も……」

「ん?」

「……お前がいてくれて良かった」

「え? あ、ありがとう」


 窓から入り込む冬の風が、はにかむレイリアの黒髪を揺らしていた。


 ――


 それから数日が経過し、ティアーヌがティルコアへ帰還するという。

 俺は街の馬車駅まで見送りに来た。


「ティアーヌ。世話になったな」

「あの……、お別れみたいですよ」

「いや、そういうわけじゃないさ。だが、お前がいなかったら、ここまでスムーズにことは運ばなかっただろう」

「私はマルディンさんのサポート役ですから。ふふ」


 屈託ない笑顔を見せるティアーヌ。

 この娘がいなかったら、バーシムや議会の不正は明るみに出なかっただろう。

 癒着摘発の立役者だ。

 ダムラの遺骨も、ティアーヌが受け取ってくれていた。


 ティアーヌの表情が引き締まり、俺の瞳を見つめる。


「ダムラの件は残念でしたが、結果的に怒れる聖堂(ナザリー)を壊滅させ、ビッツからティルコアを守りました。そして、皇軍や議会の不正を暴き、夜哭の岬(カルネリオ)へ近づくことができました」

「そうだな。経緯は色々あったが、あいつもティルコアの男だ。見事な最期だった」

「ジルダさんが手に入れたビッツは、研究機関(シグ・セブン)が分析しています」

「ああ、ジルダもよくやったよ。直接……褒めてやりたいぜ」

「マルディンさん。あまりご自分を責めないでください。マルディンさんがいなかったら、ティルコアは今頃……」

「……ありがとう」

「じゃあ、行きますね」


 ティアーヌがティルコア行きの馬車へ歩き出す。

 俺はその背中を見送る。


 ティアーヌが立ち止まり振り返った。


「あの、私、マルディンさんにずっとついていきますからね」

「ま、待っ……」


 そう言って、俺の言葉を待たずに馬車へ乗り込んだ。


 ティアーヌを見送った俺は、ラウカウの冒険者ギルドへ向かう。

 ジルダの手術が終わるまではラウカウに滞在するため、ティルコア支部に手紙を書いた。

 詳しい状況はティアーヌが説明してくれるだろう。


 ジルダの見舞いに関しては、レイリアの手術が終わり容態が安定するまで禁止されている。

 病室に入れるのはレイリア、病院関係者、そして俺だけだ。

 ジルダは未婚で家族はおらず、両親もすでに他界している。

 見舞いが可能になれば町の男どもが来ると思うが、それまでジルダが生きるのか分からない。

 俺にできることは祈ることだけだ。


 俺は病院近くの宿を長期で借りた。

 ギルドから宿へ戻りながら、スラム街があった方向を見つめる。


 聖堂は完全に焼け落ち、巨大犯罪組織だった怒れる聖堂(ナザリー)は完全に壊滅した。

 夜哭の岬(カルネリオ)の全貌は未だ謎に包まれているが、数千人規模の怒れる聖堂(ナザリー)が壊滅したことは、夜哭の岬(カルネリオ)にとっても大きな痛手になるはずだ。


 こうなると、残りの組織がティルコア進出へ攻勢をかけるかもしれない。

 俺の存在もすでに知られているだろう。

 自惚れているわけではないが、奴らにとってティルコア進出の最大の障壁は俺だ。

 奴らが様々な手段で俺を狙ってくることは容易に想像できる。


 だから俺は、家族を持たない。

 奴らは必ず大切なものを狙う。


 もう二度と失いたくない。


「今日は……寒いな」


 ティルコアよりも北にあるラウカウ。

 吹きつける北風に、少しだけ祖国を思い出した。

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