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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第176話 救いきれないもの8

 俺は聖堂を進む。

 ここまで数え切れないほど殺してきた。

 俺に襲いかかる者はもういない。


 聖堂は増築を繰り返したことで迷路のような構造なのだが、不思議と迷うことはなかった。

 勘とでも言うのだろうか。

 心も身体も妙に冷静だ。


 俺の目的はハッキリしている。

 怒れる聖堂(ナザリー)の壊滅、ビッツの処分、そしてダムラの奪還だ。


 俺は静かに長い廊下を進む。

 まるで本物の聖堂にある身廊だ。

 そのままフロアに入ると、見たことがある顔があった。


「貴様は……」


 昨日ダムラと一緒にいた黒スーツの男だ。

 俺の顔を見て動きを止めた。


「おめーは昨日の! 侵入者って、お、お、お前のことか!」

「貴様がジルダをやったのか?」

「え? あ、い、いや……」


 男の右腕には三日月剣(シャムシール)が握られているが、その手は大きく震えている。


「その剣で俺と戦うのか?」

「ち、違うんだ! 待て! 待ってくれ!」


 俺は糸巻き(ラフィール)を操り、男の右腕を落とした。


「ぎゃあああああああ」

「ダムラはどこだ?」

「腕が! 腕が!」

「ダムラはどこだ? 左腕も落とす」

「ま、待て! 待ってくれ! 今呼ぶから! おい、ダムラ! ダムラ!」


 男が叫ぶと、フロアの奥からダムラが姿を現した。

 その目は充血しており、明らかにビッツを飲んでいることが分かる。


「ダムラか。ジルダが大怪我したぞ」

「あ、あいつがしつこいからだろ!」

「生死を彷徨っている。いや……、死ぬかもしれん」

「え?」

「お前のことを最後まで気づかっていた」

「し、知らねーよ! あいつが勝手にやったことだろ!」


 ダムラは俺から視線を背けた。


「お前は何も理解しようとしない。知ろうとしない。自分の境遇を他者のせいにする愚かな人間だ」

「何だよ! お前に何が分かんだよ! 町にお袋を殺されたんだぞ!」

「町は無償で母親を治療していた。最後までしっかり治療していた」

「う、うるせーな! んなわけねーだろ!」

「お前、石工職人の給与を知っているのか?」

「し、知らねーけどよ、どうせ俺だけ少なくしてたんだろ! 搾取してたんだろ! それなのにキツい仕事ばかりさせやがって!」

海の石(オルセ)は子供だったお前に、最初から正規の給与を支払っていた。仕事ができなくてもだ。だが職人の給与は安い。だからジルダは自腹を切って、毎月お前の給与に上乗せしていた」

「な、なんだと」

「お前は町の人に返せないほどの恩を受けていた。町の人の優しさで生きてきた」

「お、お前に何が分かんだよ!」

「自分だけが不幸だと思い、他人を呪うことしかしなかった」

「うるせー! 俺はジルダの野郎に殴られたんだぞ!」

「理由があっただろう。お前は何をした? 麻薬の密売だぞ?」

「う、うるせーよ!」

「ジルダはこいつらに殴られ、蹴られ、瀕死の状態でも、最後までお前の名前を呼んでいた。一緒に帰ろうって言っていたんだ」

「う、うるせー……」

「ジルダはお前が立派な職人になると信じている。今も、生死を彷徨いながらも、お前を信じている」

「く、くそっ」


 スーツの男が這いながら、俺の足を掴んだ。


「はあ、はあ、ダムラ。もっと薬を飲め。こいつを殺せ」

「邪魔するな」


 俺は男の首を落とした。


「ダムラ。怒れる聖堂(ナザリー)にいると、こういう未来が待っている。だが、お前は立派な職人になれる未来があるんだ」

「うっ! げええええ!」


 転がった首を見て、嘔吐するダムラ。


「帰るぞ」

「待て待て待て!」


 フロアに男の声が響いた。

 妙に軽い口調だ。


「お前、首落としだろ?」

「……誰だ?」

「イスラだ。怒れる聖堂(ナザリー)の責任者やってんだよ。困ったことしてくれたな」

怒れる聖堂(ナザリー)の責任者? お前が?」

「見えないか? まあこんな若くてイケてるやつが組織の責任者だとは思わないよな。わはは」


 イスラの身長は俺と同じくらいで、筋肉質だが痩せ型。

 金色の短髪で、垂れた瞳は軽い口調が似合う。

 俺を見つめながら、不敵な笑みを浮かべている。


「お前のせいで、部下たちが逃げようとすっからよ。殺さなきゃいけなかったんだよ。ったく、余計なことさせやがって。役に立つ部下たちだったのによ」


 イスラが両手を広げ、おどけた表情を見せる。

 余裕の態度だが、イスラには隙がない。


「イスラと言ったか。殺す前に聞いてやる。ビッツはどこだ? 怒れる聖堂(ナザリー)夜哭の岬(カルネリオ)との関係は?」

「おいおい、欲張りだな。質問に答えてもいいが、こっちの質問にも答えてもらうぞ」

「意味ないぞ。お前はこれから死ぬんだ」

「わはは! おめー、おもしれーな! ダチになろうぜ!」


 笑いながら、イスラの腕が僅かに動いた。


 俺は即座に悪魔の爪(ヴォル・ディル)を抜き、剣身を身体の前に出す。

 フロアに甲高い音が響き、悪魔の爪(ヴォル・ディル)に衝突した投短剣(カッティ)が床に落ちた。


「おいおい、あれを防ぐのかよ。マジで化け物か?」


 イスラは俺に向かって投短剣(カッティ)を二本投げていた。

 俺はお返しとばかりに腕を回す。


「んだよっ!」


 イスラは足を広げ、背中が地面につきそうなほど大きくのけぞる。

 そして、そのまま起き上がった。

 恐ろしいほどの体幹の強さだ。


「おい! まだ俺が話してただろ!」


 俺はイスラの腕を落とそうと糸巻き(ラフィール)を発射したが、とっさに(フィル)を避けた。

 (フィル)が見えているようだ。


「おい! 危ねーだろ!」

「偶然じゃなさそうだな」

「聞いてんのかよ!」


 (フィル)を避けるなんて異常だ。

 イスラを観察すると、激しい呼吸、血走った目、浮き出た血管、そして、妙に高揚している。


「ビッツか?」

「あ? よく分かったな。お前も飲むか? 飛ぶぜ」


 またしてもイスラが俺に投短剣(カッティ)を投げつけてきた。

 俺は悪魔の爪(ヴォル・ディル)で弾く。

 だが、イスラは同時に俺の眼前に迫っており、両手に持つ暗殺短剣(カーティル)で切りつけていた。

 踏み込みの速さが尋常ではない。


「くっ!」


 俺の正面で、二つの火花が散る。

 俺は片方の暗殺短剣(カーティル)悪魔の爪(ヴォル・ディル)で、もう片方を宵虎鎧(セルトガ)腕鎧(ヴァンブレイス)で防いだ。

 宵虎鎧(セルトガ)以外の鎧だったら、腕が切り落とされていただろう。


 即座に手首を返し、悪魔の爪(ヴォル・ディル)を水平に振るも、イスラの姿はもうそこになかった。


「速いな」

「まあ、それが取り柄だからな。仕事も女も手が早いぜ? で、質問ってなんだ? 一つ答えてやるから、俺の質問にも答えろよ」


 イスラが腰に両手を当てた。

 この状況で、あまりにも余裕を見せているのはビッツの影響だろうか。

 それとも……。


「時間稼ぎか?」

「いや、それがよ、その必要がないんだよ。お前のせいで大勢の配下が死んで、みんな逃げちまっただろ? 待っても誰もこねーんだよ。立て直しが大変だぜ。はあ、マジで頭いてーよ。で、質問ってそれか?」

怒れる聖堂(ナザリー)夜哭の岬(カルネリオ)の関係は?」

「ああ、それか。まあいいか、お前はどうせ死ぬんだ。教えてやるよ。怒れる聖堂(ナザリー)夜哭の岬(カルネリオ)の組織の一つだ」

「はああ」


 俺はイスラの返答に呆れて、大きく息を吐いた。


「おまっ! 今溜め息ついただろ! バカにしてんのか!」

「そんなことは知っている。ガキじゃないんだ。もっとまともに答えろ」

「お、お前……言うね……。ちっ、ムカつくから教えてやるわ。夜哭の岬(カルネリオ)は七つの主要組織からなる。怒れる聖堂(ナザリー)はその主要組織の一つで、デカいんだぞ?」

「その七つの組織が競って、ティルコアに進出しようとしてるってことか」

「なんで競ってるって分かるんだ?」

「アホか。そんなことすぐに分かるだろう。普通なら協力するのに、お前らはそれをしない」

「いちいち癇に障る奴だな。個人主義っていうの? 俺たちは競い合った方が効率的なのさ」

「なるほどね。他の組織の情報を話す気はあるか?」

「言うわけねーだろ。協力はしないが邪魔もしない。それが俺らのルールだ」


 イスラは腰に手を当てたままだ。

 だが隙はない。

 こいつの体幹は厄介だ。

 糸巻き(ラフィール)を発射しても避けられるだろう。

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