第174話 救いきれないもの6
中央病院に到着した俺たち。
ティアーヌがすぐに受付へ問い合わせる。
「マ、マルディンさん……。運び込まれた方は……、重篤状態だったそうです。今は緊急手術中とのことでした」
「性別や年齢は分かるか?」
「性別は男性で年齢は不明。ただ……意識がない状態でも、繰り返し言葉を発していたそうです」
「言葉?」
「そ、その……」
「何だ? どうした?」
「あの……。『ダムラ、帰ろう』と……」
俺は全身に衝撃が走った。
そんな言葉を発する奴は、世界に一人しかいない。
「ジ、ジルダか!」
「分かりません」
「ジルダだろうが! あいつは帰ったんだぞ! なんでだ!」
「分かりません」
「くそっ! 何がどうなってやがる!」
「マルディンさん!」
ティアーヌが俺の両腕を掴んだ。
「ここは病院です! 落ち着いてください! お願いです!」
ティアーヌが涙を流している。
俺は大きく息を吸った。
「すまん……」
「恐らく……、ジルダさんです」
「ああ、そうだな。状況は分からんが、ジルダだろう……」
俺は廊下のソファーに腰を下ろした。
手術が終わるのを待つしかない。
「ティアーヌ、帰っていいぞ」
「私も待ちます」
「そうか」
俺たちは一言も言葉を発さず、ジルダの無事を祈り、ただひたすら待った。
――
窓から西日が差し込む。
外へ目を向けると、空は紅く染まっていた。
「マルディンさん。終わったようです」
ティアーヌに声をかけられ、廊下の先に視線を向ける。
手術後らしき医師が歩いてきた。
年配の男性医師だ。
俺はすぐに立ち上がり、医師の前に出た。
「先生! 容態は!」
「運び込まれた方の関係者の方ですか?」
「そうです!」
「失礼ですが、ご関係は?」
「地元の仲間です。私はティルコアの冒険者で、患者は石工屋の職人です」
「石工屋。なるほど。彼の上腕には入れ墨があり『ティルコア、海の石、ジルダ』と掘られていました」
「ジルダ……」
石工職人たちは、身体に自分の名前を記す。
事故で頭が潰れ、死体が判別できないことがあるという。
そのため、身元が分かるようにしている。
「あなた方は、もしかしてレイリア先生とも知り合いですか?」
「レイリア? は、はい。いつもお世話になってますが……」
「そうですか。実は手術前にレイリア先生を呼んでいます。そろそろ到着するはずです」
「レイリアを?」
「ええ、手術は緊急で私が行いましたが、この患者さんの症状はレイリア先生の専門分野です」
レイリアの診療所は、どんな患者も診察する。
だが、レイリアの専門は手術だという。
そして怪我にも強い。
俺の腰の痛みもレイリアの指導でなくなったほどだ。
廊下を早足で歩く足音が聞こえた。
この足音は聞き覚えがある。
「先生! 遅くなりました!」
「おお、レイリア先生。急に呼び出してすまんな」
「いえ、大丈夫です……。え? あ、あなた! マ、マルディン!」
レイリアが俺に気づいた。
「レイリア……」
「こんなところで、どうしたの?」
「ジルダなんだ」
「ジルダさん? 何を言ってるの?」
「ジルダが襲われた……。患者は……ジルダだ」
「な、なんですって!」
レイリアが男性医師に視線を向けた。
「せ、先生! すぐに病室へ!」
「こっちだ」
「マルディン、ティアーヌさんも来なさい」
「お、おい、部外者は」
「彼らは問題ありません。それに、人体に関しても深い知識があります」
「分かった。案内しよう」
医師に案内され、病室へ入った。
ベッドに横たわるジルダ。
いや、ジルダとは判別がつかないほど包帯が巻かれている。
「ジ、ジルダさん……」
「レイリア先生、しっかりしろ。症状を説明するぞ」
「はい、お願いします」
医師の説明によると、全身打撲、肩と肘の脱臼、四肢の骨折、肋骨五本の骨折、そのうちの一本が内臓に突き刺さったという。
現状では元に戻るか分からない。
そもそも意識が戻るかも不明で、このまま死ぬかもしれないそうだ。
包帯の隙間から僅かに見える腫れ上がった顔は、色が変わっており、まるで人間の皮膚とは思えない。
全ての説明を終え、医師は退室した。
部屋には俺とティアーヌとレイリアが残っている。
「状況を聞かせてもらってもいいかしら?」
俺はレイリアに事情を説明した。
ただ、どうしてジルダがここにいるのかは分からない。
「ダムラって……、あの子か……。あの地区は私の担当じゃないから診てないけど、担当の医師はしっかり診ていたわよ。それでも、あの母親は……治療ではどうにもならなかったのよ」
「ああ、分かってるさ」
俺はソファーに腰掛けた。
「なあ、レイリア。ジルダは助かるのか?」
「助けるわ。絶対に助ける」
助かるとは言わないレイリア。
俺だってこれまで何人もの、いや、何千人何万人もの死を見てきた。
大体のことは分かる。
「頼むよ、レイリア。ジルダはさ、バカだけど本当にいい奴でさ。昨日も潜入調査してるのに、俺を笑わすんだよ。マジで大変だったぜ。その後に二人で葡萄酒飲んでさ。マジで叱ったよ。本当にバカだけど……、俺の親友なんだ」
俺は両膝に腕を乗せ、目を閉じ、うつむく。
そして、大きく息を吸い、一旦呼吸を停めてから静かに吐き出した。
「マルディン?」
「レイリア、これが俺の本性だ」
「な、なに? どうしたのよ?」
「今から……殺してくる」
「殺すって?」
「怒れる聖堂に行ってくる」
ティアーヌの気配が動いた。
どうやら立ち上がったようだ。
「マルディンさん! 私も行きます!」
「ダメだ」
「でも! いくらマルディンさんでも一人なんて無謀です!」
「違うんだよ。無謀なんかじゃないさ」
「ど、どういう意味ですか?」
「周りに人がいると、本気を出せないんだ」
「え?」
「だけど、いつもありがとうな。助かってるよ」
俺は目を開け、立ち上がる。
「さて、行ってくるよ」
「ま、待ってください! 数千人はいるんですよ!」
「ティアーヌ、頼みを聞いてもらえるか?」
「な、なんですか?」
「俺が泊まった宿にライールを預けているから引き取ってくれ。それと、皇軍と特殊諜報室に通報も頼むよ。俺はこのあと皇軍に拘束されるはずだ」
「そ、それって……」
「これを渡しておくよ。ジルダと一緒に手に入れたビッツだ。あの時のジルダはマジで傑作だったぜ」
小さな革袋をティアーヌに手渡した。
「マルディンさん。考え直してください。危険すぎます。お願いです」
俺の腕を掴むティアーヌ。
「もう、うんざりなんだよ。奴らはいつも大切なものを奪う。俺から簡単に奪っていく」
「マ、マルディンさん……」
扉へ向かうと、レイリアが両手を広げ立ちはだかる。
「ま、待ちなさい!」
「レイリアか」
「殺してどうするのよ」
「どうもしないよ。殺せばその分犯罪は減るんだ。どうせ奴らは無限に湧いて出る。出てきたら殺す。それだけだよ」
レイリアは瞳に涙を溜め、震えていた。
「レイリア。すまんな。俺はこういう人間なんだ」
「ま、待って!」
「レイリア、ありがとう。ジルダを頼むよ」
人を治すことが使命のレイリアに、人を殺す俺が触れるわけにはいかない。
俺はレイリアを避けるように扉を出た。




