第172話 救いきれないもの4
宿に戻り、カウンターで葡萄酒を一本注文した。
俺の部屋へ入り、葡萄酒を二つのグラスに注ぐ。
「ダムラの奴、マジで犯罪組織に入っちまったのか……」
呟くジルダにグラスを渡す。
「あの様子じゃ、無理に連れて帰るのは難しいな」
「いや、それでも連れて帰る。あいつはこんなところにいるべき人間じゃない。明日も会いに行くよ」
ジルダがグラスの葡萄酒を一気に飲み干した。
俺としては、ダムラがビッツを売りさばく前に止めたい。
顧客がついて売り捌いてしまったら、死罪は免れないからだ。
「ジルダ。怒れる聖堂はダムラを利用する気だ」
「どういうことだ?」
俺はジルダのグラスに、葡萄酒を注ぐ。
「ダムラは母親の復讐で、ティルコアにビッツを広めて町を破滅に導きたい。もちろんそんなことは無理なんだが、怒れる聖堂につけ込まれた。怒れる聖堂はそれを上手く使って、ティルコアにビッツを流通させるつもりだ。最初は格安で流通させて、浸透した途端一気に価格を上げるだろう」
俺は一旦葡萄酒を口に含んだ。
「だが当然ながら、過度にビッツを流通させることはない。継続的にティルコアで利益を上げ続けたいはずだし、他の犯罪行為でも稼ぐ予定のはずだ。つまり、怒れる聖堂は本格的にティルコアへ進出するってことだ」
「ダムラはどうなる?」
「そうだな……」
正直に言うと、どう転んでもダムラに先はない。
「普通は町に麻薬を広めたいなんて奴はいない。捕まれば間違いなく死罪だからな。それなのに、ダムラは率先して麻薬を広めると言っている。怒れる聖堂にとって最高の人材だよ。もしダムラがビッツを売りさばけば、労せず大きな利益を得るし、ヘマしても切り落とせばいい」
「ダムラは将来があるんだぞ!」
「怒れる聖堂には、使い捨ての駒だ」
「くそっ!」
「明日は徹底的に調査する。ここから先は危険だ。お前はもう帰るんだ」
「手ぶらで帰れるかよ。ダムラを連れて帰るんだ」
「ダメだ。あいつらは平気で人を殺すぞ。俺に任せるんだ」
「しかし……」
「これは俺の専門分野だ。お前の専門は、俺の家をしっかりと作ることだろ?」
「わ、分かったよ」
「あと、お前にクソみたいな演技をされちゃ困るんだよ」
「な、なんだと!」
「笑って調査ができん」
「ふざけんな! 学生時代は演劇で評判だったんだよ!」
「あーそー」
「てめえ、信じてねーな!」
俺たちは罵り合いながら葡萄酒を空け、早々に就寝した。
――
翌朝、ジルダはティルコアへ帰った。
悔しそうな表情ではあったが、これ以上首を突っ込むのは危険だ。
それにあいつは優しすぎる。
ダムラを殴ったことも後悔しているほどだ。
犯罪組織は甘くない。
場合によってはジルダの命に関わる。
「帰ったらジルダを飲みに誘うか。それにしても、……あいつの演技は傑作だった。思い出しても笑っちまうぜ」
俺は気持ちを切り替え、調査を開始した。
まずはラウカウの冒険者ギルドに向かう。
時間との勝負でもあるため、ここは素直に調査機関から怒れる聖堂の情報を提供してもらうことにした。
ラウカウの冒険者ギルドに到着。
石造りの三階建てで、繊細な彫刻が施された歴史を感じる建物だ。
正面の扉に手をかけると、ちょうど同じく扉に手がかかった。
「あれ? マルディンさん?」
「お前! ティアーヌ!」
「こんなところで、どうしたんですか?」
「まあちょっとな。この街について知りたいんだ。ってか、なんでお前がいるんだよ」
「ラウカウの調査機関支部長に用事がありましてね。あのー、なんで私を頼ってくれないんですか?」
「急用だったんだよ」
「私って、そんなに役に立ちませんか?」
ティアーヌが俺に顔を近づけてきた。
俺はのけぞって避けるも、ティアーヌは吐息を感じるほど顔を寄せてくる。
「役に立ってるよ! だから離れろ!」
「じゃあ、私に話してください。私はマルディンさん専属のサポート役ですよ?」
「ちっ、分かったよ」
俺たちはギルドのロビーへ入った。
ロビーは広く、いくつものテーブルが並べられている。
その一つに座った。
「怒れる聖堂について知りたいんだ」
「怒れる聖堂といえば、この街で最大の犯罪組織ですね」
俺はティアーヌに状況を説明した。
「なるほど。そのダムラという青年を連れて帰りたいんですね」
「そうだ。それとビッツの件と、可能であれば夜哭の岬との繋がりも知りたい」
「それこそ私の専門分野じゃないですか! もう!」
「まあそうなんだが、今回は時間がなかったんだよ」
「そうですね。ダムラがビッツを売ってしまえば、死罪ですもんね」
「で、情報は持ってるのか?」
「ありますよ。今日はその話をするために、ここの調査機関に来たのですから」
ティアーヌがリュックから書類を取り出した。
相変わらず大きなリュックだ。
「これです」
ティアーヌから書類を受け取り、目を通す。
「マルディンさん、読みながら聞いて下さい。怒れる聖堂はラウカウ最大の犯罪組織で、規模は相当大きいです。構成員は全てを含めると数千人いると言われています」
「そんなにいるのか」
「はい。この地の兵士よりも多いです。そして……ようやく辿り着いたのですが、怒れる聖堂は夜哭の岬の組織の一つということが分かりました」
「一つ? どういうことだ?」
「どうやら夜哭の岬はいくつかの組織から成り立っているようなんです」
「連合組織なのか?」
「それも違うようで……。なかなか正確な情報に辿り着けないんです。ですが、ラウカウ最大組織の怒れる聖堂ですら、夜哭の岬の一員であることは間違いないです」
ラウカウは、このレイべール地方の中で上位に入る大きな街だ。
その街で最大の犯罪組織でさえ夜哭の岬の一組織となると、その規模は想像もできない。
「分かった。とりあえず、怒れる聖堂へ行くしかないか……」
「でも、行ったとしても、ダムラは自分の意志で怒れる聖堂にいるんですよね?」
「そうだ。ティルコアの町全体が母親を殺したと思っている。その怒りと復讐心がある」
今のところ説得は無理だし、強制的に連れ戻すのも難しいだろう。
だからといって放置はできない。
俺はアジトの場所が記載されている書類に目を通す。
「怒れる聖堂のアジトは町の外れか」
「はい。スラム街にあります。というか、スラム街全体がアジトと言っても過言ではありません」
ティアーヌと話していると、ロビーがざわついた。
「ん? なんだ?」
「何かあったのでしょうか?」
声を上げている冒険者に、俺たちは視線を向けた。




