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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第172話 救いきれないもの4

 宿に戻り、カウンターで葡萄酒を一本注文した。

 俺の部屋へ入り、葡萄酒を二つのグラスに注ぐ。


「ダムラの奴、マジで犯罪組織に入っちまったのか……」


 呟くジルダにグラスを渡す。


「あの様子じゃ、無理に連れて帰るのは難しいな」

「いや、それでも連れて帰る。あいつはこんなところにいるべき人間じゃない。明日も会いに行くよ」


 ジルダがグラスの葡萄酒を一気に飲み干した。


 俺としては、ダムラがビッツを売りさばく前に止めたい。

 顧客がついて売り捌いてしまったら、死罪は免れないからだ。


「ジルダ。怒れる聖堂(ナザリー)はダムラを利用する気だ」

「どういうことだ?」


 俺はジルダのグラスに、葡萄酒を注ぐ。


「ダムラは母親の復讐で、ティルコアにビッツを広めて町を破滅に導きたい。もちろんそんなことは無理なんだが、怒れる聖堂(ナザリー)につけ込まれた。怒れる聖堂(ナザリー)はそれを上手く使って、ティルコアにビッツを流通させるつもりだ。最初は格安で流通させて、浸透した途端一気に価格を上げるだろう」


 俺は一旦葡萄酒を口に含んだ。


「だが当然ながら、過度にビッツを流通させることはない。継続的にティルコアで利益を上げ続けたいはずだし、他の犯罪行為でも稼ぐ予定のはずだ。つまり、怒れる聖堂(ナザリー)は本格的にティルコアへ進出するってことだ」

「ダムラはどうなる?」

「そうだな……」


 正直に言うと、どう転んでもダムラに先はない。


「普通は町に麻薬を広めたいなんて奴はいない。捕まれば間違いなく死罪だからな。それなのに、ダムラは率先して麻薬を広めると言っている。怒れる聖堂(ナザリー)にとって最高の人材だよ。もしダムラがビッツを売りさばけば、労せず大きな利益を得るし、ヘマしても切り落とせばいい」

「ダムラは将来があるんだぞ!」

怒れる聖堂(ナザリー)には、使い捨ての駒だ」

「くそっ!」

「明日は徹底的に調査する。ここから先は危険だ。お前はもう帰るんだ」

「手ぶらで帰れるかよ。ダムラを連れて帰るんだ」

「ダメだ。あいつらは平気で人を殺すぞ。俺に任せるんだ」

「しかし……」

「これは俺の専門分野だ。お前の専門は、俺の家をしっかりと作ることだろ?」

「わ、分かったよ」

「あと、お前にクソみたいな演技をされちゃ困るんだよ」

「な、なんだと!」

「笑って調査ができん」

「ふざけんな! 学生時代は演劇で評判だったんだよ!」

「あーそー」

「てめえ、信じてねーな!」


 俺たちは罵り合いながら葡萄酒を空け、早々に就寝した。


 ――


 翌朝、ジルダはティルコアへ帰った。

 悔しそうな表情ではあったが、これ以上首を突っ込むのは危険だ。

 それにあいつは優しすぎる。

 ダムラを殴ったことも後悔しているほどだ。


 犯罪組織は甘くない。

 場合によってはジルダの命に関わる。


「帰ったらジルダを飲みに誘うか。それにしても、……あいつの演技は傑作だった。思い出しても笑っちまうぜ」


 俺は気持ちを切り替え、調査を開始した。

 まずはラウカウの冒険者ギルドに向かう。

 時間との勝負でもあるため、ここは素直に調査機関(シグ・ファイブ)から怒れる聖堂(ナザリー)の情報を提供してもらうことにした。


 ラウカウの冒険者ギルドに到着。

 石造りの三階建てで、繊細な彫刻が施された歴史を感じる建物だ。


 正面の扉に手をかけると、ちょうど同じく扉に手がかかった。


「あれ? マルディンさん?」

「お前! ティアーヌ!」

「こんなところで、どうしたんですか?」

「まあちょっとな。この街について知りたいんだ。ってか、なんでお前がいるんだよ」

「ラウカウの調査機関(シグ・ファイブ)支部長に用事がありましてね。あのー、なんで私を頼ってくれないんですか?」

「急用だったんだよ」

「私って、そんなに役に立ちませんか?」


 ティアーヌが俺に顔を近づけてきた。

 俺はのけぞって避けるも、ティアーヌは吐息を感じるほど顔を寄せてくる。


「役に立ってるよ! だから離れろ!」

「じゃあ、私に話してください。私はマルディンさん専属のサポート役ですよ?」

「ちっ、分かったよ」


 俺たちはギルドのロビーへ入った。

 ロビーは広く、いくつものテーブルが並べられている。

 その一つに座った。


怒れる聖堂(ナザリー)について知りたいんだ」

怒れる聖堂(ナザリー)といえば、この街で最大の犯罪組織ですね」


 俺はティアーヌに状況を説明した。


「なるほど。そのダムラという青年を連れて帰りたいんですね」

「そうだ。それとビッツの件と、可能であれば夜哭の岬(カルネリオ)との繋がりも知りたい」

「それこそ私の専門分野じゃないですか! もう!」

「まあそうなんだが、今回は時間がなかったんだよ」

「そうですね。ダムラがビッツを売ってしまえば、死罪ですもんね」

「で、情報は持ってるのか?」

「ありますよ。今日はその話をするために、ここの調査機関(シグ・ファイブ)に来たのですから」


 ティアーヌがリュックから書類を取り出した。

 相変わらず大きなリュックだ。


「これです」


 ティアーヌから書類を受け取り、目を通す。


「マルディンさん、読みながら聞いて下さい。怒れる聖堂(ナザリー)はラウカウ最大の犯罪組織で、規模は相当大きいです。構成員は全てを含めると数千人いると言われています」

「そんなにいるのか」

「はい。この地の兵士よりも多いです。そして……ようやく辿り着いたのですが、怒れる聖堂(ナザリー)夜哭の岬(カルネリオ)の組織の一つということが分かりました」

「一つ? どういうことだ?」

「どうやら夜哭の岬(カルネリオ)はいくつかの組織から成り立っているようなんです」

「連合組織なのか?」

「それも違うようで……。なかなか正確な情報に辿り着けないんです。ですが、ラウカウ最大組織の怒れる聖堂(ナザリー)ですら、夜哭の岬(カルネリオ)の一員であることは間違いないです」


 ラウカウは、このレイべール地方の中で上位に入る大きな街だ。

 その街で最大の犯罪組織でさえ夜哭の岬(カルネリオ)の一組織となると、その規模は想像もできない。


「分かった。とりあえず、怒れる聖堂(ナザリー)へ行くしかないか……」

「でも、行ったとしても、ダムラは自分の意志で怒れる聖堂(ナザリー)にいるんですよね?」

「そうだ。ティルコアの町全体が母親を殺したと思っている。その怒りと復讐心がある」


 今のところ説得は無理だし、強制的に連れ戻すのも難しいだろう。

 だからといって放置はできない。


 俺はアジトの場所が記載されている書類に目を通す。


怒れる聖堂(ナザリー)のアジトは町の外れか」

「はい。スラム街にあります。というか、スラム街全体がアジトと言っても過言ではありません」


 ティアーヌと話していると、ロビーがざわついた。


「ん? なんだ?」

「何かあったのでしょうか?」


 声を上げている冒険者に、俺たちは視線を向けた。

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