第17話 サルベージと護衛クエスト6
翌日の早朝、ザールと隊長に別れを告げた。
隊商は次の街へ出発。
「さて、冒険者ギルドへ行くか」
俺はイレヴスの市街地にある冒険者ギルドへ向かった。
牙蜘蛛の死骸は、すでに冒険者ギルドに運んでもらっている。
この街のギルドは石造りの三階建てで、かなり立派な建物だ。
一階のロビーも広い。
受付へ行き、クエスト完了の書類を提出。
報酬の銀貨五枚を受け取った。
「マルディンさんですね。牙蜘蛛の素材を買い取りましたので、その料金もお支払いします」
「なかなかの大物だっただろう?」
「ええ、そうですね。そのことで研究機関の職員が話を聞きたいそうです。お時間大丈夫ですか?」
「研究機関の職員?」
冒険者ギルドには、ギルドを構成する主要機関が九つある。
その中の一つが研究機関だ。
モンスターの生態を研究し、モンスターの新発見、命名、ランクづけ、固有名保有特異種の管理も行う。
また、モンスター事典の発行元としても知られている。
ギルドの主要機関の中で最も人気が高く、モンスター研究者を目指す者は多い。
「分かった。対応するよ」
「では、素材代として、二匹合計で金貨五枚お支払いしますね」
「おお、良い金額だな」
「ええ。足が取れてなければ、もっといってましたけどね」
「あの二匹相手にそれは難しいぜ。あっはっは」
金貨を受け取り、研究機関の職員と面会。
四十代の男性職員だ。
興奮気味の職員に、討伐の状況や住処の様子を詳しく聞かれた。
「す、凄いです! その雑木林を完全に支配下に置いていたのかもしれません!」
「その可能性は高いでしょうね。あれほどの巣は見たことがないので」
「この後すぐに調査隊を出します! マルディンさん、案内してくれませんか?」
「案内? ええ、良いですよ」
「研究機関からのクエストとして、報酬をお支払いします」
「え? 別にいいですよ。どうせ帰るついでですし、先程素材代も貰ったんで」
「ははは。ダメですよ。冒険者が報酬を受け取らないと、我々が上に怒られます」
冒険者ギルドは、労働に対する対価を必ず受け取るように周知されている。
現在のギルマスや、冒険者ギルドを運営するラルシュ王国から強く言われているそうだ。
奉仕精神を持つ騎士だった頃とは違う。
だが、俺は受け入れている。
「分かりました。ではクエストとして受けますよ」
「ありがとうございます。お願いしますね」
「そうだ。可能であれば、牙蜘蛛の糸を売って欲しいんですよ」
「糸を?」
「ええ、俺は糸を道具として使用してるので」
「なるほど。分かりました。すでに牙蜘蛛の解体は終わってます。大量の糸が取れたので無料でお分けしますよ」
「いいんですか? 助かります」
「確認しましたが、牙蜘蛛の糸としては最上級ですね」
「本当ですか! 確かに強力な粘着力でしたし、通常の牙蜘蛛とは様子が違いましたからね」
木製の大きな糸巻きに巻いた糸を受け取った。
恐らく糸の長さは百メデルト近くあるだろう。
これだけあれば、新しい糸を作ることができるし、予備としても十分保管できる。
――
研究機関の調査隊を案内し、牙蜘蛛の住処だった雑木林に到着。
巨大な巣を目の前に、あまりに大興奮した職員が少し心配だった。
研究機関の職員は変人が多いと聞く。
まあ、喜んでもらえて何よりだ。
クエスト報酬として銀貨五枚を受け取り、俺はそのまま帰還。
結局、今回の収入は合計で金貨六枚になった。
「ふう、帰ってきたぞ」
日没を迎えると同時に、俺は港町ティルコアに到着。
冒険者ギルドに顔を出すと、食堂の看板娘フェルリートが笑顔で出迎えてくれた。
「マルディン、お帰り!」
「フェルリートか。どうしたんだ? お前、仕事はもう終わってる時間だろ?」
「マルディンの帰りを待ってたんだよ。一緒にこれを飲もうと思ってね」
フェルリートが葡萄酒の瓶を一本取り出した。
「オークションで、マスターが葡萄酒を一ケース落札したんだよ。その内の一本を安く譲ってくれたから、マルディンと飲もうと思ったの」
「お、良いのか!」
「もちろんだよ! いつもご馳走になってるもん!」
モンスターの素材が手に入ると、俺はよくフェルリートにも分けていた。
それを調理するのはフェルリートだが。
「あっはっは。実はな……」
そう言いながら、俺はバッグから葡萄酒を一本取り出した。
「え? これって?」
「俺も一本買ったんだよ。護衛クエストで依頼主の商人に頼んだら売ってくれてな」
「えー! これって凄い高いやつじゃん!」
「そうだぞ! 金貨一枚もしたんだ!」
「ええ! 金貨一枚! そ、そんな葡萄酒飲んで良いの?」
「ああ良いぞ。今回のクエストは儲かったからな」
「ねえ、マルディンっていつも儲かってるよね?」
「そ、そんなことねーって! 偶然だよ、偶然」
葡萄酒を開け、フェルリートが用意したグラスに注ぐ。
まるで夕日を沈めたように紅く、それでいて黄金色に輝いている。
芳醇な香りが広がり、思わずフェルリートと顔を見合わせた。
「す、すげーな」
「こ、こんな葡萄酒初めてだよ」
そしてグラスを傾け乾杯した。
「うっま!」
「す、凄いねこれ」
「フェルリートの葡萄酒も開けようぜ」
「うん。飲もう飲もう」
フェルリートの葡萄酒も別のグラスに注ぐ。
先程の葡萄酒よりも明るい深紅色だ
「これも美味いな。爽やかな味だ」
「安いのに美味しいね」
「もしかして、マスターが安くしてくれたんじゃないか?」
「そうかな。でもそうかも……マスターは謎すぎるから」
フェルリートが空になった俺のグラスに葡萄酒を注いでくれた。
「でもマルディンも謎だよ? 本当は凄腕の冒険者なんじゃないの?」
「んなわけねーだろ! 万年Cランクの冒険者だぞ」
「そっか。でも凄腕ならこの町にいないもんね」
「そうだぞ。腕が良い冒険者は皆都会へ行く」
「マルディンは行かないでよ?」
「あっはっは。俺はこの町が気に入ってる。それにもう歳だ。のんびりとこの田舎のギルドで活動するさ」
その瞬間、誰かが俺の肩に手を置いた。
振り向くと、そこにあるのは知った顔。
「田舎ギルドで悪かったな」
「パルマか。あっはっは。どう考えても田舎じゃねーか」
「まあ否定はせん」
「お前も一緒に飲め。この葡萄酒は美味いぞ」
瓶を掲げ、パルマに葡萄酒のラベルを見せつけた。
「お前! それってサルベージで上がった葡萄酒じゃねーか!」
「ああ、商人から買ったんだよ」
「い、良いのか? 高いんだろ?」
「あの護衛クエストで儲かったからな。飲もうぜ」
その後も仕事を終えたギルド職員や、馴染みの冒険者たちと葡萄酒を楽しんだ。