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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第168話 初めての皇都7

 皇軍との稽古を終え、宮殿に帰還した。

 俺はキルスと別れ客室へ戻る。

 キルスの配慮で、一人で宮殿を歩くことを許可されていた。

 通常は防犯や諜報の観点から、来賓を一人にさせることはない。

 キルスの心遣いと信頼が嬉しい反面、信頼しすぎじゃないかと心配になる。


 廊下を進むと、前方に知った顔が見えた。


「マルディン。稽古はどうだった?」

「お前! ムルグス!」


 特殊諜報室(ホルダン)の室長ムルグスだ。


「今頃来やがって、なんで訓練に参加しなかったんだよ」

「私は諜報室だぞ。皇軍とは組織体系が違う」

「ちっ」

「で、どうだった?」

「全員に勝ったよ」

「将軍たちが誰も勝てないとはな。信じられん」


 ムルグスが俺の剣に視線を向ける。

 剣の持ち込みが許されない宮殿で、俺は特別に許可されているため、布袋に入れた悪魔の爪(ヴォル・ディル)を腕で抱えていた。


「もしかして、陛下にもか?」

「ああ、今回はキルスと真剣で戦って五戦全勝だ」

「陛下に全勝だと……」


 ムルグスは、俺の顔を見つめながら驚愕の表情を浮かべている。

 俺はふと、ムルグスと初めて会った時のことを思い出した。


「そういや、お前とは決着がついてないな」

「その必要はないさ。私は陛下に負け越してる。もうお前に敵わない」

「そんなことないだろ?」

「いや、色々と情報を仕入れてるぞ。それにネームド二頭の討伐など、もはや人間業ではない」

「人のプライバシーを……。嫌な奴らだ」

「それが仕事だからな。ははは」


 笑い声を上げるムルグスの肩に、俺は手を置いた。


「ところで、ムルグスに聞きたいことがあったんだ。今ちょっといいか?」

「私に? どうした?」

「麻薬に関することだ。知り合いの医師から、新しい麻薬が出回っていると聞いてな」

「ああ、ビッツか」

「ビッツ?」

「医療用麻薬のウルクから作られた新麻薬だ」

「そう、それだ。何か情報を掴んでないか?」

「それに関しては、すでに出どころは掴んだ。レイべール地方の内陸部で作られていたのだが、皇軍の治安部隊が工場を壊滅させたよ」

「動きが早いな」

「ああ、麻薬が流行すると最悪国家が傾くからな。しかし、すでに製造済みの麻薬は市場に出回った。量に換算すると、大都市でも消費に数年はかかるほどだ」

「それほどか……。取り扱っている組織は判明したのか?」

夜哭の岬(カルネリオ)との繋がりを気にしてるのか?」

「そうだ。奴らはティルコアを狙っているからな」


 ムルグスが腕を組み、小さく息を吐いた。


「それがな、製造工場だけしか掴めず、関連組織や背後関係まで届かなかったんだ。巧妙に隠蔽されていた」


 特殊諜報室(ホルダン)でも掴めないとなると、相当用心深い組織なのだろう。


「なあ、ムルグス。麻薬を根絶やしにすることはできないものなのか?」

「難しいな。こればかりは後手に回る。仮に根絶させても、必ずまた新しい麻薬が出る。それは犯罪組織も同じだ。人がいる限り、犯罪は絶対になくならない。国家としては法を整備し、厳しく取り締まる。我々は早期に発見し、対処していくしかないんだ」

「そうだな。俺も協力するよ」

「ああ、頼む。麻薬の件はティルコアも同じ地方だし、無関係では済まないはずだ。情報が入り次第連絡する」

「分かった」

「それと、お前の仕事がしやすい環境は整える」

「環境? なんだそれ?」

「まあ任せておけ」


 ムルグスが俺の肩を叩く。


「明日には帰るんだろう? 皇都最後の夜を楽しんでくれ。ははは」

「お、おい!」


 ムルグスは笑いながら廊下を進んでいった。


「ちっ。なんだってんだ……」


 ムルグスに背を向け、俺は部屋に戻った。


 ――


 夜はキルスとファステル、俺とフェルリートの四人で食事だ。

 場所はキルスの部屋で、完全にプライベートな空間らしい。


「おお、凄い料理じゃないか。これは誰が作ったのだ?」


 キルスが料理を見て驚いている。


「なるほど、これがエマレパ本来の食事か」


 俺は料理が置かれている場所に驚いた。


 床に敷かれたカーペットに、いくつもの料理が並べられている。

 元々エマレパ皇国は、床で食事をする文化だという。

 しかし、数十年前から近代化が進み、今では庶民でもテーブルを使用する。

 宮殿でもテーブルを使用するのだが、皇帝の自室のみ、この文化を継承しているそうだ。


 ファステルとフェルリートが飲み物を用意してくれた。


「今日の夕飯はフェルリートと一緒に作ったのよ。ね、フェルリート」

「はい! キルス様が褒めてくださったメニューと、マルディンが好きな料理を作りました」


 フェルリートはいつの間にかファステルと仲良くなったようだ。

 ファステルは、フェルリートを妹のように可愛がっている。

 皇后と姉妹なんて失礼ではあるが、俺にはそう見えた。


「さあ、では食べようではないか。我々の友情に乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 キルスの掛け声で小さな宴会が始まった。

 フェルリートの料理はいつもと同じ味で旨い。

 そして、ファステルの料理は驚くほど庶民的で素朴な味だが、懐かしさを感じる旨さだった。


「うむ、フェルリートの料理は旨いぞ」

「ちょっとキルス。フェルリートの料理『も』でしょ!」

「ファステル様のお料理は美味しいです!」

「どれも旨いさ。あっはっは」


 国を追放された時の俺は、国家や権力に嫌気が差したことで、実力を隠しながら日銭を稼ぎ、のんびりと自分のためだけに生きていこうと考えていた。

 それが今や、他国の皇帝と友人のように飯を食っている。


「人生どうなるか分からんな。あっはっは」

「なに笑ってるの?」


 フェルリートが大きな瞳で、不思議そうに俺を見つめていた。


「ん? この国に来て良かったって思ってたんだ」

「ふふ。私もマルディンが来てくれて嬉しいよ」

「そ、そうか」


 今日のフェルリートはいつもと違う。

 きっと化粧をしているからだろう。

 窓から入り込む心地良い風が、フェルリートの金色の髪を優しく揺らす。


「フェルリート」

「なあに?」

「今日は……。いや、なんでもない」

「変なマルディン。ふふ」


 娘のように思っていたフェルリートが、少しだけ大人に見えた。


「ほら、マルディン飲むぞ。良い葡萄酒を開けたんだ」

「おいおい、それってマジで良い銘柄じゃねーか!」

「私も今日は少し飲もうかしら」

「わ、私もいただきたいです」


 本当に友人の家に遊びに来た感覚だ。

 これもキルスの人柄なのだろう。


「マジで変な君主だな。あっはっは」


 その後も良い酒を飲みながら、皇都最後の夜を楽しんだ。


 ――


 翌朝、宮殿の見送りを受け、俺とフェルリートは馬車に乗り込んだ。

 帰郷のためにタルースカ空港へ向かう。


 別れ際に、俺はキルスから稽古の報酬として金貨百枚を渡された。

 多すぎると伝えたが、歴戦の将軍たちにとって、今回の敗北は得難い経験になるそうだ。

 それはキルスにとっても同じで、新たな発見があったという。

 そして、また稽古に参加するように依頼された。

 まだ足りないのかと思いつつも、友人の家へ遊びに行くと考えたら悪くない。


 隣に座るフェルリートに目を向けると、馬車の窓から皇都の街並みを眺めていた。

 名残惜しそうだ。


「フェルリート、初めての皇都はどうだった?」

「うん、楽しかったよ」

「そうか。良かったな」

「ファステル様が優しくしてくれてね。お料理を教わって、お化粧も習ったの」

「なるほど……」


 今日のフェルリートは薄く化粧をして、香水をつけている。

 普段のフェルリートは、料理に匂いがつかないように気を使い、香水を一切つけない。

 だが、仕事のない日くらい、若い娘らしくお洒落を楽しむべきだ。


 俺は昨日フェルリートに言いそびれた言葉があった。


「フェルリート、綺麗だぞ」

「え? あ、ありがとう」


 顔を赤らめ、うつむくフェルリート。


「マルディン……、今回は本当にありがとう」

「楽しんでもらえて何よりだ」

「でも、なんだかマルディンって違う世界の人みたいだった。私には遠い人って感じだったな……」

「何言ってんだ。元騎士でああいう場に慣れてるだけだ。今はティルコアに住む田舎の冒険者だぞ」

「じゃあ、ずっとティルコアにいる?」

「もちろんだ。それより、お前こそ何人もの貴族に声をかけられてただろう? また会いたいとか言われたんじゃないか?」

「う、うん。言われた……。会いに行くって……」

「いいじゃないか。貴族に嫁入りなんて。ファステル様だって庶民から皇后になったんだぞ?」

「私はいいの! もう! マルディンのバカ!」


 フェルリートが俺の腕を掴んできた。


「ずっとマルディンと一緒にいるもん!」

「まあ嫁に行くまでは俺が責任を持って守るさ。あっはっは」

「はあ? 嫁になんて行きませんけど!」


 頬をふくらませるフェルリート。


「いやいや、ダメだろ」

「行きません!」


 怒ったフェルリートは、俺の腕を何度も叩く。


「マルディンのバカ!」

「あっはっは」


 その手が止まり、フェルリートが俺の顔を見上げた。


「ねえ、マルディン。私……また氷食べたいな」

「そうか、気に入ったか。じゃあ、今度は氷と雪を見に行くか」

「うん!」


 フェルリートにとって、初めての皇都は良い経験になっただろう。

 また機会があれば、この娘に世界を見せてやりたいと思った。


 空港に到着し、飛空船に乗り込んだ。

 朝日を浴びながら飛空船は西に向かう。

 徐々に遠くなる皇都を、俺たちはいつまでも眺めていた。

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