第166話 初めての皇都5
翌日、俺はキルスと同じ馬車に乗り、皇都郊外にある皇軍本部へ向かった。
目的はキルスや皇軍将軍たちとの稽古だ。
本部に到着すると、将軍たちに迎えられた。
騎士団でいう団長に相当する大将軍の姿もある。
キルスが姿を見せると、将軍たちは一斉に礼式を行う。
「皆に改めて紹介しよう。ジェネス王国月影の騎士の元騎士隊長マルディンだ。現在は我が国で冒険者をやっている。マルディンは早くもネームド殺しを達成した。しかも二頭のネームドだ」
何人かの将軍とは昨日の晩餐会で会っている。
俺のような一介の冒険者と、軍上層部の連中では地位が違いすぎるが、皆快く迎え入れてくれた。
訓練の準備を終え、野外の訓練場に移動すると、キルスが俺の腕を軽く叩いた。
「さて、マルディン。分かっておろう?」
「い、いきなりですか……」
キルスの行動は予想していたが、こうも早いとは思わず、俺は少し呆れて小さく息を吐いた。
「陛下、お手柔らかにお願いいたします」
「普段の口調で構わん。皆も知っておる」
「分かった」
キルスの要望で、初っ端から真剣で一騎打ちを行うことになった。
「マルディン、今回はお互いネームド素材の剣だ。疲労のない状態だし、条件は同じだぞ」
「そうだな。それに今回は糸巻きも使わんよ。純粋に剣士として戦おう」
「別に糸巻きは使ってもいいぞ?」
「いや、悪魔の爪を試したい」
「……負けても言い訳するなよ」
「おいおい、それはこっちのセリフだ。負けるにしても、配下の前で無様な負けだけは晒すなよ」
「ぬかせ」
互いに礼をし、距離を取りながら呼吸を読み合う。
キルスの身体が僅かにゆらめく。
その瞬間、俺の正面で上段から剣を振り下ろしていた。
「くっ!」
雷光の二つ名に相応しい恐るべき速度だ。
だが俺の剣は、この攻撃を容易に弾き返すことができる。
キルスの上段切りに対し、悪魔の爪を右水平に構え、真っ向から受けた。
耳をつんざく甲高い音が響き、大きな火花が散る。
「貴様!」
「刃こぼれなし!」
キルスは衝突した剣の反動を利用し、再び剣を振り上げた。
相手の力を利用する高等技術だ。
キルスはもう一度、上段切りを繰り出す。
俺は腕を回転させ、右水平に構えていた剣を左斜め下に動かし、受け流す体勢を取った。
しかし、キルスは突如として剣筋を変える。
上段から振り下ろされていたはずの剣が消え、下段から剣を振り上げていた。
「死ね! マルディン!」
これこそがキルスの雷光だ。
剣の軌道は変幻自在で、威力も絶大。
キルスの巧さは突出している。
剣の技術だけで言えば、間違いなく世界最高だろう。
「くっ!」
俺は即座に手首を返し、下段に向かって剣を右水平に構え直した。
そして、キルスの剣を押さえつけるように押し込む。
激しい衝突音と火花を散らす二本のネームドの剣。
剣の性能は互角だ。
衝突の反動で、キルスの剣は地面に向かって下がる。
その逆に、衝突の威力を利用して跳ね上がった悪魔の爪。
水平状態のまま、キルスの首と同じ高さに達する。
俺は右肩を内側に入れ、腰を左に回転させ、キルスの首を刈りに行く。
キルスにとっては、悪魔の爪が死神の鎌に見えたことだろう。
「衝突の反動を利用するのは、お前だけじゃないんだぜ?」
首を刎ねる寸前で、俺は剣を止めた。
額から汗を流すキルス。
「貴様……」
「とはいうものの、俺も危なかったぜ。相変わらず速すぎんだよ」
ほんの一瞬で勝負はついた。
皇国最強剣士の敗北に、将軍たちは信じられないものを見たといった反応だ。
「も、もう一度だ!」
「いいだろう。今日はいくらでも付き合うぜ」
俺たちは稽古という名の壮絶な勝負を繰り返した。
一歩間違えれば死ぬ。
だが、俺たちは絶対にその一歩を踏み外さない。
――
その後、キルスとは五戦して全てに勝利。
前回と違い剣を庇う必要がないため、俺は全力を出すことができた。
いや、全力を出してなお、悪魔の爪には余力があるようだ。
「本当に凄い剣だぜ」
俺は手に持つ悪魔の爪に視線を向ける。
俺の言葉に反応するかのように、悪魔の爪は剣身を輝かせた。
「まさか、この私が連敗するとはな」
キルスが水筒を俺に手渡す。
負けたというのに、キルスはそれほど気にしてないようだ。
「お主、短期間で腕を上げすぎだろう。以前戦った時とは別人だぞ?」
「そうか? でもまあ、常に戦っていたからな」
「やはり実戦に勝るものはないか」
「そうだな。モンスターを相手にすると嫌でも腕は上がるさ。特にネームドなんて人間の比じゃない。俺の実力はもう限界だと思っていたのにな。あっはっは」
「くそ、羨ましいぞ。私もその環境に身を置きたいものだ」
「おいおい、皇帝陛下が何を言ってるんだ」
キルスの発言に、背後に控える将軍たちが苦笑いしていた。
だが、キルスの気持ちも分かる。
たった一度ネームドと戦うだけで、数年分の戦闘と稽古に匹敵するだろう。
俺もここまで実力が上がっているとは思わなかった。
それほど、ネームドとの戦いは得るものが大きい。
もちろん、そのたった一度で、大半の冒険者は命を落とすのだが……。
「お主の強さの秘訣が分かったぞ」
「ん?」
「手首だ。手首が異常に強い」
どうやらキルスは見抜いたようだ。
キルスが言う通り、俺は手首を重点的に鍛えていた。
糸巻きの操作は、手首が最も重要だからだ。
「……そうだな。だが、キルスの雷光も同じようなもんだろう? あんな動きをしたら、普通は腱が切れ関節は壊れる」
「それでもお主に敵わんのだ。私もさらに身体を追い込む必要があるな。わははは」
「まあ……ほどほどにな」
その後も稽古は続き、俺は将軍たちとも手合わせした。
さすがは大国の将軍たちだ。
その強さは突出していた。
特に大将軍グレイグと、特殊部隊砂漠の太陽隊長フォロッソは恐ろしく強く、俺も何度か危ない場面があった。
この二人はキルスに匹敵する実力を持っている。
とはいえ、なんとか全員に勝つことができた。
「まさか、将軍たちが誰一人も敵わぬとはな……」
「いや、実際危なかった。皇軍は剣の達人ばかりだよ」
俺は稽古中の将軍たちに視線を向けた。
実戦さながらの激しい勝負を繰り広げている。
「次回までは私もさらに腕を磨くぞ」
「もう必要ないだろう? キルスは間違いなく、この国で最も強いのだから」
「何を言うか。今やお主も国民だぞ。皇帝たるもの、最も強くなくてはならぬのだ。わははは」
別に君主が最も強い必要はないのだが、その考えは嫌いじゃない。
キルスはその圧倒的な武力とカリスマ性で国家を導く。
それも一つの君主のあり方であり、俺はそんなキルスを尊敬していた。
騎士として戦場に出ていた者としては、こういう君主が最も頼りになることを知っているからだ。
実際キルスは、将軍たちとの勝負で圧倒的な強さを見せていた。
将軍たちは手を抜くどころか、本気でキルスを倒しにかかったが、誰も雷光には敵わなかった。
日が傾き、雲が黄金色に色づく。
「マルディン、また勝負するぞ」
俺に向かって笑顔を見せるキルス。
俺は少し溜め息をつき、省略した礼式を見せた。
「これ以上、陛下に向ける剣は持ち合わせてございませぬ」
「勝ち逃げは許さぬぞ。わははは」
「勘弁してくれよ……」
こうして皇軍との稽古は終了した。




