表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

166/276

第166話 初めての皇都5

 翌日、俺はキルスと同じ馬車に乗り、皇都郊外にある皇軍本部へ向かった。

 目的はキルスや皇軍将軍たちとの稽古だ。


 本部に到着すると、将軍たちに迎えられた。

 騎士団でいう団長に相当する大将軍の姿もある。

 キルスが姿を見せると、将軍たちは一斉に礼式を行う。


「皆に改めて紹介しよう。ジェネス王国月影の騎士(イルグラド)の元騎士隊長マルディンだ。現在は我が国で冒険者をやっている。マルディンは早くもネームド殺しを達成した。しかも二頭のネームドだ」


 何人かの将軍とは昨日の晩餐会で会っている。

 俺のような一介の冒険者と、軍上層部の連中では地位が違いすぎるが、皆快く迎え入れてくれた。


 訓練の準備を終え、野外の訓練場に移動すると、キルスが俺の腕を軽く叩いた。


「さて、マルディン。分かっておろう?」

「い、いきなりですか……」


 キルスの行動は予想していたが、こうも早いとは思わず、俺は少し呆れて小さく息を吐いた。


「陛下、お手柔らかにお願いいたします」

「普段の口調で構わん。皆も知っておる」

「分かった」


 キルスの要望で、初っ端から真剣で一騎打ちを行うことになった。


「マルディン、今回はお互いネームド素材の剣だ。疲労のない状態だし、条件は同じだぞ」

「そうだな。それに今回は糸巻き(ラフィール)も使わんよ。純粋に剣士として戦おう」

「別に糸巻き(ラフィール)は使ってもいいぞ?」

「いや、悪魔の爪(ヴォル・ディル)を試したい」

「……負けても言い訳するなよ」

「おいおい、それはこっちのセリフだ。負けるにしても、配下の前で無様な負けだけは晒すなよ」

「ぬかせ」


 互いに礼をし、距離を取りながら呼吸を読み合う。

 キルスの身体が僅かにゆらめく。

 その瞬間、俺の正面で上段から剣を振り下ろしていた。


「くっ!」


 雷光の二つ名に相応しい恐るべき速度だ。

 だが俺の剣は、この攻撃を容易に弾き返すことができる。

 キルスの上段切りに対し、悪魔の爪(ヴォル・ディル)を右水平に構え、真っ向から受けた。


 耳をつんざく甲高い音が響き、大きな火花が散る。


「貴様!」

「刃こぼれなし!」


 キルスは衝突した剣の反動を利用し、再び剣を振り上げた。

 相手の力を利用する高等技術だ。


 キルスはもう一度、上段切りを繰り出す。

 俺は腕を回転させ、右水平に構えていた剣を左斜め下に動かし、受け流す体勢を取った。


 しかし、キルスは突如として剣筋を変える。

 上段から振り下ろされていたはずの剣が消え、下段から剣を振り上げていた。


「死ね! マルディン!」


 これこそがキルスの雷光だ。

 剣の軌道は変幻自在で、威力も絶大。

 キルスの巧さは突出している。

 剣の技術だけで言えば、間違いなく世界最高だろう。


「くっ!」


 俺は即座に手首を返し、下段に向かって剣を右水平に構え直した。

 そして、キルスの剣を押さえつけるように押し込む。

 激しい衝突音と火花を散らす二本のネームドの剣。

 剣の性能は互角だ。


 衝突の反動で、キルスの剣は地面に向かって下がる。

 その逆に、衝突の威力を利用して跳ね上がった悪魔の爪(ヴォル・ディル)

 水平状態のまま、キルスの首と同じ高さに達する。

 俺は右肩を内側に入れ、腰を左に回転させ、キルスの首を刈りに行く。


 キルスにとっては、悪魔の爪(ヴォル・ディル)が死神の鎌に見えたことだろう。


「衝突の反動を利用するのは、お前だけじゃないんだぜ?」


 首を刎ねる寸前で、俺は剣を止めた。

 額から汗を流すキルス。


「貴様……」

「とはいうものの、俺も危なかったぜ。相変わらず速すぎんだよ」


 ほんの一瞬で勝負はついた。

 皇国最強剣士の敗北に、将軍たちは信じられないものを見たといった反応だ。


「も、もう一度だ!」

「いいだろう。今日はいくらでも付き合うぜ」


 俺たちは稽古という名の壮絶な勝負を繰り返した。

 一歩間違えれば死ぬ。

 だが、俺たちは絶対にその一歩を踏み外さない。


 ――


 その後、キルスとは五戦して全てに勝利。

 前回と違い剣を庇う必要がないため、俺は全力を出すことができた。

 いや、全力を出してなお、悪魔の爪(ヴォル・ディル)には余力があるようだ。


「本当に凄い剣だぜ」


 俺は手に持つ悪魔の爪(ヴォル・ディル)に視線を向ける。

 俺の言葉に反応するかのように、悪魔の爪(ヴォル・ディル)は剣身を輝かせた。


「まさか、この私が連敗するとはな」


 キルスが水筒を俺に手渡す。

 負けたというのに、キルスはそれほど気にしてないようだ。


「お主、短期間で腕を上げすぎだろう。以前戦った時とは別人だぞ?」

「そうか? でもまあ、常に戦っていたからな」

「やはり実戦に勝るものはないか」

「そうだな。モンスターを相手にすると嫌でも腕は上がるさ。特にネームドなんて人間の比じゃない。俺の実力はもう限界だと思っていたのにな。あっはっは」

「くそ、羨ましいぞ。私もその環境に身を置きたいものだ」

「おいおい、皇帝陛下が何を言ってるんだ」


 キルスの発言に、背後に控える将軍たちが苦笑いしていた。

 だが、キルスの気持ちも分かる。

 たった一度ネームドと戦うだけで、数年分の戦闘と稽古に匹敵するだろう。

 俺もここまで実力が上がっているとは思わなかった。

 それほど、ネームドとの戦いは得るものが大きい。


 もちろん、そのたった一度で、大半の冒険者は命を落とすのだが……。


「お主の強さの秘訣が分かったぞ」

「ん?」

「手首だ。手首が異常に強い」


 どうやらキルスは見抜いたようだ。

 キルスが言う通り、俺は手首を重点的に鍛えていた。

 糸巻き(ラフィール)の操作は、手首が最も重要だからだ。


「……そうだな。だが、キルスの雷光も同じようなもんだろう? あんな動きをしたら、普通は腱が切れ関節は壊れる」

「それでもお主に敵わんのだ。私もさらに身体を追い込む必要があるな。わははは」

「まあ……ほどほどにな」


 その後も稽古は続き、俺は将軍たちとも手合わせした。

 さすがは大国の将軍たちだ。

 その強さは突出していた。


 特に大将軍グレイグと、特殊部隊砂漠の太陽(デルルソ)隊長フォロッソは恐ろしく強く、俺も何度か危ない場面があった。

 この二人はキルスに匹敵する実力を持っている。


 とはいえ、なんとか全員に勝つことができた。


「まさか、将軍たちが誰一人も敵わぬとはな……」

「いや、実際危なかった。皇軍は剣の達人ばかりだよ」


 俺は稽古中の将軍たちに視線を向けた。

 実戦さながらの激しい勝負を繰り広げている。


「次回までは私もさらに腕を磨くぞ」

「もう必要ないだろう? キルスは間違いなく、この国で最も強いのだから」

「何を言うか。今やお主も国民だぞ。皇帝たるもの、最も強くなくてはならぬのだ。わははは」


 別に君主が最も強い必要はないのだが、その考えは嫌いじゃない。

 キルスはその圧倒的な武力とカリスマ性で国家を導く。

 それも一つの君主のあり方であり、俺はそんなキルスを尊敬していた。

 騎士として戦場に出ていた者としては、こういう君主が最も頼りになることを知っているからだ。


 実際キルスは、将軍たちとの勝負で圧倒的な強さを見せていた。

 将軍たちは手を抜くどころか、本気でキルスを倒しにかかったが、誰も雷光には敵わなかった。


 日が傾き、雲が黄金色に色づく。


「マルディン、また勝負するぞ」


 俺に向かって笑顔を見せるキルス。

 俺は少し溜め息をつき、省略した礼式を見せた。


「これ以上、陛下に向ける剣は持ち合わせてございませぬ」

「勝ち逃げは許さぬぞ。わははは」

「勘弁してくれよ……」


 こうして皇軍との稽古は終了した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ