第165話 初めての皇都4
「あの……。でも、どうしてリースさんがここに? リースさんもパーティーに参加されるんですか?」
「そうだな。主催だからな」
「主催? え? あの……ここは宮殿ですけど……」
「うむ。ここは私の家だ」
「家?」
「そうだ。家だ」
「家って……宮殿ですよ?」
「だから、この宮殿が私の家だ」
フェルリートは全く理解できないようだ。
大きな目を見開いて、キルスを見つめている。
「オホン」
俺はキルスの隣に立ち、低い声を出すために一度咳払いした。
「フェルリート。このリース……、いや、こちらのキルス様は、エマレパ皇国の皇帝陛下でいらっしゃる」
「こ、皇帝……陛下?」
「そうだ。キルス皇帝陛下であられる」
「え……ええええええええええええええ!」
フェルリートの絶叫が部屋に響いた。
「たたた、大変失礼いたしました」
大混乱しているフェルリート。
何度も「どうしよう」と呟きながら、右往左往している。
「よい。気にするな。驚く気持ちもよく分かるからな。わははは」
フェルリートを落ち着かせるように、キルスは笑い飛ばした。
「は、はい」
「それにしても、食堂の娘のはずなのに、今のお主は一国の姫だな」
俺と同じ感想を漏らすキルス。
「フェルリートといったか、マルディンとは歳が離れているだろう。まあ、でも今の時代はそれほど関係ないか。私もファステルとちょうど十歳離れているしな。わははは」
顎髭を触りながら、俺に視線を向けた。
「おい、キルス。勘違いするなよ」
「何が違うのだ? パートナーを連れてこいと言っただろう? わははは」
キルスが意地の悪い笑みを浮かべた。
俺の状況を知っていてからかっている。
「て、てめえ……」
俺は思わず拳を握った。
「明日覚えてろよ。マジでぶん殴ってやるからな」
「ほう、貴様にできるのか?」
キルスの額に血管が浮き出ている。
「俺に負けたくせに」
「くっ、いい度胸だ。貴様、明日殺してやるぞ」
「お前にできるのかよ」
「以前の私ではない」
俺たちの様子を見て、フェルリートが不安そうな表情を浮かべていた。
本気で言い合いをしているように見えたのかもしれない。
「あー、フェルリートすまん。これは違うんだよ」
フェルリートに視線を向け、俺とキルスの関係を説明した。
フェルリートは不思議そうな表情を浮かべていたが、なんとか納得したようだ。
確かに皇帝陛下が友人なんて、受け入れることは難しいだろう。
俺たちはソファーに移動した。
フェルリートのドレスが崩れないように、メイドがサポートしている。
「フェルリート。お主の香辛料は宮殿でも評判だ」
「あ、ありがとうございます」
「明日はマルディンを借りる。その間、お主は私の妻ファステルに会ってもらう。香辛料や料理を教えてやってくれ」
「か、かしこまりました」
すると、執事がキルスの前で頭を下げた。
「キルス様、お時間でございます」
「そうか。分かった。ではお主たち、また後ほど会おう。わははは」
笑いながらキルスが退室した。
「騒がしい奴だぜ」
「ほ、本当にリースさん……、キルス様は皇帝陛下なの?」
「まあ信じられないよな。でも本当なんだよ。今回はキルスに招待されていたんだ。驚かせてすまないな」
「ううん。でも……皇帝陛下って本当に実在するんだね」
「そうだ。しっかりと国を守ってるよ」
地方在住の国民は、ほとんどが皇帝を見たことがない。
中には伝説上の人物だと考える者もいるそうだ。
フェルリートは、キルスが出ていった扉を眺めていた。
その表情は、まるで伝説のモンスターを見たかのようだった。
――
夕焼けが始まり窓から西日が差し込むと、俺たちは晩餐会の会場へ案内された。
正装したキルスはさすがだ。
大国の皇帝として、威厳に満ちあふれている。
そして、世界三大剣士としての迫力も持ち合わせていた。
これほどの君主は、歴史を振り返ってもそういないだろう。
改めてキルスと挨拶を交わし、隣にいるファステル皇后に視線を移す。
世界三大美女に数えられる皇后に、思わず息を飲んだ。
「マルディン・ルトレーゼと申します」
「ファステル・エマレパです。ご高名は伺ってます」
「ありがたき幸せ。光栄に存じます」
煌びやかという言葉はこの方のためにあるのではと錯覚するほどの、華やかな美しさだ。
皇后はフェルリートと同じブランドのドレスを着こなしている。
このファステル皇后は平民出身だが、キルスの猛烈な求愛によって結婚したそうだ。
キルスは剣にしろ恋愛にしろ、一途なのだろう。
皇帝なら後宮もあるだろうに、持たないそうだ。
俺の想像以上の規模で晩餐会は開催された。
小耳に挟んだが『ネームド二頭を討伐し、国を救った英雄』という、わけの分からない紹介をしていたそうだ。
食事が終わると、フロアではダンスが始まった。
俺もフェルリートの手を取りフロアへ出る。
フェルリートは練習した時よりも遥かに上達していた。
やはりこの娘の身体能力は高い。
「フェルリート、上手いぞ」
「ふふ、楽しいね」
「そうだな」
人生初のダンスを皇帝の御前で披露しているのに、満面の笑みで楽しいと言うフェルリート。
意外と肝も座っている。
「マルディン。違うよ?」
「あ、す、すまんな」
フェルリートのことを考えていたら、足の運びを間違えた。
だが、フェルリートがカバーする。
早くも俺をリードするフェルリートだった。
「マルディンよりも、フェルリートの方が目を引くな。わははは」
ひとまずダンスを終えた俺たちに、キルスが声をかけてきた。
「陛下、おたわむれを」
ここは公式の場だ。
普段と同じというわけにはいかない。
キルスもそれを理解している。
「お主は元騎士だ。こういう場に慣れている。だがフェルリートは初めてなのだろう?」
「左様でございます」
「ふむ。それにしては堂々とした踊りではないか。私もフェルリートと踊ろうではないか」
キルスはフェルリートの手を取り、フロアで踊り始めた。
キルスが登場したことで、宮廷楽団の演奏に力が入る。
皇帝と踊ったなんて、フェルリートにとってはいい思い出になるだろう。
踊る二人を眺めていると、甘美な香りが漂ってきた。
「マルディン、陛下の無茶に苦労してるでしょう?」
「ファステル皇后陛下!」
俺は即座に頭を下げた。
「そう固くならないで。私は平民出よ」
皇后が手を差し出す。
まるでガラス細工のような美しく繊細な腕だ。
俺はその手を取りエスコートする。
そして、俺は皇后とフロアに出た。
「ねえ、マルディン。これからもキルスと仲良くしてあげて」
踊りながら、皇后が声をかけてきた。
「仲良くだなんて。恐れ多いです」
「あの人、強い人が好きだから。ふふ」
「陛下よりお強い者などおりませぬ」
「何を言っているのよ。あなたはキルスに勝ったのでしょう?」
「偶然でございます」
「偶然でキルスに勝てるわけがないもの。この世でキルスに勝てる人は、アルとレイだけだと思っていたのに。あなた凄いわね」
「と、とんでもないことでございます」
「ふふ。明日は稽古をするんでしょう? 聞いているわよ。よろしくね」
「かしこまりました。では、皇后陛下……」
「名前でいいわよ」
「ファステル様、明日はフェルリートをよろしくお願いいたします」
「もちろんよ。キルスから料理が上手と聞いているわ。だから、一緒に料理をするのよ」
平民出ということで、とても気さくなお方だ。
きっと明日はフェルリートも楽しく過ごすことができるだろう。
その後の俺は、貴族や役人、軍人たちに声をかけられ、ネームド討伐の話を何度もさせられた。
フェルリートは、多くの貴族たちからダンスの誘いを受けていた。
まさか貴族たちも、フェルリートが食堂の職員だとは思わないだろう。
晩餐会が終わると、俺たちはそのまま宮殿の客室に宿泊。
もちろん部屋は二つ用意してもらった。




