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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第164話 初めての皇都3

 皇都三日目の朝を迎えた。


 リビングへ出ると、フェルリートが笑顔を浮かべながらソファーに座っている。

 テーブルに置かれている一枚の書類。

 昨日行ったサーカスの演目表だ。

 昨日のことを思い出しているのだろう。


「おはよう、フェルリート」

「あ、おはよう、マルディン」

「早いな」

「うん、せっかくの旅行だもん。寝るのがもったいなくて」

「まあ気持ちは分かるよ。だが、今日の予定は午後からだ。ゆっくりしていいぞ」


 今日はこの旅の目的でもある皇帝陛下との謁見だ。

 予定としては、午後の式典で感謝状を賜り、夕方から晩餐会が開かれるという。


 そして、問題なのが明日だ。

 キルスが丸一日俺を拘束した。

 内容は剣の稽古で、皇軍の将軍たちも参加するそうだ。

 フェルリートはその間、宮殿の女性が面倒を見てくれることになっている。


 朝食は部屋まで運んでもらい、食後はリビングでくつろぐ。


「そうだ。フェルリートはダンスできるか?」

「ダンス? やったことないけど」

「今日のパーティーではダンスもあるはずだ」

「え? 私も踊るの?」

「そうだな。俺と一緒に踊ることになる」

「ど、どうしよう。分かんないよ」

「今から教える。簡単だし、フェルリートならすぐ覚えるさ」


 フェルリートの身体能力は驚くほど高い。

 冒険者の俺よりも動けるほどだ。


 俺は立ち上がり、ソファーに座るフェルリートに一礼した。


「フェルリート姫、私と踊っていただけませんか?」


 そして、手を差し出す。


「あ、あの……」

「きっと貴族から誘いがあるぞ。こうやって誘ってくるから、手を取るんだ」

「え? 貴族の誘い?」

「そうだ。まあ普通に踊るだけだがな」


 俺はフェルリートの手を取り、宮廷ダンスを教えた。

 さすがはフェルリートだ。

 少し教えただけですぐに覚えた。

 というか、もうすでに俺よりも上手い。


「楽しいね。ふふ」

「そうだな。それにしても、お前上手すぎるな」

「そう? 先生が良いんだよ」

「そうか。じゃあ、ティルコアでダンス教室でもやるか。あっはっは」


 俺にはフェルリートと踊るこのリビングが、ダンスホールに見えた。


 ――


 そろそろ宮殿から迎えが来る頃だ。


「ねえ、マルディン。これを持っていってもいいかな?」

「それは?」


 フェルリートが自分の首飾りを指差した。

 細工職人が加工した真っ白な珊瑚の中心に、小さな翠波石が埋め込まれている。

 水を固めた石と言われるほど、透き通った青色で輝く翠波石の首飾りだ。


「それって……あれか」

「うん。お祭りでマルディンが買ってくれた首飾りだよ」

「ドレスにそれを?」

「うん」

「そんな安物じゃなくて、もっと高価なものをつけるんじゃないかな」

「これが……いいの……」

「そうか。……じゃあ、お願いしてみるか」

「うん!」


 大きな瞳を見開いて、満面の笑みを浮かべるフェルリートだった。


 迎えの馬車が来たため、俺たちは宮殿へ向けて出発。


「ところで、マルディン。パーティーってどこでやるの?」

「えーと……。宮殿だ」

「宮殿?」

「タルースカ宮殿だ」

「タルースカ宮殿って……。え? きゅ、宮殿!」

「そうだ。本物の宮殿だ」

「え? え? ど、どうして!」

「まあちょっと理由あって、俺が偉い人から感謝状をもらうことになったんだ。で、晩餐会も開催されることになってな」

「え、偉い人って?」

「まあ、会えば分かるよ」


 宮殿に到着後、執事やメイドが控室へ案内してくれた。

 俺は礼服に袖を通し、謁見の間へ移動。


 キルス本人から感謝状と褒美を賜る。

 俺たちは友人関係でもあるため、真面目な式典なのに笑いを堪えるのが大変だった。


 フェルリートは式典に参加せず、晩餐会のために着替えや化粧をしている。

 何人ものメイドに囲まれながら、別室に連れて行かれたフェルリート。

 別れ際の不安そうな表情が忘れられない。


「あの顔……。今でも笑っちまうな」


 一人で控室のソファーでくつろいでいると、部屋をノックする音が響いた。

 執事が部屋に入ると、開いた扉に向かって頭を下げている。

 誰かが入ってくるようだ。


「まさか……」


 予想通りキルスが部屋に入ってきた。


「さすがは元騎士だな。礼服も着こなしておる」

「陛下!」


 俺は即座に起立し、キルスの前で跪いた。


「よい、今は友人だ」

「ここは宮殿です……」

「そうだ。だから、私の家だ。お主は友人の家に遊びに来ただけだ。くつろいでくれ」


 キルスが俺の肩に手を置く。


「はいはい。分かったよ」

「さて、さっそく剣を見せてくれ」

「なんだよ、それが目的か」

「当たり前だろう。ローザの剣だぞ」


 式典は当然ながら帯剣はできない。

 そもそも宮殿内が帯剣禁止だ。

 本来は剣を預けるのだが、キルスが許可したことで、布袋に入れた状態で剣を部屋に持ち込んでいた。


 俺は剣を布袋から取り出し、鞘ごとキルスに手渡す。


「抜いてもいいか?」

「もちろんだ」


 キルスが悪魔の爪(ヴォル・ディル)を抜く。


「こ、これは……」


 悪魔の爪(ヴォル・ディル)を天井に向けて掲げるキルス。


「なんという異質な剣だ。美しくもあり……禍々しくもある」

「タイプは長剣(ロングソード)。名は悪魔の爪(ヴォル・ディル)だ」

悪魔の爪(ヴォル・ディル)。モンスターの名をそのままにしたのか。これは……油断すると飲まれるな」

「そうだ。ローザからも注意があったほどだ」


 キルスが剣を軽く振ると、残像が美しく弧を描く。

 この剣は扱いが非常に難しいのだが、驚くほどスムーズに振るキルス。

 やはり恐るべき剣士だ。


「ローザもとんでもない剣を作ったものだ」


 キルスが悪魔の爪(ヴォル・ディル)を鞘に納めた。


「そういえばお主、ヴォル・ディルに続いて、またネームドを討伐したそうだな」

「結果的にそうなっただけだ。狙ったわけじゃない。住民に犠牲が出たからな」

「そうか、それで討伐したのか。それに、レイベール伯の相続についても聞いたぞ。伯爵は尊敬に値する御仁だった。そのことも含めて感謝する」


 キルスが頭を下げた。


「お、おい! よせって!」


 皇帝陛下が頭を下げるなど、あってはならないことだ。

 キルスは頭を上げると笑みを浮かべた。


「明日の稽古が楽しみだな。わははは」

「ったく、変な皇帝だぜ」


 キルスは特に気にせず、笑っていた。


 その後はキルスと珈琲を飲みながら談笑。

 というか、この皇帝は暇なのだろうか?


「なあ、仕事しなくていいのか?」

「今日の仕事は、お主の式典と晩餐会のみだ。重要な仕事は昨日までに片付けておるよ」

「そ、そうか。そりゃ良かった」

「それに、友人が遊びに来るのだ。仕事なんてやってられんさ。わははは」


 背後に立つ執事に視線を向けると、苦笑いしていた。

 そりゃそうだろう。

 気持ちは分かる。


「失礼いたします」


 女性の声とともに扉をノックする音が聞こえると、キルスの執事が対応してくれた。


「フェルリート様のお着替えが終わりました」


 メイドたちに案内され、フェルリートが部屋に入ってきた。

 キルスの姿を見るなり、メイドたちは驚きながら頭を下げ、すぐに壁際に並んだ。


「マ、マルディン……」

「お前……フェルリートか?」


 フェルリートは、ティルコアのギルドで最も人気がある娘と言われている。

 化粧をすれば美しくなることは容易に想像できたが、目の前にいるのは紛れもない可憐な姫君だ。

 俺の想像を超えていた。


「ど、どうかな?」


 俺は呼吸を忘れていたことに気づき、大きく息を吸う。


「驚いた。綺麗だぞ」

「ほ、本当?」


 頬を赤らめ、視線を絨毯に向けているフェルリート。

 恥ずかしさで顔を上げられないようだ。


「ん? お主……」


 キルスがフェルリートを眺め、声を出して反応した。


「食堂の娘じゃないか」

「え? あ! リースさん! あ、あの時は金貨をありがとうございました!」


 深々とお辞儀をするフェルリート。


「でも、多いというか、もらい過ぎです」

「構わん。気にするでないぞ」


 キルスは右手を挙げ、フェルリートに対し笑顔を見せた。

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