第163話 初めての皇都2
宿のレストランで食事を終えた俺たちは、せっかくだからと夜の街へ繰り出した。
世界有数の大都市でもある皇都だ。
繁華街の市場は夜遅くまで営業している。
夜の街並みを眺めながら、しばらく散策。
「お祭りみたいだね」
「そうだな。でも、これは特別ではなく、毎日のことなんだぞ」
「毎日かあ。楽しそう。でも……私は疲れちゃうかも。やっぱりティルコアが良いね。ふふ」
「そうだな。俺たちは田舎者だからな。あっはっは」
そうは言うものの、フェルリートは初めて見る大都会に感嘆の声を挙げていた。
そして、俺たちは一軒のバーに入り乾杯。
初めて飲む甘い果実酒に感動しているフェルリート。
しかもグラスには氷の塊が入っている。
「フェルリート、その酒は飲みやすいけど意外とキツいぞ。飲みすぎるなよ」
「うん。これで終わりにするよ。でも、ほんと冷たくて美味しいなあ。ねえ、マルディン。この氷は食べていいの?」
「普通は食べないけど、別にいいぞ」
「いいの?」
「ああ、食ってみろ」
フェルリートが氷を口に含み、大きな音を立てて噛み砕いている。
店員も事情を察知したようで、優しい笑顔を浮かべていた。
「硬ーい! 冷たーい!」
氷を食べているだけなのに、まるで高級料理を食べているように目を輝かせているフェルリート。
豊かな表情で、驚きと喜びを表現していた。
「ねえ、マルディン。旅行って楽しいね」
「そうだな。また休みを取って行くといいさ」
「その時も一緒に行ってくれる?」
「予定が合えばな」
「うん!」
バーを出た後は、酔い覚ましがてら少し遠回りをして宿へ戻った。
――
翌日は午前中からサーカス鑑賞だ。
皇都はサーカスが盛んで、いくつもの団体が存在する。
だが、以前ティルコアの青年シタームが所属していた大手の交差する翼は再建中で、公演を行っていない。
今回は、現在皇都で最も人気のあるサーカスのチケットを宿が手配してくれていた。
さすがは高級宿だ。
「すごーい! すごーい!」
空中ブランコという演目で、団員が宙を飛び回っている。
さらに高いポールと長いロープを使い、空中を旋回する演目があった。
まるで俺の糸巻きだ。
いや、糸巻きなんて比べ物にならないほどの技だった。
「本場のサーカスは凄いな」
「ねえ、マルディンもできる?」
「できるわけないだろ」
「でも、マルディンは糸巻きであれくらいやるって聞いたよ?」
「レベルが違うさ。それに俺は道具に頼ってるだけ。サーカスの人たちは身体能力の高さだ。むしろ、お前ができるんじゃないか?」
「無理だよ! シタームさんくらいじゃない?」
「そうだな。あいつならまだできるだろうな」
団員による超人的な演目と、動物たちによる見事な芸に、フェルリートは終始感動していた。
公演が終わり、街道を歩く。
「私、皇都に来てから凄いしか言ってないよ……」
「いいじゃないか。初めて見るものばかりなんだ。それにな、年を取るとそういう感動は減っていく。今のうちに味わっておくんだ。あっはっは」
「マルディン、なんだかおじさんくさいよ」
「おっさんだっつーの」
そして、洒落た食堂で昼食を取る。
食後の珈琲を飲みながら、満面の笑みを浮かべるフェルリート。
楽しそうで何よりだ。
「フェルリート。どこか行きたいところはあるか?」
「ううん。街を歩いてるだけで楽しいよ。見たこともない景色ばかりだもん」
「午後は買い物へ行くけど大丈夫か?」
「買い物? マルディン、何か買うの?」
「まあ、そうだな。せっかくの皇都だから色々と買いたいんだ。あっはっは」
俺はフェルリートを連れて服飾店へ向かった。
皇都で最も人気のある『カミーユ』というブランドだ。
なんでも皇后陛下の実家のブランドらしい。
俺はこの店を前もって予約していた。
「マルディン様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」
店に入ると、一人の若い女性店員が出迎えてくれた。
「ああ、世話になるよ。連絡していた手筈で頼む」
「かしこまりました」
女性店員が、フェルリートにお辞儀をする。
「フェルリート様。ご案内いたします」
「え? ど、どういうこと……」
店員の言葉に対し、困惑の表情を浮かべるフェルリート。
俺はフェルリートの肩にそっと手を乗せた。
「フェルリート。明日はちょっとしたパーティーに出席するんだよ。そのための服を買う」
「パーティー?」
「ああ、少しだけ格式が高くてな。ドレスを着るんだ」
「ド、ドレスって! そ、そんなの着たことないよ!」
「そうか、初めてか。じゃあ、お前の初めてのドレスをプレゼントさせてくれ」
「え? そ、そんなのダメだよ!」
俺は店員の正面に立ち、顔を近づけた。
「伝えた通り、両陛下が参加される晩餐会だ」
「かしこまりました。実は、皇后陛下のドレスもこちらで承っておりますので、調和が取れるようにご用意しておりました」
「ありがとう。金額は気にしなくていい。いくらでも払う」
「はい、かしこまりました」
フェルリートに聞こえないように、店員に耳打ちした。
エマレパ皇国の皇后といえば、世界三大美女の一人に数えられる。
先日お会いしたラルシュ王妃と同格と考えると恐ろしいが、フェルリートも負けていない。
ギルドの食堂の店員が美しく変身すれば、キルスも間違いなく驚くだろう。
店員に案内され、何度かドレスを試着したフェルリート。
どのドレスも俺にはとても眩しく見えた。
「マ、マルディン。どうかな?」
「……驚いた。どれも似合ってる。綺麗だぞ」
「ほ、本当に?」
「ああ。明日のパーティーで主役は間違いないよ」
頬を赤らめたフェルリート。
お世辞ではなく、本当にそう思う。
俺は店員を呼んだ。
「悪いんだけど、普段でも着られる服をいくつか見繕ってもらえるかな?」
「はい、かしこまりました」
その後もフェルリートは店員と試着を繰り返した。
やはり歳頃の娘だ。
服を選んで着る姿は嬉しそうだった。
俺は少し離れた商談用のテーブルに座り、その様子を眺める。
「良かったな、フェルリート」
俺自身の礼服も用意してもらっていたので確認。
全ての買い物を終え、支払いを済ませる。
ドレスや礼服はこれから直しをして、明日直接宮殿に届けてくれるそうだ。
他に買った服も合わせて、宮殿に届けてもらうように依頼した。
俺たちは店を出て、飲食店が連なる繁華街へ向かう。
「あの……、マルディン。ありがとう」
「気にすんなって。誘ったのは俺だ。それに俺の都合でパーティーに出席してもらうんだ。これくらいはさせてくれよ」
「う、うん」
「それにしても、ドレスを着たフェルリートは本当に綺麗だったぞ?」
「あ、ありがと……」
照れたように、うつむきながら歩くフェルリート。
「しかしなあ……。ドレス姿を見て、少し寂しくなっちまったよ」
「どうして?」
「もしフェルリートが嫁にいく時は、こんな気持ちになるのかとな。あっはっは」
「わ、私! お嫁になんかいかないもん!」
フェルリートは頬を膨らませて怒っているが、あのドレスで化粧をしたら本当にお姫様だ。
いつかきっと王子様が現れるだろう。
それまでは俺がこの娘を守る。
「ねえ、マルディン。夕飯は私がご馳走するよ」
「別にいいって」
「ダメ! 私が出す! 何か食べたいものある?」
「何でもいいよ」
「何でもいいが一番困るって言ってるじゃん! マルディンのバカ!」
「あっはっは」
フェルリートが俺の背後に回り、両手で背中を叩いている。
そのまま俺の背中を押す。
「ねえ、あそこのレストランへ行こうよ!」
「高そうだぞ?」
「お金持ってるもん! 使うために持ってきたのに、全然使ってないんだから!」
「分かった分かった。じゃあご馳走になるよ」
「氷あるかな?」
「あっはっは。こういう店では氷を食っちゃダメだぞ」
「え! そうなの!」
「ああ、少し行儀が悪いな」
「危ない! 知らなかったら氷食べちゃうとこだった」
「そうだな。初めての氷だもんな。まあ、少しずつ勉強していくといいさ。あっはっは」
俺たちは少し高級なレストランに入り、皇都の夜を楽しんだ。
明日から本来の目的となる宮殿へ行く。




