第162話 初めての皇都1
「マ、マルディン、あの……、よろしくお願いします」
「そう緊張すんなって」
「で、でも……」
俺はフェルリートとイレヴス空港に来ていた。
エマレパ皇国のキルス皇帝より感謝状を賜るということで、これから皇都タルースカ行きの飛空船に乗船する。
フェルリートにとっては初めての飛空船だ。
緊張するのも無理はない。
皇都行きの飛空船は毎日早朝に一本出ている。
そのため、昨夜はイレヴスに前泊した。
「フェルリート、高いところは平気か?」
「分からないけど、一応メルレ山からの景色なら平気だよ」
メルレ山はティルコアの北東にそびえる、標高六百メデルトの低山だ。
山からの景色と飛行船の景色では状況が違う。
こればかりは体験してみないと分からない。
出航して無理そうなら、ベッドで寝てもらうしかないだろう。
俺も驚いたのだが、飛空船のチケットは最上級の特等客室で、完全な個室だった。
いや、ただの個室ではない。
高級宿の客室をも凌ぐ豪華さだ。
リビング、ベッドルーム、ミニキッチン、ミニバー、風呂やトイレが備わっている。
「飛空船って家みたいだね」
「これは特別中の特別だよ……」
今回の飛空船のチケットは、すべて宮殿が手配したものだ。
宮殿とは皇帝が住む実際の建物とは別に、エマレパ皇帝に関わる役所の通称でもある。
いくら皇帝陛下自らの招待とはいえ、これはやりすぎだ。
それに、イレヴスから皇都は半日ほどのため、日没前には到着する。
これほど豪華な客室は不要だ。
「フェルリート。そろそろ出発だ。好きなところへ座るんだ」
「じゃ、窓際にしようっと」
窓際のソファーに座るフェルリート。
このソファーは牙獅獣の革を使用しており、信じられないほど高価なものだ。
飛空船が離陸体制に入った。
「すごーい! すごーい!」
窓の外を眺めながら大騒ぎするフェルリート。
どうやら高いところは平気のようだ。
「マルディン! 浮いてるよ! 見て見て! 街があんなに小さくなったよ! すごーい!」
「俺も初めて乗った時はそうだったよ。海も山もこんなにデカいのかって驚いたもんさ。あっはっは」
「わー、本当に凄い。本当に……」
フェルリートの声が震えている。
驚いてフェルリートに視線を向けると、その大きな瞳に涙を浮かべていた。
「マルディン。ありがとう」
「おいおい、旅はこれからだぞ?」
「うん。でも……、ありがとう」
「ほら、俺の顔より外を見ろ。壮大な景色が広がってるぞ」
幼い頃に両親を亡くしたフェルリートは、旅行へ行ったことがないそうだ。
この機会に、見たこともない世界を体験させてやりたい。
その後もフェルリートは、飽きずに窓の外を見つめていた。
景色によって表情が変わるフェルリート。
俺はそんなフェルリートを面白おかしく眺めていた。
――
空が赤みを帯びた頃に、飛空船は予定通り皇都タルースカに到着。
世界的な大都市にして、三重の巨大な城壁に囲まれたタルースカは、別名千年城と呼ばれ、難攻不落の巨大都市として有名だった。
俺たちは空港に降り立つ。
「こ、皇都だよ。私、皇都に来ちゃったよ……」
「ああ、皇都だ。ここが千年城だぞ」
「一生来ることはないと思ってたのに……」
「おいおい、そんなにキョロキョロすると田舎者だと思われるぞ。あっはっは」
フェルリートが俺に身体をぶつけてきた。
「いてっ」
「田舎者だもん! マルディンだってそうじゃん!」
両手を握り、頬をふくらませるフェルリート。
「あっはっは。そうだな。俺たちは田舎者だったな。じゃあ、田舎者らしく観光しようぜ」
実は宮殿に招待されているのは明後日で、今日と明日は皇都を観光する予定だ。
それを宮殿に伝えたところ、気を利かせて二日分の高級宿を手配してくれた。
「さて、まずは宿へ行こう。そして食事だ」
「うん」
空港を出ると、宿の高級馬車が迎えに来ていた。
「ね、ねえ、凄くない?」
「今回はそういう旅行なんだよ」
「ど、どういうこと?」
「まあ、そのうち分かるさ。あっはっは」
フェルリートにはあまり多くを語らず、以前から約束していた皇都でサーカスを見ると伝えている。
皇帝陛下に招待されているなんて説明すると、緊張でせっかくの旅行を楽しめなくなるだろう。
ほどなくして、高級宿に到着した。
部屋は宿の最上階にあり、皇都の街並みが見渡せる。
遠くにはタルースカ宮殿も見え、フェルリートは部屋の中で大興奮だ。
荷物をおろし、しばし休憩。
部屋は一つだが、ベッドルームは無駄に四つもあり、それぞれに風呂トイレまである。
「なんつー部屋だ。普通の部屋を二部屋でいいだろうに……」
俺とフェルリートは、当然ながら別々の部屋だ。
夕食は宿のレストランが予約されていた。
最高級のフルコースだ。
料理が上手いフェルリートも感動している。
「うわあ、これ美味しい……」
「マジで旨いな。これはなんだ?」
「棘白鯛の窯焼きだね。香草をまぶして、野菜と一緒に釜で焼くんだよ」
「棘白鯛一匹って贅沢だな」
「しかもこれ、多分ティルコアで揚がった棘白鯛だよ」
「俺たちが乗った飛空船で運ばれたのかもな」
「そうだね。そう考えると飛空船って凄いね。ティルコアのお魚を皇都で食べられるんだもん」
食事と高級な葡萄酒を堪能。
そして、食後は氷のデザートだ。
「これが……氷?」
「そうだ。氷を細かく削って、果実酒をかけたデザートだ」
フェルリートがスプーンですくって口に含む。
「冷たい!」
「それが氷だよ。ティルコアの冬の海なんて比べ物にならないほど冷たいだろ?」
この宿は、飛空船で毎日氷を取り寄せているそうだ。
高級宿にもなると、氷の保管庫があるのだろう。
「うわあ、甘くて美味しい。氷って美味しいんだね」
「まあ氷が旨いわけじゃないけどな。あっはっは」
「これ持って帰りたいなあ。みんなにも食べさせてあげたい」
「すぐに解けるぞ。ほら、もう解けてきてるしな」
「た、食べなきゃ!」
フェルリートにとって、人生初めての氷だ。
これは小さなデザートだが、北国で凍った湖や雪山を見たら、どんな顔を浮かべるだろうか。
その驚く表情も見てみたい気がする。
「ねえ、マルディン。ここ高いでしょ? 私、お金持ってきたよ。ほら、この間リースさんにたくさんいただいたから。だからお金払うよ」
リースとは皇帝キルスが冒険者で使う偽名だ。
キルスはフェルリートの香辛料を気に入り、レシピを聞き出した。
その代金として、驚くほどの大金を置いていった。
「あー、この宿や食事代は不要なんだよ。招待されてるからな」
「招待?」
「ああ、そうだ。まあ明後日に、その招待してくれた人と会う約束をしている。その時にお礼しよう。だからその金は自分のものを買うといい。皇都で流行り物でも買うんだ」
「で、でも……」
「いいんだって。お前にとって初めての旅行だぞ。自分のために使うんだ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……。みんなにお土産買っていこうっと」
自分のものよりも、皆へ土産を考えている。
本当に優しい娘だ。




