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【書籍化決定】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第160話 最後の晩餐4

 いくつかの木々を移動しながら、罠の近くにある海緑樹(ヒラグ)の枝に向かって糸巻き(ラフィール)を発射。

 枝の上に着地し、気配を消した。

 ラーニャも見事に気配を消している。


 空が赤く染まると、徐々に東の空から闇が迫る。

 昼と夜が同居する僅かな時間帯。

 俺はこの空の色が好きだった。


 完全に日没を迎え、夜が訪れる。

 だが、晴れ渡った夜空は、月明かりと満点の星で森を照らすため目視が可能だ。


「来たか?」


 その時、モンスターの気配を感じた。

 吊るした茶毛猪(グーリエ)に飛びつく影。


「ちっ! 闇翼鼠(ラムース)か」


 現れたのは、Cランクモンスターの闇翼鼠(ラムース)だった。

 手足に翼のような膜を持ち、高所から滑空して獲物を狙う獰猛な肉食モンスターだ。

 放っておくと、闇翼鼠(ラムース)茶毛猪(グーリエ)を食べられてしまう。

 俺は闇翼鼠(ラムース)を始末するため、枝から飛び降りようと糸巻き(ラフィール)を構えた。


「ギャッ!」


 闇翼鼠(ラムース)が小さな悲鳴を上げて、地面に崩れ落ちる。


「ラーニャか」


 俺よりも遠い位置で待機しているラーニャが、たった一矢で闇翼鼠(ラムース)を仕留めた。


「マジですげーな」


 単眼鏡を取り出し覗いてみると、正確に眉間を射抜いていた。

 俺がこれまで見た射手で、ラーニャは最も腕が良い。


「ラーニャ、よくやったぜ」


 茶毛猪(グーリエ)に加えて闇翼鼠(ラムース)の死骸まで放置されれば、間違いなく大爪熊(ベルア)は来るだろう。

 大爪熊(ベルア)の嗅覚は鋭く、数キデルト先からでも血の匂いを感じ取るという。


 しばらく待機すると木々が揺れ、葉が擦れる音が聞こえてきた。

 音は徐々に大きくなる。

 細木をへし折りながら、進んでいる音だ。


「来たか」


 まだ距離があるというのに、大爪熊(ベルア)の姿がハッキリと確認できた。

 それも信じられないほどの巨体だ。

 トレファスが言っていたように、六メデルトはある。

 立ち上がって腕を伸ばせば、十メデルトは到達するだろう。


 大爪熊(ベルア)はそのまま餌の前まで進んだ。

 茶毛猪(グーリエ)闇翼鼠(ラムース)の匂いを嗅ぐ。

 そして大爪熊(ベルア)は立ち上がり、周囲の匂いを嗅ぐ仕草を見せる。

 かなり用心深いようだ。


 その瞬間、大爪熊(ベルア)はラーニャが待機している方向へ走り出した。


「グゴオォォォォ!」

「ラーニャ!」


 大爪熊(ベルア)の走るスピードは、瞬間的に黒風馬(ルドフィン)と並ぶ。

 しかもあの巨体なら、ラーニャが乗っている枝に大爪が届く。

 いや、もしかしたら大木ごとへし折るかもしれない。


 俺はラーニャがいる方向の木に向かって糸巻き(ラフィール)を発射し飛び出した。

 空中で(フィル)を巻き取り、再度別の枝に向かって糸巻き(ラフィール)を発射。


「ラーニャ! 飛び降りろ!」


 大爪熊(ベルア)は完全にラーニャを狙っている。

 次の瞬間、ラーニャが乗る大木は大爪熊(ベルア)の大爪によって木っ端微塵に砕かれた。


「ラーニャ! ラーニャ!」


 大爪熊(ベルア)が足元に転がった破片を見つめている。


「くそっ! ラーニャ!」

「マルディン!」


 ラーニャの姿を発見。

 攻撃の直前で、枝から空中へ飛び出していたようだ。


「今助ける!」


 俺は近くの木の枝に糸巻き(ラフィール)を発射し、ラーニャを空中で抱きかかえた。


「大丈夫か!」

「ええ、突然襲ってきて何もできなかったわ」


 俺たちは、そのまま地面に着地。


「グゴオォォォォ!」


 咆哮を上げた大爪熊(ベルア)が迫ってくる。

 俺はラーニャを抱きかかえたまま、再度糸巻き(ラフィール)を発射。

 まずは一旦距離を置き、体勢を立て直したい。


 枝から枝へ、空中を移動する。

 すると、俺に抱きかかえられながら、ラーニャが弓を構えた。


「お、おい!」

「眉間を狙うわ!」

「無理だろ!」


 糸巻き(ラフィール)で空中を飛び回っている上に、大爪熊(ベルア)は暴れながら俺たちを追っている。

 こんな不安定な状況では、標的に当てるどころか弓を射ることすら不可能だ。


「大丈夫よ!」


 ラーニャが発射した矢は、宣言通り大爪熊(ベルア)の眉間を撃ち抜く。


「グゴオォォォォ!」


 だが、大爪熊(ベルア)の頭部は矢を弾き返した。

 やはり体格に合わせて、毛皮も相当厚くなっているようだ。


「矢が刺さらないわ!」


 一旦枝に飛び乗った俺たち。

 大爪熊(ベルア)は無傷のまま、もう眼前まで迫っていた。


「くそっ!」


 大爪熊(ベルア)が大爪を振り上げる。


「掴まれ!」


 ラーニャを抱えながら糸巻き(ラフィール)を発射し、枝から飛び降りた。


「グゴオォォォォ!」


 大爪熊(ベルア)の大爪が俺の腕を抉っていく。


「ぐっ!」

「マルディン!」


 そのまま振り下ろされた大爪は、俺たちが乗っていた大木をたった一撃で粉砕。

 森に爆発音が鳴り響いた。


「マルディン! 大丈夫!」


 着地と同時に、俺は腕を確認。

 相当な衝撃を感じたが、腕鎧(ヴァンブレイス)には傷一つない。


「大丈夫だ。なんともない」

「凄い鎧ね」

「ああ、ローザの鎧に助けられたよ」


 この鎧がなければ、腕一本失っていた。

 それほど、あの大爪熊(ベルア)の大爪は脅威だ。

 大木をことごとくなぎ倒していく。


 しかし、距離をおいたことで、大爪熊(ベルア)も一旦様子を見ているようだ。

 俺は大爪熊(ベルア)に視線を合わせる。

 この視線を外すと、襲いかかってくるだろう。


「ラーニャ、下がれ」

「ど、どうするの?」

「一旦距離を置けばもう大丈夫だ。俺が始末する」

「分かったわ。ごめんなさい」


 弓が通用しないことを悟ったラーニャは、俺の邪魔をしないように撤退に応じてくれた。


「お前、マジで凄かったよ」

「もうバカ! こんな時に!」


 ラーニャが俺の背中を軽く触れた。


「死なないでよ!」

「縁起でもないこと言うな!」


 俺は鞘から悪魔の爪(ヴォル・ディル)を抜く。


「行け!」


 ラーニャはすぐに後方へ走り出した。

 逃げるものを追う習性がある大爪熊(ベルア)は、ラーニャに反応する。

 狙い通りだ。


「グゴオォォォォ!」


 大爪熊(ベルア)が咆哮を上げながら迫りくる。

 俺はラーニャを隠すように、大爪熊(ベルア)の正面に立つ。


 大爪熊(ベルア)は突進しながら、右の大爪を大きく振り上げる。

 その瞳は怒りに満ち溢れていた。


「みんな生きるのに必死なんだ」


 俺は大爪に向かって糸巻き(ラフィール)を発射。

 即座に巻き取り、大爪熊(ベルア)の頭上に身体を浮かせた。


「すまない」


 そして、大爪熊(ベルア)の頭部に向かって、悪魔の爪(ヴォル・ディル)を振り下ろす。


 俺の落下とともに、悪魔の爪(ヴォル・ディル)大爪熊(ベルア)の身体の中心を通り抜けていく。

 何の抵抗も感じずに、俺は着地した。


「グゴ……ォォ……」


 剣を鞘に収めると同時に、大爪熊(ベルア)の身体が左右二つに別れ、木々をへし折りながらゆっくりと倒れた。

 二つに別れた身体が、地面を揺らす。


「マルディン! 怪我は!」


 ラーニャが駆け寄ってくる。


「大丈夫だ。問題ない。なんとか討伐したよ」

「この巨体の大爪熊(ベルア)を両断するなんて……。信じられないわ」

「ローザの剣だからな」

「それにしたって……、凄すぎるわよ……」


 ラーニャは驚愕の表情を浮かべながら、大爪熊(ベルア)の死骸に近づく。


「これほど巨体の大爪熊(ベルア)は見たことがないわ」

「死骸はどうする?」

「ギルドへ帰還したら、すぐに回収の手配をするわ。これほどの大物だもの。研究機関(シグ・セブン)で研究することになるわね」

「分かった」


 俺とラーニャは、大爪熊(ベルア)の死骸を見つめる。

 二人とも、まだ終わってないことを知っていた。

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