第16話 サルベージと護衛クエスト5
姿を現した牙蜘蛛。
五十メデルトの距離を無視するかのように、口から糸を吐き出した。
「うお!」
俺と隊長は左右に分かれ、地面に飛び込み回避する。
「この距離が届くのか! 隊長、ここは不利だ! 一旦林から出よう!」
「分かりました!」
目の前の草木を剣で切り、雑木林の外へ飛び出す。
そこで右足を掴まれたような感触があった。
「ぐっ!」
視線を下に向けると、糸が右足に絡まっている。
走りながら剣で糸を切ったものの、バランスを崩してしまう。
地面で一回転し即座に起き上がる。
「はあ、はあ」
乱れる呼吸。
振り返ると、もう十メデルトほどの距離に牙蜘蛛が迫っていた。
俺に向かって、もう一度糸を吐く牙蜘蛛。
「くそっ!」
右側面へ飛び込み、地面で回転して避ける。
「だが、この距離なら俺の距離でもあるんだぜ!」
俺は糸巻きに手をかけ糸を操る。
牙蜘蛛の前足を狙った。
「よし! かかった!」
俺は一気に糸を引く。
木の根を地面から引き抜くような鈍い音を発し、牙蜘蛛の足を一本引きちぎった。
「ギィィィィ!」
不気味な悲鳴を上げる牙蜘蛛。
八本が七本になったところで歩きに影響はないようだが、動きは格段に遅くなっている。
俺は牙蜘蛛との距離を一気に縮め、身体の正面にある六つの眼球の中心に剣を突き刺した。
「ギ、ギィィィィ……」
六つの眼球から光が失せる。
「もう一匹は!」
周囲を見回すと、隊長が地面に尻もちをついていた。
よく見ると左右の足に糸が絡みついている。
それでも上体を起こし、両手で長剣を構えている隊長。
噛みつかれると同時に攻撃するつもりなのだろう。
そのメンタルはさすがだ。
だが、どう考えても無理がある。
牙蜘蛛は遠方から獲物を糸で巻き、完全に動けなくして捕食するからだ。
「ギィィィィ!」
隊長に向かって糸を吐き出した牙蜘蛛。
それを予測していた俺は、隊長の前に飛び出し、向かってくる糸を剣で切り落とす。
そしてそのまま牙蜘蛛に向かって一直線で走る。
再度糸を吐き出す牙蜘蛛。
それを紙一重でかわし、六つの眼球の中心に剣を突き刺した。
「……ギィィィィ」
牙蜘蛛の眼球から光が失せた。
完全に死んだことを確認し、さらに周囲を見渡す。
もう気配は感じない。
「ふうう、やったか」
俺は隊長の元へ歩く。
「大丈夫かい?」
「え、ええ。ありがとうございます」
「今切るよ」
隊長の両足に絡みついた糸を切断した。
「しかし、この糸の粘着力は凄いな」
「そうですね。ズボンとブーツがベトベトです」
「Cランクとはいえ、かなり格が高い牙蜘蛛だったようだな」
隊長が立ち上がり、剣を鞘に収めた。
「助かりました。ありがとうございます」
「よせよせ、これも仕事だ」
「はは。あの……もしかして、マルディンさんはジェネス王国出身では?」
「え? まあそうだが、なぜだ?」
「私が騎士だった頃、ジェネス王国国境付近に配属されたことがあったのです。そこで月影の騎士の糸使いの噂を聞いたことがあって……」
完全に俺のことだが面倒だ。
とぼけておこう。
「よく言われるんだよ。だけど別人だ」
「え? で、でも、糸使いのマルディンって」
「あっはっは。同姓同名さ」
「い、いや、現に糸を完璧に使いこなしてるではないですか。これほどの達人は見たことがない」
食い下がる隊長。
「ま、まあ。世界には似た人間が三人いるって言うしな」
適当なことを言ってごまかしたが、この若い隊長は完全に気づいている。
「なるほど。ジェネス王国は……王政が変わりましたな。確か月影の騎士も大きく変わったとか……。まあマルディンさんとは無関係ですね」
「そういうことだ。あっはっは」
「はは。そういうことにしておきます」
隊長が笑みを浮かべながら、討伐した牙蜘蛛の死骸を指差した。
「牙蜘蛛の死骸はどうしますか?」
「隊商の荷馬車に余裕があればイレヴスに運びたい」
「現在の冒険者ギルドは素材を売却できるんですよね?」
「そうだ。売却すればある程度の金になる。それにこの牙蜘蛛は大物だ。素材から武器を作りたい」
「なるほど。確かにこの個体の糸は特別ですね。分かりました。ザールさんに、この素材はマルディンさんのものと伝えます」
「え? いいのかい?」
「はい。討伐したモンスターの素材までは契約してませんので、討伐者のものです」
「そうか、悪いな。助かるよ」
俺たちは隊商に戻り商人ザールに討伐を報告。
牙蜘蛛の死骸を荷馬車に積み込み出発した。
――
「ふう、無事に到着したか」
予定通り夕方には目的地のイレヴスに到着。
隊商はイレヴスの街門をくぐり、宿屋街に入った。
「マルディンさんのおかげで無事に到着しましたよ」
ザールと握手を交わす。
「良かったです」
「宿は手配済みなので、宿泊していってください。一緒に食事をしましょう」
「ありがとうございます」
「実は積み荷の中に、サルベージした葡萄酒があるんです」
「それって、エ・ス・ティエリ大公国の葡萄酒という?」
ザールが笑みを浮かべた。
「一本開けますよ。飲みましょう」
「おお! いいんですか!」
宿の食堂を貸し切り、隊商のメンバー全員で食事をした。
サルベージされた葡萄酒は十年前の物と判明。
市場に出せば一本金貨五枚はするそうだ。
「これほどの高級葡萄酒を堪能させていただけるなんて。感謝します」
「ハハハ、また機会があれば護衛をお願いしますね。あなたの腕は素晴らしい」
「ありがとうございます。またぜひ。あ、そうだ、もし可能であれば……」
俺はザールに一つお願い事をして、クエスト完了のサインをもらった。




