第158話 最後の晩餐2
翌日、朝からギルドへ行くと、パルマが血相を変えて近づいてきた。
「マルディン! 大変だ!」
「ど、どうした?」
「北区の集落がモンスターに襲われた」
「なんだって!」
北区は今日この後、ラーニャと見回りへ行く予定だった。
「深夜、民家にモンスターが侵入したんだ。それで犠牲者が出た」
「モンスターが? いくらなんでも民家に侵入しないだろ?」
「事例がないわけではないんだよ。かなり珍しいけどな」
「やはり森の餌が減った影響か」
「そうだな。その可能性は高いと思う。ひとまずカーエンの森に入るクエストは休止してる。支部長の判断が必要だ」
俺はロビーを見渡す。
この影響でクエストに出られない冒険者たちが、テーブルやソファーで待機していた。
「ラーニャは?」
「支部長は町役場へ向かった。町長と今後の対応を協議中だ」
「現場は?」
「研究機関が調査へ向かってる」
「分かった。じゃあ俺はラーニャの帰りを待った方がいいな」
「そうだな。恐らくマルディンは討伐に出ることになる。準備してくれ」
俺は討伐の準備を終え、食堂のカウンターへ移動した。
「マルディン。すぐに食べられるサンドを作ったよ。今のうちに食べて」
「ありがとう、フェルリート」
フェルリートが作ったサンドを頬張る。
モンスターが民家を襲ったと聞いたことで、フェルリートの顔色が悪い。
「大丈夫かな……」
民家を襲ったとなれば、住人は無事ではないだろう。
もちろん俺は口に出さない。
フェルリートの不安を煽るだけだから。
しばらくすると、ラーニャが戻ってきた。
「マルディン。状況はどこまで把握してる?」
「北区が襲われたことは聞いた」
「分かったわ。私はパルマに指示を出してくるから待ってて。すぐに行くわよ」
「了解。外で待ってる」
俺は厩舎へ向かいライールを出す。
そして、ギルドの扉の前で、いつでも出発できるように待機。
「マルディン!」
ラーニャが荷物を持って扉から出てきた。
「このまま北区の集落へ行くわ!」
「分かった。乗れ、ラーニャ」
ラーニャを後ろに乗せ、北区へ向かってライールを走らせた。
――
「マルディン、詳しい状況を説明するわね」
馬上でラーニャから説明を受けた。
昨日の深夜、北区の森に近い集落にモンスターが出現。
集落には十軒の民家があるのだが、そのうちの三軒を襲ったそうだ。
「五人よ。五人もの住人が……亡くなったわ」
「そ、そんなにか?」
「ええ。亡くなった方は、原型を留めてないそうよ」
「つまり、食べられたのか」
「そうよ」
ラーニャの声が震えていた。
悲しみと悔しさと怒りだろう。
「町からギルドに討伐要請が来たわ」
「モンスターは判明してるのか?」
「逃げた人によると、見たこともない巨大なモンスターだったそうよ」
「大型モンスター?」
「それが分からないのよ。大型モンスターは森の深部に生息するもの。現地には研究機関のトレファス支部長に行ってもらってるわ」
その後は無言で馬を走らせる。
俺の腰を掴むラーニャの腕が、僅かに震えていた。
――
北区の集落に到着。
ラーニャの言う通り、三軒の民家の壁が破壊されていた。
どうやら森に近い民家から襲撃されたようだ。
「マルディン!」
「レイリア! 来てたのか!」
医師のレイリアが声をかけてきた。
恐らく検死で呼ばれたのだろう。
「何か分かったか?」
「そうね……。犠牲者は五人。肉と内臓を食べ尽くされていたわ」
「モンスターは判明したのか?」
「トレファスさんから説明があるはずよ」
レイリアが視線を向けた先には、一人の中年男性が立っていた。
研究機関支部長のトレファスだ。
年齢は四十歳で、身長は俺よりも低く小太り。
丸眼鏡をかけており、白衣を羽織っている。
挨拶を交わすと、トレファスはラーニャの正面に立った。
「ラーニャ支部長。分かりましたよ」
「特定できたのですか? トレファスさん」
「まずは現場を見てもらいましょう」
トレファス、ラーニャ、俺、レイリアの四人で半壊した民家へ向かう。
石造りの壁が、屋根から崩壊していた。
まるで、高所から大岩が落ちてきたかのような崩れ方だ。
木床にはおびただしい血痕が残っており、死体はすでに処理されていた。
俺はこういった現場に慣れている。
戦場で何度も似たような光景を見てきた。
とはいえ、それは人の手による殺戮だ。
今回のようなモンスターの襲撃は初めて見る。
トレファスが、崩された壁の石を指差した。
「ラーニャ支部長。あの石に五本の爪痕があるでしょう?」
「ええ、相当大きな手ですね」
「はい。この爪痕、そして死体の傷、付近の涎、体毛、足跡等々、全ての状況から襲撃したのは大爪熊で間違いありません」
「大爪熊ですか? でも、大爪熊は中型ですよね?」
「ええ。仰る通りです」
「話によると巨体だったと……」
「屋根ごと壁を崩壊させていますし、この爪痕や足跡から推測すると、体長は六メデルトほどありそうです」
「え!」
驚くラーニャ。
もちろん俺も驚いた。
大爪熊はCランクの中型モンスターで、体長は三メデルトだ。
六メデルトの大爪熊なんて聞いたことがない。
俺はトレファスに視線を向けた。
「トレファスさん。そんな巨体の大爪熊がいるんですか?」
「いません、と断言したいところですが、モンスターは突如としてこういった個体が出ることもあるんです。マルディンさんは、通常個体よりも指の数が多い一角虎を知ってますよね?」
指の数が多い一角虎とは、俺が討伐したヴォル・ディルのことだ。
「まさかネームド?」
「いえ、大爪熊のネームドは、この森に生息してません。ですから、新たな個体です。これほど巨体であれば、今後ネームドリストに入る可能性は非常に高いでしょうが……」
「未発見の個体か……」
レイリアが白衣の裾をなびかせながら、俺に身体を向けた。
「それとね、マルディン。遺体には三種類の噛み跡があったのよ」
「三種類? ど、どういうことだ?」
トレファスが僅かにずれ落ちた眼鏡の位置を修正する。
「レイリア先生とも意見が一致したのですが、大爪熊は三頭います」
トレファスの言葉に、ラーニャが反応した。
「三頭……。この時期の大爪熊は……」
「さすがはラーニャ支部長。気づきましたか?」
ラーニャが小さく頷いた。
俺にはまだ話が見えない。
「どういうことだ?」
「マルディンさん。この大爪熊は子連れなんですよ」
トレファスが再度、眼鏡に触れた。
「子連れの大爪熊?」
「ええ、秋の出産を終えた大爪熊は、冬に大量の食物を必要とします。例年の冬であれば、大爪熊は森で狩りをすれば十分に食料を賄えます。ですが、今年はヴォル・ディルが出現した影響で、食料が減っています」
「死してなお、その存在が影響するんですね」
俺は腰に吊るしている新しい剣、悪魔の爪に視線を向けた。
「それじゃあ、みんなに今後の対応を伝えるわね」
ラーニャが全員を見渡す。
「まず、町の南区および西区に隣接するカーエンの森は、Cランクの冒険者が調査を担当する。パルマに全て任せてきたわ。トレファスさんは、このまま町役場へ向かって状況を報告してください」
「分かりました」
続いてラーニャは、レイリアに視線を向けた。
「レイリアも役場へ行くでしょ?」
「ええ、犠牲者の報告と、死亡関連の手続きがあるわ」
「トレファス支部長と町役場へ行きなさい。一人になるのは危険よ。そうでしょ? トレファスさん」
ラーニャの問いかけに、トレファスが頷いた。
「人間の味を覚えた大爪熊は危険極まりないです。間違いなく人間を襲います」
レイリアの表情が青ざめた。
恐怖を感じるのは当然だ。
「マルディンはこのまま私と、この付近から北区に隣接する森の調査よ。もし大爪熊を発見したら、その時は即時討伐するわ」
「了解」
俺は指笛を吹き、ライールを呼んだ。
「トレファスさん。乗馬はできますか?」
「一応できます」
「では、このライールを使ってください」
「分かりました」
ライールが俺に顔を近づける。
「ライール、頼んだぞ」
「ブルゥゥ」
俺はライールの顔を撫でながら、レイリアに視線を向けた。
「レイリアも乗っていくんだ」
「ええ、分かったわ」
二人をライールに乗せ、町役場へ向かう後ろ姿を見届けた。
「じゃあ、行くわよ」
「少し待ってくれ」
俺は崩壊した民家に向かって黙祷を捧げる。
「すまんな。行こう」
目を開けると、隣でラーニャも黙祷していた。
そして、俺たちは調査を開始。
痕跡を辿りながら森へ入っていく。




