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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第158話 最後の晩餐2

 翌日、朝からギルドへ行くと、パルマが血相を変えて近づいてきた。


「マルディン! 大変だ!」

「ど、どうした?」

「北区の集落がモンスターに襲われた」

「なんだって!」


 北区は今日この後、ラーニャと見回りへ行く予定だった。


「深夜、民家にモンスターが侵入したんだ。それで犠牲者が出た」

「モンスターが? いくらなんでも民家に侵入しないだろ?」

「事例がないわけではないんだよ。かなり珍しいけどな」

「やはり森の餌が減った影響か」

「そうだな。その可能性は高いと思う。ひとまずカーエンの森に入るクエストは休止してる。支部長の判断が必要だ」


 俺はロビーを見渡す。

 この影響でクエストに出られない冒険者たちが、テーブルやソファーで待機していた。


「ラーニャは?」

「支部長は町役場へ向かった。町長と今後の対応を協議中だ」

「現場は?」

研究機関(シグ・セブン)が調査へ向かってる」

「分かった。じゃあ俺はラーニャの帰りを待った方がいいな」

「そうだな。恐らくマルディンは討伐に出ることになる。準備してくれ」


 俺は討伐の準備を終え、食堂のカウンターへ移動した。


「マルディン。すぐに食べられるサンドを作ったよ。今のうちに食べて」

「ありがとう、フェルリート」


 フェルリートが作ったサンドを頬張る。

 モンスターが民家を襲ったと聞いたことで、フェルリートの顔色が悪い。


「大丈夫かな……」


 民家を襲ったとなれば、住人は無事ではないだろう。

 もちろん俺は口に出さない。

 フェルリートの不安を煽るだけだから。


 しばらくすると、ラーニャが戻ってきた。


「マルディン。状況はどこまで把握してる?」

「北区が襲われたことは聞いた」

「分かったわ。私はパルマに指示を出してくるから待ってて。すぐに行くわよ」

「了解。外で待ってる」


 俺は厩舎へ向かいライールを出す。

 そして、ギルドの扉の前で、いつでも出発できるように待機。


「マルディン!」


 ラーニャが荷物を持って扉から出てきた。


「このまま北区の集落へ行くわ!」

「分かった。乗れ、ラーニャ」


 ラーニャを後ろに乗せ、北区へ向かってライールを走らせた。


 ――


「マルディン、詳しい状況を説明するわね」


 馬上でラーニャから説明を受けた。


 昨日の深夜、北区の森に近い集落にモンスターが出現。

 集落には十軒の民家があるのだが、そのうちの三軒を襲ったそうだ。


「五人よ。五人もの住人が……亡くなったわ」

「そ、そんなにか?」

「ええ。亡くなった方は、原型を留めてないそうよ」

「つまり、食べられたのか」

「そうよ」


 ラーニャの声が震えていた。

 悲しみと悔しさと怒りだろう。


「町からギルドに討伐要請が来たわ」

「モンスターは判明してるのか?」

「逃げた人によると、見たこともない巨大なモンスターだったそうよ」

「大型モンスター?」

「それが分からないのよ。大型モンスターは森の深部に生息するもの。現地には研究機関(シグ・セブン)のトレファス支部長に行ってもらってるわ」


 その後は無言で馬を走らせる。

 俺の腰を掴むラーニャの腕が、僅かに震えていた。


 ――


 北区の集落に到着。

 ラーニャの言う通り、三軒の民家の壁が破壊されていた。

 どうやら森に近い民家から襲撃されたようだ。


「マルディン!」

「レイリア! 来てたのか!」


 医師のレイリアが声をかけてきた。

 恐らく検死で呼ばれたのだろう。


「何か分かったか?」

「そうね……。犠牲者は五人。肉と内臓を食べ尽くされていたわ」

「モンスターは判明したのか?」

「トレファスさんから説明があるはずよ」


 レイリアが視線を向けた先には、一人の中年男性が立っていた。

 研究機関(シグ・セブン)支部長のトレファスだ。

 年齢は四十歳で、身長は俺よりも低く小太り。

 丸眼鏡をかけており、白衣を羽織っている。


 挨拶を交わすと、トレファスはラーニャの正面に立った。


「ラーニャ支部長。分かりましたよ」

「特定できたのですか? トレファスさん」

「まずは現場を見てもらいましょう」


 トレファス、ラーニャ、俺、レイリアの四人で半壊した民家へ向かう。


 石造りの壁が、屋根から崩壊していた。

 まるで、高所から大岩が落ちてきたかのような崩れ方だ。


 木床にはおびただしい血痕が残っており、死体はすでに処理されていた。

 俺はこういった現場に慣れている。

 戦場で何度も似たような光景を見てきた。

 とはいえ、それは人の手による殺戮だ。

 今回のようなモンスターの襲撃は初めて見る。


 トレファスが、崩された壁の石を指差した。


「ラーニャ支部長。あの石に五本の爪痕があるでしょう?」

「ええ、相当大きな手ですね」

「はい。この爪痕、そして死体の傷、付近の涎、体毛、足跡等々、全ての状況から襲撃したのは大爪熊(ベルア)で間違いありません」

大爪熊(ベルア)ですか? でも、大爪熊(ベルア)は中型ですよね?」

「ええ。仰る通りです」

「話によると巨体だったと……」

「屋根ごと壁を崩壊させていますし、この爪痕や足跡から推測すると、体長は六メデルトほどありそうです」

「え!」


 驚くラーニャ。

 もちろん俺も驚いた。

 大爪熊(ベルア)はCランクの中型モンスターで、体長は三メデルトだ。

 六メデルトの大爪熊(ベルア)なんて聞いたことがない。

 俺はトレファスに視線を向けた。


「トレファスさん。そんな巨体の大爪熊(ベルア)がいるんですか?」

「いません、と断言したいところですが、モンスターは突如としてこういった個体が出ることもあるんです。マルディンさんは、通常個体よりも指の数が多い一角虎(ガーラ)を知ってますよね?」


 指の数が多い一角虎(ガーラ)とは、俺が討伐したヴォル・ディルのことだ。


「まさかネームド?」

「いえ、大爪熊(ベルア)のネームドは、この森に生息してません。ですから、新たな個体です。これほど巨体であれば、今後ネームドリストに入る可能性は非常に高いでしょうが……」

「未発見の個体か……」


 レイリアが白衣の裾をなびかせながら、俺に身体を向けた。


「それとね、マルディン。遺体には三種類の噛み跡があったのよ」

「三種類? ど、どういうことだ?」


 トレファスが僅かにずれ落ちた眼鏡の位置を修正する。


「レイリア先生とも意見が一致したのですが、大爪熊(ベルア)は三頭います」


 トレファスの言葉に、ラーニャが反応した。


「三頭……。この時期の大爪熊(ベルア)は……」

「さすがはラーニャ支部長。気づきましたか?」


 ラーニャが小さく頷いた。

 俺にはまだ話が見えない。


「どういうことだ?」

「マルディンさん。この大爪熊(ベルア)は子連れなんですよ」


 トレファスが再度、眼鏡に触れた。


「子連れの大爪熊(ベルア)?」

「ええ、秋の出産を終えた大爪熊(ベルア)は、冬に大量の食物を必要とします。例年の冬であれば、大爪熊(ベルア)は森で狩りをすれば十分に食料を賄えます。ですが、今年はヴォル・ディルが出現した影響で、食料が減っています」

「死してなお、その存在が影響するんですね」


 俺は腰に吊るしている新しい剣、悪魔の爪(ヴォル・ディル)に視線を向けた。


「それじゃあ、みんなに今後の対応を伝えるわね」


 ラーニャが全員を見渡す。


「まず、町の南区および西区に隣接するカーエンの森は、Cランクの冒険者が調査を担当する。パルマに全て任せてきたわ。トレファスさんは、このまま町役場へ向かって状況を報告してください」

「分かりました」


 続いてラーニャは、レイリアに視線を向けた。


「レイリアも役場へ行くでしょ?」

「ええ、犠牲者の報告と、死亡関連の手続きがあるわ」

「トレファス支部長と町役場へ行きなさい。一人になるのは危険よ。そうでしょ? トレファスさん」


 ラーニャの問いかけに、トレファスが頷いた。


「人間の味を覚えた大爪熊(ベルア)は危険極まりないです。間違いなく人間を襲います」


 レイリアの表情が青ざめた。

 恐怖を感じるのは当然だ。


「マルディンはこのまま私と、この付近から北区に隣接する森の調査よ。もし大爪熊(ベルア)を発見したら、その時は即時討伐するわ」

「了解」


 俺は指笛を吹き、ライールを呼んだ。


「トレファスさん。乗馬はできますか?」

「一応できます」

「では、このライールを使ってください」

「分かりました」


 ライールが俺に顔を近づける。


「ライール、頼んだぞ」

「ブルゥゥ」


 俺はライールの顔を撫でながら、レイリアに視線を向けた。


「レイリアも乗っていくんだ」

「ええ、分かったわ」


 二人をライールに乗せ、町役場へ向かう後ろ姿を見届けた。


「じゃあ、行くわよ」

「少し待ってくれ」


 俺は崩壊した民家に向かって黙祷を捧げる。


「すまんな。行こう」


 目を開けると、隣でラーニャも黙祷していた。


 そして、俺たちは調査を開始。

 痕跡を辿りながら森へ入っていく。

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