第157話 最後の晩餐1
「さて、今日はどのクエストへ行こうかな」
「ふうう」
ギルドのクエストボードを確認していると、突然首筋に息を吹きかけられた。
「うわっ!」
「マルディン、おはよう」
俺にこんなことをするのは一人しかいない。
「お前、やめろっつーの!」
「いいじゃない。こんな美女と仲良くできて」
「アホか。そういうことをしないのが美女なんだよ」
「あらあら、辛辣ねえ」
支部長のラーニャだ。
腕の良い射手で気配を消すことができるラーニャは、時折背後から俺をからかって楽しんでいる。
「で、なんだよ。俺はクエストボード見てんだよ」
「お願いがあるの」
「嫌だね」
「ちょっとお、話くらい聞いてくれてもいいでしょう」
「ちっ。なんだよ」
「私とクエストへ行ってちょうだい」
「お前とクエスト? いやいや、俺たち二人で行くようなクエストなんて、この町じゃ出ないだろ?」
ティルコア支部に所属する冒険者で、Aランク冒険者は俺一人、Bランク冒険者はラーニャ一人だ。
つまり、この支部でランク上位の二人が、俺とラーニャになる。
今の俺たちがパーティーを組むほどの高難度クエストは、余程のことがない限り発生しない。
「この時期になると、カーエンの森に生息する一部のモンスターが凶暴化するわ。熱帯で豊かな森とはいえ、冬は食物が減るのよ」
「そうか、ここのモンスターは冬眠しないのか」
「ええ、そうよ。この森で冬眠するモンスターはいないわ」
俺の故郷の冬は厳しい。
そのため、多くのモンスターは冬眠する。
逆に冬のみ活動するモンスターもおり、いくつかの種族は夏眠することで知られていた。
「餌を求めて町へ出てくるモンスターもいるわ。今日はみんなクエストへ出ちゃってるから、私たちで見回りへ行きたいのよ」
「そりゃマズいな。分かった。いいぞ」
「いつ行ける?」
「すぐに行こう。今年はヴォル・ディルが住み着いていただろ? さらに餌が減っているかもしれん。例年よりも危険だ」
ネームドのヴォル・ディルが出現したことによって、森の生態系が狂ったと研究機関が発表していた。
元に戻るには時間がかかるそうだ。
「マルディン、クエスト依頼書を出すわね」
「あー、好きに作ってくれ。条件は何でもいい」
「あのねえ。支部になったから、そうはいかないのよ。しっかりと事前に契約を結ぶ必要があるのよ。それに、何でもいいなんて言うのはあなたくらいよ?」
「まあいいじゃないか。急いでるし、これもAランクの特権だ。あっはっは」
「そんな特権ないわよ。まったく……。そこがあなたのいいところだけど」
「すまんがよろしくな。あっはっは」
文句を言いながらも対応してくれたラーニャ。
準備を終え、カーエンの森へ出発した。
今回は見回りなので徒歩だ。
まずは町の南区から調査を開始。
町と森の境界を進み、異変がないか確認した。
「森の境界周辺は問題なさそうね」
「そうだな。もう少し奥へ入ってみるか」
――
太陽が頭上で輝く。
冬とはいえ、今日はなかなか日差しが強い。
「ふう、暑いな」
「暖かいけど、暑くはないわよ……」
ラーニャが目を細め、俺に視線を向けた。
北国生まれの俺に対し、何か言いそうだ。
「うるせーな」
「何も言ってないわよ」
俺たちは森の中にあるベースキャンプを訪れた。
以前、ギルド総出でベースキャンプを増設したことで、クエストの拠点だけではなく、休憩場所としても活用が可能だ。
備え付けのテーブルに座り、俺が背負っていたリュックから食材と水を取り出した。
「マルディン、運んでくれてありがとう。お昼ご飯作るわね」
「ああ、頼むよ」
ラーニャが干し肉を薄く切り、黒麦パンに乗せる。
そして、輪切りにした赤熟茄と、緑爽の葉を乗せ、黒麦パンで挟む。
干し肉サンドだ。
「旨そうだな」
「料理って言えるほどでもないけどね」
「いやいや、立派な料理だよ」
俺はサンドを両手で掴み、かぶりついた。
「うん、旨い」
「肉はフェルリートちゃんが作ってくれたものだし、野菜は切っただけ。不味く作る方が難しいわよ。うふふ」
そうは言うものの、肉や野菜のバランスもある。
適当に作ってこの味は出ない。
「ふむ。ラーニャも意外とちゃんとできるんだな」
「失礼ね」
俺は二枚目のサンドを手に取った。
風が吹くと、ベースキャンプに冷たい空気が流れ込む。
海で冷やされた風が心地良い。
「マルディン、明日も見回りへ行ける?」
「ああ、問題ないぞ」
「じゃあ、今日は南区から西区周辺を調査して、明日は北区へ行くわね」
「了解した」
飯を食い終わった俺たちは、再度森の中へ入っていった。
予定通り、南区から西区を調査。
時折、肉食動物や下位モンスターと遭遇することはあったが、こちらが刺激しなければ問題ない。
森に異変はなく、夕方にギルドへ帰還した。
「ねえマルディン。この後、飲みに行かない?」
「嫌だ」
ラーニャと飲むと地獄が待っている。
「どうしてよ。暇でしょ?」
「暇じゃねーよ! それに明日もあるから早く帰るんだよ」
「ケチ……」
「うるせーな!」
「久しぶりに飲んでくれたっていいじゃない。この間の皇都の支部長会議では、別の地区の支部長に誘われたけど散々だったのよ」
「ラーニャを誘う奴がいるのか……」
「なによ。そういう物好きだっているわよ」
「自分で言うなよ……」
俺はラーニャに背を向け、ギルドの扉へ向かう。
「じゃあ、また明日な」
「はいはい。仕方ないわね。また明日ね。気をつけて帰るのよ」
「子供じゃねーんだよ!」
「やだわあ、すぐ怒るんだから。反抗期かしら」
ラーニャの呟きが聞こえたが、無視してギルドを出る。
そして厩舎へ入り、黒風馬のライールに跨った。
◇◇◇
誰もが寝静まる深夜。
森の中を三つの影が歩く。
先頭のひときわ大きな影は、茂みから民家に視線を向ける。
その大きな影が、茂みからゆっくりと身体を出した。
急いで後を追う二つの影。
◇◇◇




