第155話 ようこそ冒険者ギルドへ8
俺は滞在日数を伸ばし、三日で飛空船の操縦免許を取得。
国際的なルールを覚えたりとなかなか大変だったが、操縦自体は比較的簡単で、すぐに慣れた。
これで総本部での予定が終了。
最終日の夜はギルド上層部と会食を行い、今後のクエストやギルドハンターについて話し合った。
そして翌日の早朝。
俺はティルコアへ帰還するため空港へ向かう。
ウィルが空港まで馬車を出してくれた。
「アンタさ。報酬で飛空船を貰ったんだって?」
「ああ、俺も驚いてるんだよ」
「そうだろうな。個人で中型船の所有なんてあり得ないし、アガスさんが改造するなんて大事件だぜ?」
「運が良かったんだよ。あっはっは」
「全く……。あんたはすぐに人を惹きつけるな」
そろそろ空港に着くというところで、馬車の外から馬蹄の音が聞こえた。
「おーい! ウィル!」
「ん? この声は?」
「ウィル! 停まれって!」
ウィルが馬車の窓を開けると、赤髪の女が馬を走らせていた。
「リマか! ごめん! 停めて!」
ウィルが御者に声をかけ、馬車を停止させた。
そして、俺とウィルは外へ出る。
「おいリマ。どうしたんだよ」
「いやー、間に合って良かった」
リマと呼ばれた赤髪の女が、馬から降りた。
俺はこの女を知っている。
「マルディン。アタシのことは分かるか?」
「ああ、あんたは数年前までイーセ王国の騎士団で近衛隊長だったろ? イーセ国王の外遊警備で来ていた。その赤髪は覚えてるよ」
「美貌もだろ?」
「あ、ああ、そ、そうだな……」
「なんだよ! その反応は!」
「今はラルシュ王国の騎士団長様だ。知ってるさ、リマ団長」
俺はラルシュ式の礼式を見せた。
「こ、これはご丁寧にどうも」
リマも驚きながら返してくれた。
ウィルが呆れた表情で、リマに視線を向ける。
「で、リマ。どうしたんだよ」
「いや、間に合ったんだよ」
「間に合った?」
「ああ。ほら、来たよ」
リマが指差す方向に、一頭の馬が見えた。
いや、馬ではない。
体毛は黄色から赤色のグラデーションで、燃えているようだ。
黒風馬に酷似した容姿だが、身体は二回りほど大きい。
「マルディン。驚くなよ。あれが始祖だ」
「始祖? 始祖って……」
「竜種と始祖。聞いたことあんだろ?」
「当然だ。生物の神と言われている存在だぞ」
「その神の一柱だよ。火の神だ。名はヴァルディという」
「なっ!」
ラルシュ王国には、竜種が一柱、始祖が二柱住まうという。
この三柱はラルシュ国王に忠誠を誓ったことで、三盟友と呼ばれていた。
そして、馬上に見える二人の人影。
「始祖なんて初めて見た……。ってことは、馬上は……」
「ああ。両陛下だ」
ウィルとリマが跪く。
俺も同時に跪いた。
二人の人間が馬から飛び降りる音が聞こえる。
「間に合って良かった」
「ねえ、マルディン。立ち上がって」
俺の名を呼ぶ女性の声。
信じられないくらい美しく通る声だ。
「はっ」
俺は立ち上がり、目の前の女性に視線を向けた。
「初めまして。レイ・パートです」
「マルディン・ルトレーゼと申します」
俺はラルシュ式の礼式を披露する。
「あら、ラルシュ式を覚えてきてくれたのね。ありがとう」
「とんでもないことでございます」
平静を装っているが、正直、直視できない。
目の前にいるのはレイ王妃。
世界三大美女の一人だ。
美しく輝く金色の髪を後頭部で一つに結んでいる。
その髪は、金細工師が一本一本作り上げたかのような繊細さだ。
肌は雪よりも白く、切れ長の瞳は紺碧に染まり、通った鼻筋に、桃色の薄い唇。
俺には『地上に女神が舞い降りた』としか形容できない。
「私のことはご存知かしら?」
「もちろんでございます。レイ様は元イーセ王国の騎士団長です。私は当時、騎士隊長でしたので、お話は伺っております」
「フフ、嬉しいわ。ありがとう」
その微笑みは、まるで絵画を見ているようだ。
世界三大美女とはこれほどか……。
しかも、このレイ王妃は世界三大剣士の一人でもある。
俺の剣士としての直感が働く。
この人は……強い。
そして、その隣にいる若い男性。
年齢は確か二十六歳と聞いている。
「は、初めまして。アル・パートです」
「マルディン・ルトレーゼと申します」
とても素朴で優しそうな青年だが、この人物こそがラルシュ国王だ。
数々の伝説を残し、人類を越えたと言われている。
あのキルスですら敵わないと認めたほどだ。
もちろん隣りにいる王妃にも、キルスは敵わないそうだが。
「先ほど他国の会談から帰ってきたんです。マルディンさんが朝方帰ると聞いて、どうしてもお会いしたくて急いで来ました」
「そ、そうだったのですね。お疲れのところ申し訳ございません。光栄に存じます」
驚くほど腰の低い国王だ。
というのも、この人は数年前まで庶民だったと聞いている。
「陛下。そろそろ飛空船の時間なんで……」
「そっか、分かった」
陛下が手を差し出した。
握手を交わす。
「マルディンさん。時間がなくて申し訳ないです。またぜひ遊びにいらしてください」
「はっ、ありがたきお言葉」
最後にもう一度ラルシュ式の礼式を行い、馬車に乗り込んだ。
◇◇◇
マルディンを見送ったアル。
馬上でマルディンと握手をした手を見つめる。
その様子が気になるレイ。
「アル、どうしたの?」
「マルディンさんか……。どれほど剣を振れば、あの手になるんだろう……」
アルの額から、一筋の汗が流れ落ちた。
冷たい汗だ。
「あの人、強いなんてもんじゃないよ」
「それはそうよ。元騎士隊長で、Aランク冒険者よ? それに、キルスが負けたって言ってたもの」
「あのキルスが?」
「ええ、会談があって、私がエマレパ皇国へ行ったでしょう?」
「あ、そっか。そうだったね」
「もう、ちゃんと覚えていてよ。でね、キルスは真剣勝負で負けたそうよ。キルスが負けたのは私、アル、師匠のみだったのに、マルディンが加わって四人になったって大笑いしてたわ。あの戦闘狂は本当に困ったものね」
アルは世界で最も美しい、最愛の女性に視線を向けた。
「ねえ、レイ」
「なあに?」
「怒らないで聞いて」
「ねえ、私があなたに怒ったことある?」
今も怒ってると思ったが、アルは口にしない。
「たぶん、レイでもあの人には勝てないよ」
「本当に? 私だって世界に二人しかいない竜種殺しよ?」
「ああ。君は俺と同格だ」
「それでも勝てないの?」
「厳密に言うと少し違うというか、強さの質が違うんだ。キルスは巧い。レイは速い。俺はその……恥ずかしながら強い。だけど、あの人は……」
「あの人は?」
アルは街道を振り返り、走り去った馬車に視線を向けた。
「負けない。マルディンさんは、本気の殺し合いなら絶対に負けないんだ」
「へえ。あなたにも?」
「うーん。俺は国を背負ってるし、国民がいて、仲間がいて、愛すべき君がいる。守るべきものがある。俺だって負けないさ。だけど、マルディンさんは俺と住む世界が違う。あの人は、強くて優しくて思慮深くて……、そして冷酷だ。マルディンさんは絶対に容赦しない」
「そうなの? 人格者と聞いていたし、実際に会っても優しそうだったけどね」
レイも馬車に視線を向ける。
「俺って竜種を三柱討伐してるし、対モンスターなら絶対に負けないけど、対人は経験が少ない。竜種よりマルディンさんと対峙した時の方が怖かったよ。俺、マルディンさんには勝てないかもしれないな……」
「へえ……。あなたがそこまで言うなら、勝負してみたいわね」
レイの目つきが鋭く光り、剣士の表情へ変わる。
「ちょ、ちょっと、レイ。顔が怖いよ?」
「そんなことないわよ。愛しの旦那様」
レイも気づき、すぐに笑顔を浮かべた。
「でもマルディンさんとは、いつか勝負してみたいな」
「そうね。じゃあ、今度はマルディンを国賓として招待しましょう」
「いいね! そうしよう!」
マルディンがいないところで、マルディンにとって最も恐ろしい話が進められていた。
◇◇◇
俺とウィルは、ラルシュ空港に到着。
ウィルのはからいで、飛空船の真下まで馬車をつけてくれた。
「ウィル。ありがとう。世話になったな」
「いいってことよ」
「しかし……。あのお二人は何なんだ?」
俺は両陛下を思い出していた。
会ってからずっと、鳥肌が治まらない。
「ヤバいだろ?」
「ヤバいなんてもんじゃねーよ。世界三大剣士だって言うから、キルスと同じレベルだと思ってた」
「キルス? キルスって、エマレパ皇帝の?」
「ああ、この間戦った」
「マジかよ! 勝敗は?」
「一応俺が勝ったよ」
「アンタ勝ったのかよ! オイラでも勝てないのに!」
「まあ……俺は命がけなら負けるつもりはないからな」
「ふーん。じゃあ、今度あの最強夫妻とやってみたら? あの人たちはマジのマジで化け物だぜ?」
「それこそ殺し合いになるぞ」
「おいおい、物騒だな」
「俺の戦い方は、そういうものなんだよ」
俺は対人では絶対に負けない。
負けてはいけない。
負けると全てを失うことを知っているから。
「しかし、アル陛下の手はどうなってるんだ? どれほど剣を振ればあの手が作れるんだ?」
「あー、陛下は剣じゃなくて、ツルハシ振ってたからなあ」
「元鉱夫って聞いたことはあるけど、本当だったのか……」
俺は自分の手のひらを見つめた。
陛下と握手した感覚がまだ残っている。
「この世にあんな人たちがいるのか。俺もまだまだ修行が足りんよ」
「おいおい、アンタでも修行が足りないんだったら、この世の剣士は全員修行が足りないだろ」
「まあ剣士ってのは死ぬまで修行なんだよ」
「へえ。アンタって、意外と剣バカなんだな」
「うるせーな!」
ローザの剣を貰ってから、俺は剣士としての意識がさらに高まっている。
そして、自分よりも強い存在に会ったことで、さらなる高みを目指す覚悟が固まった。
「この国に来て良かった」
「そうか、また遊びに来いよ」
「ああ、もちろんだ」
ウィルに別れを告げ、飛空船に乗り込む。
徐々に小さくなる美しい街並みの王都アフラ。
たった数日だったが、濃厚な日々を思い出した。
そして、強者たちの存在も……。
「俺はまだ強くなる」
飛空船は西へ向かって飛び立った。




