第154話 ようこそ冒険者ギルドへ7
オルフェリアが珈琲カップを手に持つ。
「アガスが言うには、中型船の試作品が一隻余っていて、それを最新技術で改造するそうです。その費用として金貨三千五百枚を貰えれば、マルディンに飛空船を提供してもいいと言ってます」
「ちゅ、中型船って個人で買えるんですか?」
「フフ。はっきり言って無理です。街の年間予算ほどですから。しかも試作品とは言え、アガスが最新技術で改造しますので、その価値は……」
「はは……。そりゃ、個人で買えるわけないか」
「はい。それに、アガスが何か作業を始めると、優秀な技術者たちが面白がって寄ってくるんですよ。そうなると、もう手に負えないです。あの人たち、仕事の息抜きに仕事するような人たちですから。あの昇降機を見て分かったでしょう?」
「た、確かに……」
俺は全身から汗が吹き出す。
どう考えていいのか分からないが、もし仮に保有したとして、保管場所や維持費などもある。
簡単に答えを出せるようなものじゃない。
「マルディンは新しい家を作ってますよね?」
「な、なぜそれを」
オルフェリアが優雅に珈琲を口にした。
「敷地内に簡易空港を作れば、自宅で保管できますよ」
「だ、だが、俺は操縦免許証を持ってない」
「免許証なんて取ればいいじゃないですか。勉強すれば、すぐに取れますよ? この国であれば最短三日で取れます。もし時間があれば取っていけばいいでしょう」
「三日で?」
「ええ、泊まり込みで集中して、講義から試験まで行うんです。マルディンなら取れますよ」
俺も珈琲を口に含む。
ラルシュ産の芳醇な香りが鼻に抜け、気持ちが少しだけ落ち着いた。
「それに、マルディンは飛空船の整備ができる環境にあるんです。これが最も重要なんですよ」
「いやいや、俺に整備なんてできないですって!」
「リーシュがいます。アガスにとってもリーシュは姪ですから、話はすぐにまとまります。リーシュも飛空船の整備は嬉しいでしょうね」
「なんだか外堀を埋められているような……」
「どちらでも構いませんよ。金貨三千五百枚を取るか、中型飛空船を取るか。フフ」
オルフェリアが笑いながら、手に持つ珈琲カップをテーブルに置いた。
飛空船を持つ条件が揃いすぎている。
保管場所や整備のことまで考えられており、唯一揃ってないものは俺の免許証だけだ。
それも、この国で取得することができるという。
「俺が飛空船を持つ……」
驚いてばかりだったが、冷静に考えてみることにした。
現在のクエストでは、ティルコア支部の飛空船を予約制で使用している。
予約には細かなルールもあり、使いたい時に使えるものではない。
もし個人の飛空船を保有していれば、クエストの幅は間違いなく広がる。
ギルドハンターの仕事も捗るかもしれない。
仕事が増えれば維持費も捻出できる。
何より、俺が飛空船を持つことのメリットが頭に浮かんだ。
「ポルコ……、トーラム……」
もし海で遭難があっても、飛空船で捜索可能だ。
トーラムの件では、隣町の皇軍に交渉して飛空船を出してもらった。
それも、かなりの金額を支払っている。
俺のためというよりも、町を守るためにも飛空船を持っていてもいいかもしれない。
町や漁師ギルドでも飛空船の導入を考えているそうだが、予算の関係で進んでないと聞く。
「オルフェリアさん。もしかして、俺の事情を全て知った上で?」
「フフ、どうでしょうねえ」
オルフェリアが窓に視線を向ける。
このアフラも大陸南部にあるため、冬でも暖かい。
心地良い冬の風が部屋に入り込んでくる。
「ただ、なぜかマルディンの話はたくさん入ってくるんですよ。人望なんでしょうかね。皆さん嬉々として話してますよ」
「や、やりにくいなあ」
「まあいいじゃないですか。それほど慕われてるんですよ」
俺は珈琲を飲み干した。
最近はラルシュ産の珈琲を飲む機会が増えているが、俺はこの芳醇な香りが好きだった。
「旨い」
「フフ。飛空船が完成したら、うちの珈琲豆をたくさん積んで納入しますよ?」
「そ、そうきましたか。あっはっは」
俺の心は決まった。
「オルフェリアさん。飛空船でお願いします」
「はい。そのつもりでした。フフ」
俺は今回の報酬を飛空船にした。
きっと皆が俺のために動いてくれたはずだ。
ここは素直に受け取るべきだろう。
もちろん、簡単に貰えるものではないことは理解している。
「フフ。報酬が飛空船なんて前代未聞ですね」
「そうですね。自分のことながら信じられませんよ。あっはっは」
「またマルディンの伝説が生まれましたね」
「で、伝説なんて……」
「マルディンにはギルドの新しい英雄になっていただくのです。これから、もっとたくさんの伝説を作ってくださいね」
「いやいや、この国には、すでに生ける伝説たちがいるじゃないですか」
「英雄は何人いてもいいのですよ。フフ」
オルフェリアが優しい笑顔を浮かべている。
そして、両手を小さく叩いた。
「さて。では、この後にアガスと会っていただきます」
「分かりました」
「馬車を出しますので、お手数ですがラルシュ工業まで行ってもらえますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
俺は馬車に乗り、ギルド総本部から王都郊外にあるラルシュ工業へ向かった。
――
「な、何だここは……」
ギルド総本部の敷地でも驚いたのだが、それ以上に驚いた。
敷地は信じられないくらい広くて、巨大な建物がいくつも建ち並んでいる。
これはドックと呼ばれ、飛空船を建造するための建造物だそうだ。
御者が教えてくれた。
ラルシュ工業の本社だという建物へ移動。
その最上階へ通された。
「ラルシュ工業最高経営者のアガスです。お呼び出ししてすみません」
アガスは金色の短髪で、身長は俺よりも少し小さい。
容姿はいたって普通だ。
オルフェリアから、年齢は三十六歳と聞いた。
俺と歳が近い。
それなのに、これほどの大企業の経営者とは、世の中には凄い人たちがいるものだ。
「初めまして、マルディンです」
「マルディンさんのことは、リーシュちゃんから伺ってます」
「お恥ずかしい限りです」
「あの……。もし良かったら、糸巻きを見せていただけませんか? 僕も発明家の一人として、大変興味があるんです」
「ええ、構いませんよ」
俺は糸巻きを外し、アガスに手渡した。
「なるほど。ここをこうして……」
アガスは集中して糸巻きを見つめている。
何やら独り言も呟いていた。
「あっ! す、すみません! すぐ熱中してしまうんです」
「いえ、構いませんよ。ゆっくり見てください。リーシュは本当に天才だと思うので」
「ええ、僕もそう思います」
ソファーへ移動すると、しばらくの間、アガスは無言で糸巻きを確認していた。
そして、満足げな表情を浮かべ、糸巻きを俺に手渡す。
「ありがとうございました。僕はこの技術を、マルディンさんの飛空船に取り入れようと思ってるんです」
「糸巻きの技術を?」
「はい。楽しみにしていてください。うちの技術者たちがやりたがってたので、凄い物ができますよ。はは」
その後、アガスから飛空船について話を聞いた。
納入までは数ヶ月かかるそうだ。
そして、操縦免許証の取得については、特別に王都の訓練所を明日から三日間取ってくれた。




