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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第154話 ようこそ冒険者ギルドへ7

 オルフェリアが珈琲カップを手に持つ。


「アガスが言うには、中型船の試作品が一隻余っていて、それを最新技術で改造するそうです。その費用として金貨三千五百枚を貰えれば、マルディンに飛空船を提供してもいいと言ってます」

「ちゅ、中型船って個人で買えるんですか?」

「フフ。はっきり言って無理です。街の年間予算ほどですから。しかも試作品とは言え、アガスが最新技術で改造しますので、その価値は……」

「はは……。そりゃ、個人で買えるわけないか」

「はい。それに、アガスが何か作業を始めると、優秀な技術者たちが面白がって寄ってくるんですよ。そうなると、もう手に負えないです。あの人たち、仕事の息抜きに仕事するような人たちですから。あの昇降機を見て分かったでしょう?」

「た、確かに……」


 俺は全身から汗が吹き出す。

 どう考えていいのか分からないが、もし仮に保有したとして、保管場所や維持費などもある。

 簡単に答えを出せるようなものじゃない。


「マルディンは新しい家を作ってますよね?」

「な、なぜそれを」


 オルフェリアが優雅に珈琲を口にした。


「敷地内に簡易空港を作れば、自宅で保管できますよ」

「だ、だが、俺は操縦免許証を持ってない」

「免許証なんて取ればいいじゃないですか。勉強すれば、すぐに取れますよ? この国であれば最短三日で取れます。もし時間があれば取っていけばいいでしょう」

「三日で?」

「ええ、泊まり込みで集中して、講義から試験まで行うんです。マルディンなら取れますよ」


 俺も珈琲を口に含む。

 ラルシュ産の芳醇な香りが鼻に抜け、気持ちが少しだけ落ち着いた。


「それに、マルディンは飛空船の整備ができる環境にあるんです。これが最も重要なんですよ」

「いやいや、俺に整備なんてできないですって!」

「リーシュがいます。アガスにとってもリーシュは姪ですから、話はすぐにまとまります。リーシュも飛空船の整備は嬉しいでしょうね」

「なんだか外堀を埋められているような……」

「どちらでも構いませんよ。金貨三千五百枚を取るか、中型飛空船を取るか。フフ」


 オルフェリアが笑いながら、手に持つ珈琲カップをテーブルに置いた。


 飛空船を持つ条件が揃いすぎている。

 保管場所や整備のことまで考えられており、唯一揃ってないものは俺の免許証だけだ。

 それも、この国で取得することができるという。


「俺が飛空船を持つ……」


 驚いてばかりだったが、冷静に考えてみることにした。


 現在のクエストでは、ティルコア支部の飛空船を予約制で使用している。

 予約には細かなルールもあり、使いたい時に使えるものではない。


 もし個人の飛空船を保有していれば、クエストの幅は間違いなく広がる。

 ギルドハンターの仕事も捗るかもしれない。

 仕事が増えれば維持費も捻出できる。


 何より、俺が飛空船を持つことのメリットが頭に浮かんだ。


「ポルコ……、トーラム……」


 もし海で遭難があっても、飛空船で捜索可能だ。

 トーラムの件では、隣町の皇軍に交渉して飛空船を出してもらった。

 それも、かなりの金額を支払っている。


 俺のためというよりも、町を守るためにも飛空船を持っていてもいいかもしれない。

 町や漁師ギルドでも飛空船の導入を考えているそうだが、予算の関係で進んでないと聞く。


「オルフェリアさん。もしかして、俺の事情を全て知った上で?」

「フフ、どうでしょうねえ」


 オルフェリアが窓に視線を向ける。

 このアフラも大陸南部にあるため、冬でも暖かい。

 心地良い冬の風が部屋に入り込んでくる。


「ただ、なぜかマルディンの話はたくさん入ってくるんですよ。人望なんでしょうかね。皆さん嬉々として話してますよ」

「や、やりにくいなあ」

「まあいいじゃないですか。それほど慕われてるんですよ」


 俺は珈琲を飲み干した。

 最近はラルシュ産の珈琲を飲む機会が増えているが、俺はこの芳醇な香りが好きだった。


「旨い」

「フフ。飛空船が完成したら、うちの珈琲豆をたくさん積んで納入しますよ?」

「そ、そうきましたか。あっはっは」


 俺の心は決まった。


「オルフェリアさん。飛空船でお願いします」

「はい。そのつもりでした。フフ」


 俺は今回の報酬を飛空船にした。

 きっと皆が俺のために動いてくれたはずだ。

 ここは素直に受け取るべきだろう。


 もちろん、簡単に貰えるものではないことは理解している。


「フフ。報酬が飛空船なんて前代未聞ですね」

「そうですね。自分のことながら信じられませんよ。あっはっは」

「またマルディンの伝説が生まれましたね」

「で、伝説なんて……」

「マルディンにはギルドの新しい英雄になっていただくのです。これから、もっとたくさんの伝説を作ってくださいね」

「いやいや、この国には、すでに生ける伝説たちがいるじゃないですか」

「英雄は何人いてもいいのですよ。フフ」


 オルフェリアが優しい笑顔を浮かべている。

 そして、両手を小さく叩いた。


「さて。では、この後にアガスと会っていただきます」

「分かりました」

「馬車を出しますので、お手数ですがラルシュ工業まで行ってもらえますか?」

「ええ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」


 俺は馬車に乗り、ギルド総本部から王都郊外にあるラルシュ工業へ向かった。


 ――


「な、何だここは……」


 ギルド総本部の敷地でも驚いたのだが、それ以上に驚いた。

 敷地は信じられないくらい広くて、巨大な建物がいくつも建ち並んでいる。

 これはドックと呼ばれ、飛空船を建造するための建造物だそうだ。

 御者が教えてくれた。


 ラルシュ工業の本社だという建物へ移動。

 その最上階へ通された。


「ラルシュ工業最高経営者のアガスです。お呼び出ししてすみません」


 アガスは金色の短髪で、身長は俺よりも少し小さい。

 容姿はいたって普通だ。

 オルフェリアから、年齢は三十六歳と聞いた。

 俺と歳が近い。

 それなのに、これほどの大企業の経営者とは、世の中には凄い人たちがいるものだ。


「初めまして、マルディンです」

「マルディンさんのことは、リーシュちゃんから伺ってます」

「お恥ずかしい限りです」

「あの……。もし良かったら、糸巻き(ラフィール)を見せていただけませんか? 僕も発明家の一人として、大変興味があるんです」

「ええ、構いませんよ」


 俺は糸巻き(ラフィール)を外し、アガスに手渡した。


「なるほど。ここをこうして……」


 アガスは集中して糸巻き(ラフィール)を見つめている。

 何やら独り言も呟いていた。


「あっ! す、すみません! すぐ熱中してしまうんです」

「いえ、構いませんよ。ゆっくり見てください。リーシュは本当に天才だと思うので」

「ええ、僕もそう思います」


 ソファーへ移動すると、しばらくの間、アガスは無言で糸巻き(ラフィール)を確認していた。

 そして、満足げな表情を浮かべ、糸巻き(ラフィール)を俺に手渡す。


「ありがとうございました。僕はこの技術を、マルディンさんの飛空船に取り入れようと思ってるんです」

糸巻き(ラフィール)の技術を?」

「はい。楽しみにしていてください。うちの技術者たちがやりたがってたので、凄い物ができますよ。はは」


 その後、アガスから飛空船について話を聞いた。

 納入までは数ヶ月かかるそうだ。

 そして、操縦免許証の取得については、特別に王都の訓練所を明日から三日間取ってくれた。

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