第151話 ようこそ冒険者ギルドへ4
翌日、俺はギルド敷地内にある開発機関へ向かった。
整備された歩道を歩きながら、各機関の建物を眺める。
どの建物も総本部の重厚かつ簡素なデザインで統一しているのだが、開発機関だけは違った。
「さすがギルドの暴れ馬だな。奇天烈とでもいうのか……」
開発機関はいくつもの国際特許を抱えており、莫大な収入があるため、ギルドから一切の予算を受け取っていない。
そのため自由に行動が可能な反面、ギルドの暴れ馬とも呼ばれている。
「この装置なんて意味は分からないけど、ロマンがあるよな。こういうの好きだぜ」
昨日会った局長のローザの趣味ではないだろう。
開発者たちが好きなように、改築や増築を繰り返していると思われる。
扉の前はスロープになっており、足を踏み入れると床が僅かに沈んだ。
そのまま扉の前に進むと、扉が勝手に開く。
ロープや滑車が取り付けられているので、重さで開く構造なのだろう。
「自動で開くのか。便利だな」
受付で要件を伝えると、地下室に案内された。
部屋に入ると一人の小柄な女性が立っている。
「来たか、マルディン。おはよう」
「おはようローザ」
「眠れたか?」
「ああ、ウィルを送り届けてから快適に眠れたよ。あっはっはっ」
ローザは口調と裏腹に、童顔で可愛らしい女性だ。
年齢を聞かれたら、俺は迷わず自分と同世代と答えてしまうだろう。
だが、俺よりも遥かに年上だった。
そして、姪であるリーシュに驚くほど似ている。
いや、リーシュがローザに似ていると言うべきか。
「お前、今リーシュと似ていると思ってるだろう?」
「お見通しかよ。あっはっは」
「まあ、よく言われるがな。だが、娘のような年齢のリーシュにとっては迷惑だろう」
「迷惑どころか、嬉しいんじゃないかな。リーシュはローザのことを尊敬してるって言ってたよ」
「そ、そうか」
頬を赤らめたローザ。
姪のことが可愛くて仕方がないのだろう。
その照れを隠すかのように、ローザが一本の剣を取り出した。
「では、剣を見てもらおうか」
ローザがテーブルに剣を置く。
鞘に収められているが、見ただけで雰囲気が違うことが分かる。
ただの物体のはずなのに、独特のオーラを放っていた。
「これが……ローザの剣」
「手に取ってみろ」
鞘を持ち、柄に手をかける。
「抜いても?」
「もちろんだ」
俺はゆっくりと剣を抜く。
白く輝く剣身が姿を現した。
これほどまでに妖艶な光を放つ剣は見たことがない。
「美しい……」
剣身を覗き込むと、剣に吸い込まれそうになる。
「剣身の素材はヴォル・ディルの大爪だ。硬さ、しなり、耐久性など、剣の素材としてはネームドの中でも最上位だろう。私も驚いたよ」
「それほどか……」
「さらに大爪の中で最も良質な部分のみを厳選した。この素材はヴォル・ディル一頭から一本分しか取れなかったぞ」
俺は剣を握り、頭上に掲げた。
「……ふむ。形状はオーソドックスな長剣。剣身は一メデルト。少し長いか。だが、重心が下にある分、バランスが取れているな。剣幅は八セデルト。グリップは左右でどちらも握りやすい。そして……」
剣と腕が一体化していくようだ。
隣でローザが何か喋っているが、その声が遠くに聞こえる。
俺の腕が……剣になる……。
「マルディン!」
「はっ!」
ローザに名前を呼ばれ、俺は我に返った。
「いいか、マルディン。この世に呪いなんてない。全ては人間の思い込み。ただの暗示だ。だが、この剣には例えようのない力がある。気を抜くな。飲まれるぞ。これはあくまでも道具だ。それ以上でもそれ以下でもない。忘れるな」
「分かった。ありがとう。ふうう」
俺は大きく息を吐き、改めて剣を握った。
「こんな剣は初めてだぜ……」
ローザもこの剣の不思議な力に気づいたのだろう。
いや、ローザだからこそ、この剣をここまでのものに仕上げたのか。
「では調整するぞ」
ローザが試し切り用の巻藁を指差した。
「切ってみろ」
「ああ」
「まずは軽くな」
俺は上段から下段へ、剣を軽く振り下ろした。
剣は何の抵抗もなく巻藁を素通りする。
だが、不思議と巻藁は切れていない。
「想定以上だな。達人が振ると、これほどか……」
ローザが呟きながら、巻藁のてっぺんを指で軽くつつく。
すると、俺の剣筋にそって巻藁が斜めに滑り落ちた。
「切った感触がほとんどなかったぞ……」
「これがこの剣、悪魔の爪の切れ味だ」
「ヴォル・ディル?」
「そうだ。この剣の名前だ。モンスターの名称そのままにした。この剣は使用者を選ぶ。お前のような達人が振れば何でも切るが、腕がない者だと何も切れない。それどころか、使用者に反動が来る。私がこれまで作った剣の中で、最もピーキーだ。そして、油断すると飲まれるからな。本当に悪魔の剣だぞ」
俺は剣を鞘に納めた。
「使いこなせないようなら、別の剣を用意するが?」
ローザが挑発的な笑みを浮かべている。




