第150話 ようこそ冒険者ギルドへ3
「なんだよマルディン。褒めんなよ。照れるぜ」
ウィルが俺の皿に、大牙猛象の肉を置く。
「この肉さ、一番旨いところを取ったんだけど、アンタにやるよ。食いな。ヘヘヘ」
右手の人差し指で鼻先を軽く弾くウィル。
「お、おう。ありがとう……」
いい話風だが、そもそもこういう一番旨いところは、普通客に出すものだろう。
だが、突っ込むのはやめておく。
「マルディンさんはお酒も?」
「ええ、飲みます」
調査機関局長、リックが俺のグラスに葡萄酒を注いでくれた。
「ティアーヌの様子はどうですか?」
「彼女は優秀なんてもんじゃないですね。交渉力、政治力、戦闘力、どれも突出しています」
「そうですか。まあ、確かに彼女は飛び抜けて優秀ですけどね。だけど、マルディンさんにそう仰っていただければ、彼女も喜ぶでしょう」
「リックさん。どうしてそれほど優秀なティアーヌを、あの田舎町に?」
「そうですねえ……」
リックが僅かにオルフェリアへ視線を向けた。
オルフェリアが頷く。
「正直にお伝えすると、マルディンさんだからですよ。マルディンさんのサポートに関してはヴィート局長とも話して、最も優秀な人材をつけることにしたんです。それでティアーヌを送りました」
「そうだぞ。本来は治安機関から送るべきところだが、うちは人材不足だし、ティアーヌを超える人材はおらんのだ」
「まあ、彼女は南国の勤務も希望していましたしね。はは」
そんな優秀な人材を俺のために配属したと聞くと、さすがに恐縮してしまう。
「そ、そうだったんですね。あ、ありがとうございます」
「何照れてんだよ」
「う、うるせーな」
ウィルがニヤついた表情で、俺をからかってきた。
「ってか、オイラから見てもティアーヌは優秀だよ。それに、アイツは相当な修羅場を潜ってる。肝も座ってるだろ?」
「確かにな。滅多に動じないよ」
「だろ? ティアーヌはマジで逸材だぜ?」
「ああ、ティアーヌにはいつも感謝してるよ」
ウィルが肉を食い、葡萄酒を流し込んだ。
オルフェリアが笑顔で全員を見渡す。
「フフ。しかしですね、ティアーヌをサポートにつけても、ここまでの成果は出ませんよ?」
「そうですね」
「ああ、確かにそうですな」
オルフェリアの発言に、リックとヴィートが答えた。
「ギルドとして、本当に助かってます。マルディン、ありがとうございます」
「い、いえ。とんでもないです」
「謙遜なさらないでください。さあ、飲みましょう」
オルフェリアの合図で、店員が新しい葡萄酒を開けグラスに注いだ。
「皆さん、今日は好きなだけ飲んでください。私も今日は飲みますよ」
ウィル、リック、ヴィートが一斉にオルフェリアへ視線を向けた。
「「「ほ、ほどほどに……」」」
三人は額に脂汗をかいていた。
この雰囲気からして、オルフェリアは酒が強いのだろう。
「オルフェリアさんは飲まれるんですか?」
「そうですね。普通に飲みますよ」
その発言を聞いたウィルが、呆れた表情を浮かべている。
「……どこが普通だよ」
この会話から、オルフェリアは間違いなく酒が強いことが分かった。
うちにも強いのが一人いるから、ウィルの気持ちはとてもよく分かる。
「オルフェリアさんは、もしかして酒豪ですか?」
「違う違う。酒豪とかそういうレベルじゃない。この人は、ある意味人外だよ」
「じ、人外?」
ウィルが肉をつまみながら、オルフェリアを見つめていた。
「酷いですねえ。……でも、私は古い解体師なので、モンスターの毒に侵されないように様々な毒耐性を上げてるんです」
「毒耐性?」
「ええ、毒を体内に入れるんですよ」
「え?」
「ですから、私はほとんどの毒が効きません。その影響で麻酔薬も効きませんし、お酒にも酔わないのです」
「ラ、ラーニャ以上か……」
「そう言えば、ラーニャ支部長もお酒が強くて有名でしたね」
ラーニャの酒の強さも信じられないものだったが、オルフェリアは次元が違うようだ。
オルフェリアと飲むのはやめておこう。
「マルディン。マジでオルフェリアさんとだけは飲むなよ。死ぬぞ。本気で死ぬぞ。過去死人が出たって話だしな」
「そんなわけないでしょう?」
「オイラが過去何度死にそうになったか知らねーのかよ!」
「フフ。ウィル、今日も楽しく飲みましょうね」
「嫌だよ!」
ここにいるのはギルドのトップたちだが、仲が良さそうで微笑ましい。
ウィルが食事会ではなく、飯と言っていた意味が分かった。
「ローザさんは?」
俺は、静かに葡萄酒のグラスを持つローザに視線を向けた。
「私は酒に弱いからな。一杯だけだ。こんな連中に付き合ってられんよ」
「はは、そうですね」
「お前には明日、剣を渡すからな。程々にしておけよ。あの剣は体調が悪いと扱えんぞ」
「確かにそうですね。それに、俺も剣士としてローザさんの剣はずっと楽しみにしていましたから」
「そうか……。ふむ、マルディン。私のことはローザでいい。敬語もいらん」
「いやいや、そういうわけには……」
「気にするな。素のお前を出せ。これからも付き合うことになるしな」
「わ、分かった」
その後も俺は局長たちとの親交を深めた。
各機関のトップと親密になっておくことで、今後の活動に活かせるだろう。
ウィルに視線を向けると、オルフェリアと楽しそうに飲んでいた。
――
さすがに多忙を極めるギルマスや局長たちだ。
それほど夜遅くまでにはならず、お開きとなった。
ウィルから聞いたが、ギルドマスターと局長が三人も集まることは滅多にないそうだ。
それだけでも、俺の歓迎ぶりが分かると言っていた。
ありがたい話だ。
しかし、なぜ俺はウィルの肩に手を回し、街を歩いているのだろうか。
仲が良いからとウィルの介抱を頼まれたのだが、こういうのは客がやることではないのでは?
まあでも、それはそれで面白いし、後日ウィルをからかうことができるから別に構わない。
さっきの仕返しだ。
「おい、ウィル。しっかりしろよ」
「ぐえぇぇ」
「ったく。騎士団副団長ってこんなんでいいのか?」
「うちの国は……いいんらよ。平和らし、治安がいいし。ひっく」
「そりゃ羨ましいね」
「らろー。マルディンもこの国に越してこいよ。ひっく」
「アホか。俺はティルコアに住むんだよ」
「じゃあ、オイラがティルコアに行こうかな。ひっく」
「何言ってんだよ。ここはお前の故郷だろうが」
俺にとって初めての王都の夜は、ウィルを担ぎながら過ごすことになった。
だが、友と過ごす夜は悪くない。
「しっかり歩けって」
「ぐえぇぇ。もうにろと、オルフェリアしゃんと、のまらい……」
ウィルの姿を見て、まるでラーニャと飲んだ後の自分を見てるようだった。




