第15話 サルベージと護衛クエスト4
護衛クエスト当日、俺は隊商の集合場所へ向かった。
商人のザールに挨拶し、警備隊と軽く打ち合わせを行う。
全ての準備が整い隊商は出発。
隊商は荷馬車が五台、荷物運びの短山馬が二十頭。
隊商としては中規模だ。
それを守るのは総勢二十名の警備隊。
「マルディンさん。夕方にはイレヴスに到着します。何かあっても我々で対処するので、そう緊張しなくていいですよ」
警備隊の隊長が声をかけてきた。
年齢は二十代後半といったところか。
長剣を腰に吊るし、軽鎧をまとっている。
雰囲気的に元兵士か騎士だろう。
俺は別に緊張していないが、話は合わせる。
これもクエスト業務の一環だ。
「ああ、ありがとう」
「私は以前イーセ王国のクロトエ騎士団に所属していましたから、モンスター討伐の経験も豊富です」
「そうか。それは凄いな。頼りにしてるよ隊長」
その言葉の自信通り、なかなか手慣れている。
的確に指示を出し、地形に応じて配置を変えていた。
とはいえ、この規模になると盗賊の襲撃はほぼない。
人数的に軍隊の小隊クラスが必要だからだ。
それに日中の街道でモンスターが出現することはない。
隊商は順調に進む。
空を見上げると太陽が頭上に来ていた。
「昼飯だ!」
従者の一人が大声を上げると隊商は停止。
街道を外れた草原で、昼食の準備が始まった。
「隊長、俺は少し周辺を見てくるよ。あの雑木林が気になる」
「分かりました。何かあったら笛を吹いてください」
俺は草原の少し先に見える雑木林を確認することにした。
バッグから小さな瓶を取り出し、清涼草をすり潰した液体を肌に塗る。
ギルドの道具屋で購入した虫よけだ。
夏のクエストには欠かせない必需品といえよう。
「よし、入るか」
草木をかき分け雑木林に入った。
生い茂った新緑の影響で、雑木林の中は薄暗い。
「ん? 虫がいない? というか、静かすぎるだろ?」
初夏の雑木林は虫が大量に発生しているはずだ。
その中でも最も忌まわしい吸血虫の黒紋蚊は、人の吐く息に寄って来る。
「黒紋蚊すらいない? どういうことだ?」
気味が悪いほど静かな雑木林を進む。
少し歩くと、顔に粘着質な物体が触った。
「これは? 蜘蛛の糸?」
それにしては太い。
糸を掴み辺りを見渡すと、大木の間に巨大な蜘蛛の巣を発見した。
「デ、牙蜘蛛の巣か! デカいぞ!」
Cランクモンスターの牙蜘蛛。
節足型蟲類の中でも特異なモンスターで、八本の足を持つ。
口から吐き出す粘着質の糸で獲物を絡め取り、昆虫や動物、モンスターまで喰らう獰猛な肉食モンスターだ。
「この周辺の生き物を喰らったか」
巣の大きさは直径二十メデルト。
まるでこの雑木林の主と言わんばかりの存在感だ。
粘着質の糸には、大量の虫や小動物が絡まっている。
小型のモンスターの姿も見えた。
「この巣の大きさだと、体長はどれくらいになるんだ」
牙蜘蛛の体長は通常五十セデルトほどだが、これだけ巨大な巣になると想像もできない。
「ヤバいな。牙蜘蛛は熱と匂いに反応するって話だ」
雑木林の外では、すでに昼食の準備が進められている。
俺は隊商に向かって走り出した。
「隊長! 牙蜘蛛だ! 牙蜘蛛の巣を発見した!」
「牙蜘蛛ですって?」
「そうだ! ここは危険だ! 移動するぞ!」
「デ、牙蜘蛛……」
真剣な表情から一変、警備隊の隊員たちが一斉に笑い出す。
それを隊長が手を挙げ制した。
「失礼。マルディンさん。たかがCランクモンスターの牙蜘蛛で、避難なんてしませんよ。それにモンスターを対処するのが、あなたの仕事でしょう?」
「通常個体ならそうする。だがあれはヤバいかもしれん。とにかく火を消すんだ」
俺の発言に対し、ニヤついた表情を浮かべた一人の隊員が立ち上がった。
「おいおい、なんでCランクモンスターごときに避難しなきゃなんねーんだ!」
「やめろ!」
隊長がもう一度手を挙げた。
「部下が失礼。マルディンさん、それほどですか?」
「ああ、あんな大きな巣は見たことがない。ここは危険だ。移動したほうが良い。一応討伐は試みるけどな」
「分かりました。手伝いましょう」
俺は隊長と二人で雑木林へ戻った。
不気味なほど静寂が広がる雑木林。
初夏なのに虫の鳴き声すら聞こえない。
「あそこだ。こんな距離でも見えるだろう?」
俺は牙蜘蛛の巣を指差した。
巣までの距離は五十メデルトほどだ。
「た、確かに……。あれほど巨大な牙蜘蛛の巣は初めて見ます」
隊長が言い終わると同時に、俺は剣を抜いた。
「巣から出てきたぞ。二匹だ」
「お、大きい! 体長は二メデルトありますね」
「ああ、ここで殺らなければ、隊商が襲われる」
隊長も長剣を抜く。