第149話 ようこそ冒険者ギルドへ2
日没を迎えると、ウィルが俺の部屋に顔を出した。
「マルディン。飯行くぞ」
「飯? おいおい軽いな。重鎮との食事会だろ?」
「そうなんだが、堅苦しいのは面倒だろ? だから街の食堂へ行く。貸し切ったんだよ」
「そうか。正直そっちの方が嬉しいな」
「だろ? アフラ名物の料理を堪能してくれ」
ウィルに連れられギルドを後にした。
馬車に乗り、市街地へ向かう。
そして一軒の食堂に入った。
かなり立派なログハウスだ。
「懐かしいな」
俺の故郷は針葉樹が多かったため、必然的に民家はログハウスが多かった。
懐かしさから、思わず壁の丸太に触れる。
ウィルが背後から俺の肩に手を置いた。
「マルディン、ここはモンスター肉を扱う食堂なんだ」
「もう匂いがするよ。楽しみだ」
すでに焼いた肉の匂いが香る。
店内を進むと、オルフェリアの他に三人の男女の姿があった。
その三人が俺の前に並ぶ。
黒髪の短髪で眼鏡をかけている男性が、手を差し出してきた。
「初めまして。ギルドのサブマスターと、調査機関局長を兼任しているリック・ライトです」
「マルディンです。ティアーヌには大変お世話になってます」
リックと握手を交わす。
調査機関局長はティアーヌの上長だ。
「お役に立てているようで良かったです。はは」
リックの年齢は五十九歳。
姿勢が良く、きっちりとした身だしなみで、まるで教師のような佇まいだ。
続いて、俺よりも身長が高い、体格の良い男性と握手を交わした。
手のひらは大きくて厚く、とても力強い握手だ。
「治安機関局長のヴィート・モアだ。ギルドハンターの活動は大変助かってる。なにせ慢性的な人不足だからな。がっはっは」
「こちらこそ、良い経験をさせてもらってます」
ヴィートは四十九歳で、元ギルドハンターだそうだ。
現役は引退しているということだが、太い腕に厚い胸板は、間違いなく今も身体を鍛えているだろう。
そして最後は女性だ。
俺の目を真っ直ぐ見つめている。
身長は小柄で、ウィルよりも拳二つ分ほど小さい。
薄い緑色のショートヘアは少し癖がかっている。
瞳の色は驚くほど美しい金糸雀色だが、それを隠すかのように大きめのメガネをかけていた。
この容姿は、リーシュにそっくりだ。
「開発機関局長のローザだ」
「マルディンです」
「姪が世話になってる」
「いえ、こちらこそ。私の装備もリーシュに開発してもらってますから」
「あの娘はどうだ?」
「一言で言うと……天才です」
「そうか! ククク」
姪を褒められて嬉しそうに笑うローザだった。
このローザこそ、世界中の剣士が憧れる神の金槌だ。
ローザはイメージとだいぶ違う。
鍛冶師だし、もっとしっかりとした体格だと思っていた。
それがまさか、リーシュそっくりの可愛らしい女性だとは驚いた。
とはいえ、ローザの年齢は四十二歳だという。
見た目で判断してはいけないという良い見本だ。
席につき、オルフェリアの乾杯で食事が始まった。
テーブルには一般的なメニューの他に、モンスター肉の料理が並べられていく。
「こりゃ凄いな」
オーナーが緊張した面持ちで、一品ずつ説明してくれた。
猛火犖のステーキ、大牙猛象の炙り焼き、王鰐のバター焼き、大挟甲蟹のスープだ。
しかも、スープ以外はどれも規格外と言っていいほど大きい。
「どれも大型モンスターの肉ですからね。この店は可能な限り大きな肉の塊で調理してくれるんです。大きくなればなるほど、調理は難しいんですよ?」
オルフェリアが笑いながら、ナイフとフォークを使い肉を切り分ける。
「世界一の解体師が切ってくれるなんて、贅沢過ぎますね。あっはっは」
「まあ! 嬉しいこと言ってくれますね。マルディンにはサービスしちゃいましょう。フフ」
オルフェリアが取り分けた肉を皿に乗せた瞬間、ウィルが獲物を狙いすましたようにさらっていった。
「はいはいはいはい。そういうのいいから。早い者勝ちだから。あざーす!」
「お、おい! ウィル!」
「アンタも早く食えよー」
その様子を見たオルフェリアは特に怒るでもなく、いつものことのように笑顔を浮かべていた。
「もう、あなたはいつもはしたないんですから」
「はいはい。今日はただの飯。ちゃんとする時はちゃんとするからー」
ウィルが元気よく肉に食らいつく。
局長たちは対照的に、大人らしく静かに味を堪能していた。
改めてオルフェリアが取り分けてくれた猛火犖のステーキ。
「猛火犖か。初めて食べるな」
俺は恐る恐る口に入れた。
「旨っ!」
「猛火犖はCランクモンスターですが、肉の美味しさはモンスターでもトップレベルなんですよ」
「これほど旨いとは。驚きました」
「この肉は最も希少なヒレ肉です。美味しいですよ。たくさん食べてくださいね」
味が濃縮された赤身肉。
臭みや雑味は全くなく、噛めば噛むほど口の中に濃厚な肉の味が広がる。
脂身が少ないから、いくらでも食えそうだ。
「本当に旨い」
俺の中で、肉の概念が変わったかもしれない。
オルフェリアが皿を指差した。
「こちらの王鰐と大挟甲蟹はアフラ湖で、大牙猛象は北部の草原で狩猟したものです。ギルドからこの店に直接卸したんですよ。フフ」
「狩猟したって……。王鰐はAランク、大挟甲蟹と大牙猛象はBランクモンスターですよね?」
「ええ、総本部にはAランクの冒険者もいますから、比較的入手しやすいんです」
「凄いな……。やはり総本部ともなると、高ランク冒険者がたくさんいるんだな……」
ティルコア支部のBランク冒険者は現在ラーニャ一人だ。
Aランク冒険者にいたっては、これまで誰もいなかったという。
俺のAランク取得は、ティルコア支部にとって快挙と言われるほどだった。
「でも総本部にだって、マルディンほどの達人はそういませんよ?」
「いやいや、ウィルだっているし、Sランクのお二人もおられますから」
その瞬間、フォークを持つ手がウィルの手が止まった。




