第146話 東方から来た男4
「おいおい、汚いぞ?」
「こ、国王だと!」
「そうだ。お主なら問題ないだろう。エマレパ皇国が全面的に支援する。友好国のラルシュ王国にも援助を求めるし、世界会議も……」
「待て!」
俺は話を遮った。
キルスの話が戯言とは分かるのだが、発言者に問題がある。
「あんたが言うと冗談になんねーんだよ!」
「冗談ではないぞ。今の世の中、戦争なぞ誰も望まん。だが、たった一人の権力者によって状況は一変するのだ」
「待て待て待て待て!」
下手すれば、本当に国王にされるかもしれない。
目の前の男は世界四大国に数えられる国の皇帝だ。
それに、もし仮に俺がそれで国王になっても、エマレパ皇国の傀儡国家になるだろう。
「田舎の冒険者が国王なんて無理に決まってるだろ。大体な、人には器というものがあるんだよ」
「お主にはその器があると思うが?」
「ないっつーの! それに、俺の使命はこのティルコアを守ること。俺はこの町で生きて……この町で死ぬ。そう決めたんだ」
「……そうか。お主なら良き君主になれそうだがな。残念だ」
「まあ冗談でも、本物の皇帝陛下にそう言ってもらえるのは嬉しいよ。あっはっは」
キルスが麦酒を口に流し込んだ。
そして、俺の瞳を見つめる。
「この町で死ぬ……か」
「ああ、死に場所を見つけたよ。それにな、この町の男たちは痺れる奴らばかりだ。みんなカッコいい。マジで憧れるぜ。俺もそんな男になりたいんだよ」
「男の生き様と……死に際か」
「そうだ。自分に誇れる生き様と、人生に満足できる死に方を選びたい」
俺は漁師トーラムの死を見て、強く思うようになっていた。
「羨ましいな……」
「キルスもティルコアに住めばそう思うぜ。あっはっは」
俺は麦酒を飲み干した。
キルスも飲み終えたので、黒糖酒を二つのグラスに注ぐ。
そのタイミングで、店員が魚料理を持ってきた。
大剃鯵の刺身、大剃鯵の塩焼き、そしてこの町の名物フリッターだ。
キルスと二人で、新鮮な魚料理を楽しむ。
「旨いな。以前、ティルコアの夏祭りで作ったというメニューを食べたぞ。この町は本当に飯が旨いな」
「そういや、皇帝陛下に献上したって聞いたな。でも、宮殿でもっと旨いものを食ってるだろ?」
「まあ、旨いには旨いが、毎日好きなものが食えるわけではない。酒もそうだ。だから、こういう時に堪能するのだよ。フェルリートといったか。あの娘の料理は旨かったぞ」
「確かにフェルリートの飯は旨い。クエスト帰りであの飯を食うのが最高なんだ」
「うむ、その気持ち分かるぞ」
皇帝陛下が料理を褒めたと知れば、フェルリートはどんな顔をするだろうか。
伝えられないのが残念だ。
「クエストと言えば、なんであんたはCランクなんだ? 試験を受けたのか?」
「まあ、正直に言うと特例だ。オルフェリア殿に頼んで、偽名で作ってもらった」
「なるほどね。そりゃそうか。でも、なんでAランクにしなかったんだ?」
「私にもプライドがある。いつか地獄の試験と呼ばれる試験を受けるつもりだ」
「あれはマジで地獄だからな……」
「お主、何点だったのだ?」
「一応……満点だ」
「なんだと! ますますチャレンジしたくなってきたわ。わははは」
笑いながら、キルスが俺のグラスに黒糖酒を注ぐ。
皇帝でも他人に酒を注ぐのかと感心した。
キルスはどこか庶民的というか、通常の感覚を持っているようだ。
「ってか、勝手に宮殿を抜け出したんだろ? 臣下も大変だな」
「もちろん極一部には伝えている。見えないところで護衛もある」
「特殊諜報室か?」
「いや、特殊諜報室には伝えてない。室長がうるさいからな」
「あっはっは。そうか、うるさいか」
「なんだ、お主。室長を知ってるのか?」
「ムルグスとは友人なんだよ」
「そうか。あやつが友人を作るなんて珍しいな。わははは」
キルスが自分のグラスにも黒糖酒を注ぎ、一気に飲み干した。
「話は変わるが、マルディンよ。お主を皇都へ招待する」
「招待? なぜだ?」
「感謝状を出そうと思っているのだ」
「か、感謝状だと?」
「ティルコアの治安維持は本来皇軍の任務だが、急激な発展に追いつけず民間に頼っている。お主がその最たるもので、国民の危機を何度も救ってくれた。皇帝として感謝しているのだよ」
「よせよ。勝手にやってることだ。招待なんていらんよ」
「それに私はお主の家に行った。今度はお主が我が家へ遊びに来る番だ。それがエマレパ流の付き合いだ」
「き、汚ねーな! 初めからそのつもりか!」
「わははは。戦略とはこういうものだ。二手三手先を読んで動く。覚えておけ」
「くそっ! 最悪だ!」
「当然、晩餐会を催す。パートナーを連れてくるように。社交の場で一人はあり得ぬぞ。お主も元騎士だ。社交界のことは知っておろう?」
「そ、そりゃ知ってるが……」
キルスがフリッターをつまみ「美味い」と呟く。
そして黒糖酒を口に含んだ。
「お主の剣はいつできるんだ?」
「あと二、三週間というところか? 完成したらギルド総本部から連絡をくれるそうだ」
「なるほど。では、招待はその後にしよう。ローザの剣を持ってくるのだ」
「まさか、また勝負しようって……」
「当たり前だろう? 勝ち逃げはさせん」
「くそ、分かったよ」
「我が皇軍の将軍たちとも、手合わせを頼むぞ」
「マジかよ……」
「報酬は弾む」
「ちっ、好きにしろよ」
その後も酒を飲み、キルスはまたしても俺の家に泊まった。
――
翌日、キルスが帰還するため、トレーニングは休みにした。
出発の支度をしたキルスがマントを羽織る。
「キルス。帰ったらムルグスによろしく言ってくれ」
「皇帝に頼むことではないだろう。わははは」
「皇帝? あんたは俺の友人の一人だ。あっはっは」
「ふっ。マルディンよ、ムルグスには直接言うがよい」
「直接? どうやって?」
俺が言い終わったと同時に、扉をノックする音が響く。
「こんな早朝に誰だ?」
扉を開けると、そこには知った顔があった。
「マルディン。世話をかけたな」
「ム、ムルグス! な、なんでお前がいんだよ!」
「陛下からご帰還のご連絡をいただいたのだ」
ムルグスが部屋に入り、キルスの前で跪く。
「陛下、ご無事で何よりでございます。お迎えに上がりました」
ムルグスの声には怒りが含まれていた。
いや、これは相当怒ってる。
「小言は帰ってから……」
「そう怒るな。わははは」
ムルグスが立ち上がり、大きな溜め息をつく。
陛下を前にして失礼な行為ではあるが、気持ちはとてもよく分かる。
「して、陛下。マルディンとの勝敗は?」
「私の……負けだ」
「ま、まさか!」
「殺す気で行ったんだがな」
ムルグスが目を見開いて、俺に視線を向けた。
「信じられん。お前、我が国最強の剣士に勝ったのか……」
「その後の勝負は全て互角だ」
「互角ってだけでもあり得ん。世界三大剣士だぞ……」
まるで化け物を見るような目だ。
ムルグスが頭を小さく振った。
気持ちを現実に戻すかのような素振りだ。
そして、キルスに一礼した。
「陛下。町より離れた平原に、獅子の双翼を待機させております。そちらまで馬車でのご移動をお願いいたします」
「ふむ。ご苦労」
ムルグスが俺の肩に手を乗せる。
「マルディンも一緒にいいか?」
「ん? ああ、分かった。見送らせてもらうよ」
外へ出ると一台の馬車が待機していた。
馬車に乗り込むと、郊外へ向かって町道を進む。
馬車の中にいるのは、俺とキルスとムルグスの三人だ。
ムルグスが俺に視線を向けた。
「マルディン。突然だが、今後お前に仕事を頼みたい。いいか?」
「仕事? 断る」
「まあ、いいじゃないか」
「また陛下と戦えとかだろ? 嫌に決まってるだろ」
「それは私も止めたい……」
ムルグスがキルスへ嫌味でも言うかのように一瞥して、再度俺に視線を戻した。
「これは冒険者ギルドを通さない仕事だ。国家機密に触れることもある。内容はギルドハンターとあまり変わらないさ」
「いやいや、総本部が許さないだろ」
「ギルドマスターのオルフェリア殿とは話がついているんだよ。マルディンが承諾すれば構わないと仰ってくださった」
「くそっ、お前らはそうやって外堀から埋めていく」
「交渉の鉄則だ。ははは」
ムルグスはもう一度キルスに視線を向け、話の続きを頼んだとばかりに、うやうやしく頭を下げた。
「うむ、マルディン。お主はもう我が国の国民なのだ。国のためにも働いてもらおう」
「くっ。それを言われちゃ断れないだろ……」
「報酬は弾む。手厚い待遇も行うぞ?」
「わ、分かったよ。やるよ。やればいいんだろ」
キルスがムルグスに視線を向けた。
「では、ムルグスに一任する」
「ハッ! かしこまりました」
俺は渋々了承した。
どうせ断っても、様々な手段で仕事を振られるはずだから。




