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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第145話 東方から来た男3

 キルスが再度、猛烈な速度で踏み込んで来る。

 受け流すために剣を構えても、雷光の二つ名通り、自在に角度を変える剣筋。


 本来は剣筋を予測して防御するのだが、キルスが相手だとそれができない。

 そのため、俺は直撃寸前までキルスの攻撃を引きつけ、見極める。

 全神経を集中させ、人の反射神経の限界領域で雷光を受け流していた。


「どうした! 防戦一方じゃないか!」


 余裕の表情を浮かべるキルス。

 その剣撃は速く重い。

 剣を庇いながら、この雷光を受け流し続けるのも限界だ。


「くそっ! 剣がもたん!」


 キルスが剣を下段から上段に向かって振り上げた。

 俺は剣身を斜めに構え、なんとか上方へ受け流す。

 だが、同時に俺はバランスを崩し、右肩が下がってしまった。


「しまっ!」


 キルスはその隙を見逃さず、突きを放つために両手で柄を握り、一旦剣を引いた。

 それはまるで、大波が来る前の引き波だ。

 渾身の一撃が来る。


「終わりだ! マルディン!」


 キルスの身体が僅かに沈み、右足に力が入った。

 そして弓が発射されたかのように、俺の右肩めがけて稲妻のような突きを放つキルス。


「くそっ!」


 俺はあえて声を上げた。


 そう、ここまでは全て俺の思惑通りだ。

 俺は命がけで、罠を張り巡らせていた。

 この状況で隙を作れば、キルスは間違いなく乗ってくる。

 俺を追い詰め、崩したと感じただろう。


 だが、俺は試合開始から、ここまでの展開を全て作っていた。

 とはいえ、俺も余裕があったわけではない。

 今まで戦った中で、最も死に近い綱渡りだ。


「マルディン! 口だけだったようだな!」

「私の異名をお忘れで?」


 キルスの両腕が揃うこの瞬間を、俺は狙っていた。

 キルスが握る剣の柄に向かって、糸巻き(ラフィール)を発射。

 キルスの両手首と剣を巻きつけた。


「なんだと!」


 声を荒げるキルス。


 俺はそのまま腕を右に伸ばし、(フィル)を引く。

 キルスのバランスを崩し、蹴り上げるように足を払った。


 キルスは地面に倒れ、空を見上げている。


「勝負あり……ですな」


 倒れるキルスの首筋に、俺は剣を立てた。


「くっ!」


 キルスほどの達人になれば、遠距離で糸巻き(ラフィール)を発射してもかわされる。

 極限まで引きつける必要があった。


「殺し合いは私の勝ちです」


 余裕ぶって見せているが、危なかった。

 本当に紙一重だ。

 だが、俺は対人では絶対に負けないし、負けてはいけない理由がある。


「き、貴様!」

「さて、いかがなさいますか?」

「もう一本だ!」


 真剣での勝負はこれまでだ。

 俺の剣がもたないし、何よりどちらかが死ぬ。

 キルスの強さは尋常ではない。


「かしこまりました。存分にお相手しましょう。今度は糸巻き(ラフィール)なしで、お互い木剣で」

「貴様! いい度胸だな! 木剣で殺してやる!」


 キルスの目に殺意がこもっている。


「構いませぬよ。本気を出してくださらなければ、面白くないので」

「言ったな!」


 俺は糸巻き(ラフィール)を外し、木剣を握った。


 ――


「はあ、はあ。そろそろ……、日が暮れますな」

「そうだな。はあ、はあ」

「最後の剣も折れました」

「分かっておる」


 キルスが地面に腰を下ろすと、俺も同時に座り込んだ。

 俺は昨日のうちに、この場所に木剣を二十本運び込んでいた。

 だが、それが全て折れ、積み重ねた木剣が山になっている。


 キルスとの試合は何十試合したのか覚えてない。

 途中で数えるのをやめた。

 体感では結果は五分五分だ。


「まさかこの私と互角だとはな」

「数えていたのですか?」

「もちろんだ。六十四戦三十二勝三十二敗だ」

「なるほど。ところで、その試合数に最初の一戦は含めてますか?」

「ちっ。……除いておる」

「それでは、最初の一戦を含めると私の勝ちですね」

「貴様!」


 俺は立ち上がり、キルスに水筒を手渡した。


「まあ、初戦は私もなりふりかまっていられなかったので、無効で結構でございます」

「そうはいかぬ。我が国最強の剣士たる私だ。その私が負けたのだ。何でも言うことを聞いてやろう」


 水を飲むキルス。

 その表情は真剣だ。


「なるほど。では、目的は果たされたのでしょう? 宮殿へお帰りください」

「それはできぬ」

「な、なぜですか?」

「旨い魚があると聞いている。明日、案内してくれ」

「くっ……。何でも聞くという話は?」


 先程の真剣な表情から一点、キルスが笑顔を浮かべた。


「別の内容で聞こうではないか。わははは」


 俺は本気で目の前が真っ暗になった。


「何だ貴様。嫌なのか?」

「当たり前でしょう。私はただの冒険者です。皇帝陛下とは住む世界が違います」

「正直だな。そうか。貴様、ジェネス新国王に追放されたのだったな……。権力者は嫌いか」


 キルスが顎髭をさする。


「マルディン。私のことはキルスと呼べ。私はただの剣士だ。友人として接するように」

「それは命令ですか?」

「命令だ。わははは」


 友人になるのに命令なんて非常識もいいところだが、これはキルスなりの配慮だ。

 キルスは自分が気に入った相手に対し、友人として付き合おうとすると、以前ムルグスから聞いていた。


「嫌だと言ったら?」

「この訓練は、明日も明後日も続くだろう」

「くそ! やっぱり権力者は好かん!」

「まあそう言うな。わははは」


 と言いながらも、俺はキルスの豪快で裏表のない人柄に惹かれていた。

 俺は立ち上がり、服についた埃を払う。


「時と場所を選ぶが、今は……友人として接しよう。キルスよ」


 俺はキルスに手を伸ばした。

 俺の手をしっかりと掴み、笑みを浮かべながら立ち上がるキルス。


「うむ。よろしくな、マルディン」

「明日はティルコア料理を案内する。あんたは明後日に宮殿へ帰るんだ」

「分かった。では、今日はお主の家に泊めてくれ」

「は?」

「宿がないのだよ」

「宿くらい紹介するさ」

「友の家で語りたいだろう? それに、お主は独身だと聞いておる」

「くっ! やっぱり最悪だ!」

「さあ、行こう。この地には、美味い黒糖酒があるそうだな」

「ちっ! じゃあ、今日の飲み代全部出せよ! それくらい持ってるだろう? それが俺の望みだ」

「そんなことでいいのか。お安い御用だ。明日の分も全部払ってやるわ。わははは」


 結局、俺の自宅で、深夜まで飲むことになった。


 ――


 翌日、いつもより遅く起床。

 とはいえ、日の出と同じ時間だ。


 俺はトレーニングへ行く。

 もちろんキルスも一緒だ。


 午前中はトレーニングに集中した。


「さすがだな、キルス。騎士団時代でも、このトレーニングについてこれる者はいなかったよ」

「確かにこれはキツい。だが理に適ってる。皇軍でも取り入れよう」

「おいおい、ほどほどにしてやれよ」


 港の食堂で昼食を取り、一旦帰宅。

 俺は夕方まで、溜まっていた書類仕事をするつもりだ。


「あんたはリビングでくつろいでいてくれ」

「なんだ、仕事か?」

「まあな。冒険者だって書類仕事があるんだよ」

「ふむ、なるほどね。大変だな。秘書はいないのか?」

「秘書? おいおい、普通の冒険者に秘書なんていないぞ」

「お主は普通じゃないだろ? わははは」

「うるせーな!」


 冒険者でも様々な報告書や、税金関連などの手続きがある。

 俺の場合はティアーヌがやると言ってくれたが、彼女は調査機関(シグ・ファイブ)の支部長で多忙だ

 今でさえ、ギルドハンターのサポートをしてもらっているというのに、これ以上ティアーヌの仕事を増やすわけにはいかない。


 それに、自分で書類仕事をする理由がある。

 祖国とこの国では法律が違う。

 俺はまだこの地に来て一年も経っていないため、それらのことを覚えたい。

 ギルドハンターの仕事もあるし、やることは膨大だ。

 何やら考え込んでいるキルスを放って、俺は寝室の机で書類仕事を進めた。


 ――


 窓から入る日差しが赤みを帯びてきた。

 ペン立てに長い影ができている。

 日が傾いた証拠だ。


「さて、そろそろ行くか」


 リビングへ戻ると、キルスは手紙を書いていた。


「キルス、待たせてすまんな。行こうぜ」

「ああ、待ちくたびれたよ」

「すまんすまん。もう今日は用事がない。飲んで食うぞ」

「もちろんだ。このために、わざわざティルコアへ来たのだからな。わははは」


 トレーニングの日は、なるべく酒を飲まないようにしている。

 だが、今日は特別だ。

 いつもの酒場へ行き、魚料理と酒を注文した。

 

 まずは麦酒で乾杯だ。

 まさか異国の地で、異国の皇帝陛下と二人で酒を飲むとは思わなかった。

 人生分からないものである。


 酒を飲み、魚をつまみながら、冒険者のことや俺の騎士団時代の話で盛り上がった。


「わははは。お主の話は面白いぞ」

「そうか? まあ、波乱万丈な人生ではあるな」

「私も似たようなもんだ」

「確かにな。生まれた瞬間に皇帝となることが決まってるなんて、大変な人生だよ」

「だが運命として受け入れたよ。民のために身を削るのが私の使命だ」

「そうか。それがあんたの使命か。デカいな」


 キルスは良き為政者として、民衆からの支持がすこぶる高い。

 そして、意外にも失踪癖は民衆に好評だった。

 民衆たちは自国の英雄の噂話を楽しみ、吟遊詩人は伝説を歌う。


「祖国の愚王とは大違いだぜ」


 俺は麦酒を口にした。


「お主の祖国か……。現在の世界は、世界会議(ログ・フェス)世界の理と条約(ログ・ロック)で、各国とも互いに監視している。しかし、ジェネス王国は世界会議(ログ・フェス)を脱退した。どうなるのか見当もつかん」

「国民が不憫だよ」

「ふむ……。強さと頭脳。真面目で献身的。求心力もある。全てを兼ね備えているか」

「ん? 何言ってんだ?」

「お主、ジェネス王国の国王になれ。手伝ってやるぞ」

「ぶっ!」


 俺は麦酒を吐き出した。

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