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【書籍化決定】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第140話 お嬢様の小さな冒険6

 ベースキャンプに戻ると、調理はまだ途中だった。

 ティアーヌが俺に気づき、笑顔を向けている。


「おかえりなさい。大丈夫だとは思ってましたが、いくらなんでも速すぎますよ?」

「まあ、相手が弱かったんだよ」

「ふーん。そうは思えないんですけどねえ……」


 疑いの目で俺を見つめているティアーヌ。

 包丁を手に持ち、野菜を高速で切っている。

 だが、手元を見ていない。


「おいおい、目を離すなよ。危ないぞ」

「え? これくらい簡単です。それより……」


 手を止めず、周囲を見渡すティアーヌ。


「人を殺す方が難しいんですよ?」


 最後の言葉は、俺以外に聞こえないような小さな声だった。


「お、お前も大概だな……」


 料理が終わるよりも早く、暗殺者を始末してきた俺への皮肉だ。


 諜報員でAランク冒険者のティアーヌ。

 ウィルやオルフェリアも認めるほどの腕前だし、サポートとしても飛び抜けて優秀な上に、交渉事にも強い。

 これほどの人材が、どうしてこの町に来たのかよく分からない。


「マルディン! できたよ!」


 フェルリートが声を上げると、いくつもの大皿がテーブルに並べられていた。

 ベースキャンプに備え付けのテーブルは、大人数でも食事が可能だ。


「こりゃ凄いな」

「これが森のサラダ。こっちは巨兵蛙(ゴラエル)の香辛料焼き。それと黒森豚(バクーシャ)のステーキとスペアリブだよ。この四品は、森で用意した材料を使ってるよ」

「こっちの大皿は何だ?」

「それはね、皆がそれぞれ一品ずつ作ったんだ。私はハルシャ様とマルディンの好きなカレーを作ったよ」

「そうか。ありがとう」


 フェルリートが一品一品説明してくれた。


 ハルシャとフェルリート特製、水角牛(クワイ)のとろけるカレー。

 アリーシャ特製、角大羊(メリノ)の柔らか煮込み。

 リーシュ特製、茶毛猪(グーリエ)のこだわり炙り焼き。

 ティアーヌ特製、牛鶏(クルツ)の悪魔風。


 どれも旨そうだ。

 しかし、一つだけ不穏な大皿がある。

 真っ黒な湯気が立っている紫色の肉。

 ラミトワ特製、闇翼鼠(ラムース)の殺人ステーキだそうだ。


「こ、これは……」


 俺はラミトワが作った料理を見て絶句した。


「な、なんだよ! 闇翼鼠(ラムース)の肉は美味いんだぞ!」

「そ、そりゃそうだが……」

「肉はアリーシャの店で買ったんだぞ!」


 ステーキだから焼いただけなのに、なぜこんな色になるのだろうか。

 見たこともない紫色だった。


「お、お前、何をしたらこんな色になるんだよ……。それに名前がヤベーだろ」

「うるせー! 死ぬほど美味いって意味に決まってんだろ!」


 相変わらずのセンスだ。


 それよりも、これをハルシャに食べさせるつもりなのだろうか……。

 俺は頭を抱えた。


 ――


 全員がテーブルにつく。

 ロルトレがいつものようにハルシャの背後に立つと、ハルシャは振り返った。


「ロルトレ。今日の私は見習い冒険者なのよ。一緒に食事をしましょう」

「しかし、お嬢様……」

「いいじゃない。ねえ、隊長」


 ハルシャが笑顔で俺に視線を向けた。


「ああ、そうだ。全員で食べるんだ」

「か、かしこまりました」


 ロルトレがハルシャの隣りに座る。

 俺はジョッキを手に持ち、立ち上がった。


「皆、今日の作戦は大成功だ! よくやった! ささやかだがパーティーだ! 存分に飲んで食ってくれ!」

「「「はい!」」」


 娘たちが元気よく返事をした。

 もちろんハルシャも一緒だ。


「さあ、ハルシャ。自分で作った料理を味わってみろ」

「う、うん」


 ハルシャがスプーンを持つ。

 そして、毒見なしでカレーを口に入れた。


「お、美味しい……」


 フェルリートと一緒に作ったカレーを一口食べると、ハルシャの頬に一筋の雫が流れた。


「美味しい……」


 何度も呟くハルシャ。

 スプーンを運ぶ手は止まらない。

 ロルトレに視線を向けると、目頭を抑えて必死に涙を堪えていた。


「ハルシャ、いいぞ。もっと食え」

「うん」


 次々に肉を取るハルシャ。

 人が美味そうに食べてる姿を見ると、こちらまで幸せになる。

 食とは偉大だ。


 俺もそれぞれの料理を取り、堪能する。


「くうう、うめーな」


 皆が作った自慢の料理だ。

 どれも驚くほど旨い。

 だが、ハルシャの手の動きを見て、俺は即座に制止した。


「待て! 待て待て! その紫色の肉はやめとけ」

「え?」


 ラミトワのステーキに手を伸ばしていたハルシャ。


「で、でも、せっかく作ってくれたし……」


 領主という重圧から開放されたハルシャは、とても素直で優しい少女だ。


「ロルトレ。これ、毒見した方がいいんじゃないか?」

「さ、左様でございますね……」


 毒王という二つ名を持つロルトレですら、食べるのを躊躇するラミトワの肉。


「おい! 失礼だな! 大丈夫に決まってんだろ! こんなに美味いのに! まったくもう!」


 自分が作ったステーキを頬張っているラミトワ。


「そうだよな。頑張って作ってくれたしな。ありがとうよ。俺がちゃんと食べるよ」

「マジで美味しいんだぞ!」


 一口大に切った紫色の肉。

 意を決して口へ放り込んだ。


「こ、こりゃ……」


 噛めば噛むほど肉汁が溢れる。

 臭みは一切なく、濃厚で爽やかな味が広がっていく。

 複雑に絡んだ味は深みがあり、繊細なのに豪快だ。


「な、なんだこれは……。マジで旨い……」

「だろー! 私は天才なんだよ!」

「ラミトワ。この味付けはどうやったんだ?」

「えーとね。塩少々、胡椒少々、赤糸(レル)少々、爽香(タム)少々、夏種子(メルグ)少々、黒辛子(コスガ)少々」

「なるほどね。そんなに使ったのか。そりゃ複雑になるわけだ」

鮮香(パセ)少々、苦香(セジ)少々、消香(ロズマ)少々、火吹実(マイト)少々、蜜黄玉(カミュ)少々、白大柚(トルヒ)少々、椰白乳(コルナ)少々。えーとそれに……」

「ぐ、偶然の産物じゃねーか!」

「なんだと!」


 俺たちのやり取りを見て、全員が腹を抱えて笑っている。

 もちろん、ハルシャも大笑いしていた。


 予想通り騒がしい食事は続く。

 最後は、リーシュとハルシャが肉の取り合いをしていたほどだ。


 ハルシャは声を荒げ、大笑いし、腹いっぱいになるまで飯を食べていた。


 ロルトレは、その様子を涙を流し見つめている。

 俺はロルトレの肩を軽く叩いた。


「年相応の姿も、たまにはいいだろ?」

「はい……。はい……。マルディン様……。ありがとうございます」

「これが俺たちのおもてなしさ。ちょっと騒がしいがな。あっはっは」


 食事が終わり、全員で後片付けをする。

 これもハルシャにとっては初めてのことだろう。


「よし、じゃあ帰るぞ!」


 全ての片付けを終えて、俺たちはベースキャンプを出発。

 森の中を大型荷車は進む。

 何人かの娘たちは寝ているが、ハルシャはいつまでも森を眺めていた。

 笑顔の中にも、どこか寂しそうな横顔がとても印象的だった。


 ――


「マルディン、着いたよー」

「ありがとう、ラミトワ」


 迎賓館に到着。

 俺とハルシャとロルトレは、ここで降りる。


「皆、すまんがあとを頼んだぞ」


 全員が頷いてくれた。


 ハルシャは迎賓館の入口へ向かう。

 だが、突然立ち止まり、振り返った。


「あの!」


 ハルシャは頬を淡く染め、両手の指を身体の前でそっと絡めながら、小さく身じろぐ。

 照れた仕草の中に、仲間への感謝、別れの寂しさ、領主としての立場が見て取れる。


「み、皆さん。今日は……、ありがとうございました。ま、またいつか……、一緒にクエストへ行ってくれますか?」

「もちろんです。ハルシャ様は私たちパーティーの一員ですから。フフフ」


 アリーシャが答えた。


「今度はまた別のお料理をしましょう!」


 笑顔を向けるフェルリート。


「次は負けません!」


 肉を取られたことを根に持っているリーシュ。


「弓の才能は隊長以上ですからね」


 ティアーヌが悪戯な笑顔を浮かべていた。


「次はもっと美味しい殺人ステーキを用意します!」


 ラミトワの発言で大笑いしたハルシャが、指でそっと涙を拭う。

 それが笑った涙なのか、楽しかった涙なのか、寂しさの涙か分からないが、詮索するのは野暮というもの。


 俺はハルシャの背中に手を回した。


「……ハルシャ様。お部屋に戻りましょう」

「う、うん……」


 隊長ごっこも終わりだ。

 俺も任務に戻る。


 ハルシャは最後に全員を見渡した。


「皆、ありがとう」


 全員に対し、丁寧にお辞儀をするハルシャ。

 領主代理としては考えられない行動だが、彼女本来の性格と本心が垣間見えて、俺は感動していた。


 人の上に立つ者は、こうあるべきだ。

 十二歳ですでに、民に慕われる領主としての片鱗を見せているハルシャだった。

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