第137話 お嬢様の小さな冒険3
翌日、朝からハルシャは学校や病院を視察。
昨日のロルトレの話を聞いてから、俺はハルシャの見方が変わっていた。
「この町は老人が多いのね」
「ええ、以前は寂れた田舎町でしたからね。あっはっは」
「その割に、子世代が少ないようだけど?」
「数年前まで、若い世代の流出が多かったと聞き及んでます」
「若い世代は都会へ行くものね」
若い世代と言うが、この娘は十二歳の少女だ。
完全に領主としての目線で視察している。
「ですが、現在は転入者が多く、若い世代の人口も大きく増えてます。出生率も上がるでしょう。この町はこれから爆発的に発展しますよ」
「そんなの分かってるわよ。おじさんはすぐに知識を披露するんだから」
「それが『おじさん』という生き物です。あっはっは」
俺を見るハルシャの表情は、まるで森のモンスターを見るようだ。
呆れたように息を吐くハルシャ。
「……学校や病院の寄付もこれまで通りよ」
「ありがとうございます」
学校を視察した際は、同世代の子どもたちの姿を見ている表情が、どこか羨ましそうだった。
無理もない。
命を狙われながらも、必死に領主の振る舞いをしているが、本来は生き物好きの少女だ。
それでも自分の役目を理解し、しっかりと視察をこなすハルシャに、俺は敬意を持ち始めていた。
俺自身も、自分の役目を理解している。
今朝から不穏な気配を感じ取っていた。
敵陣営が放った暗殺者だろう。
どうやら、このハルシャを監視しているようだ。
とはいえ何事もなく、三日目、四日目も無事に視察は終了。
四日目に視察した図書館では、特に興味を示すハルシャだった。
「本は大切よ。様々な知識を得られるもの」
「ハルシャ様も本を読まれるのですか?」
「え、ええ、もちろんよ。私は歴史や経済学を勉強してるわ」
「生物学などは読まれないのですか?」
「そ、そんな本は……。りょ、領主には必要ないもの。私は読んでないわ」
「なるほど。まあでも、生物学やモンスター事典などは子供に人気ですからね。本を読むきっかけになるかもしれません。あっはっは」
「マルディンの言う通りよ。だけど、この図書館は生物などの書物が少ないようね。寄付はこれまで通り行うから、そういった子どもたちが興味を持つような本を入れさせなさい」
子供たちというか、自分の興味だろう。
強がるハルシャが微笑ましかった。
「それに、この町はこれから子供が増えるのよ。マルソル内海とカーエンの森には危険な生物だってたくさんいるのだから、本を読んで知識を得ることが重要よ」
「仰る通りです」
しっかりと理屈も通す。
本当に賢いお嬢様だ。
――
この視察で唯一の休息日となる五日目を迎えた。
俺は自室で朝食を取る。
食後の珈琲を飲んでいると扉をノックする音が響き、ロルトレが部屋に入ってきた。
「マルディン様、おはようございます」
「おはよう、ロルトレ。今日は予定通りでいいかな?」
「はい。ありがとうございます。お願いいたします」
俺はこの日のために準備をしていた。
ロルトレには計画を伝え、全ての許可を得ている。
「そういえば、望まない来客もあるな」
「はい。私も感じておりました」
「ギルドの調査機関に頼んで、情報屋に情報を流してもらっている。恐らく今日狙ってくるだろう」
「承知いたしました。私はすでに裏稼業からは引退している身。ですが、気を引き締めて対応いたします」
「まあ最大の目的は、ハルシャ様に楽しんでいただくことだ。ロルトレはそっちに気を使ってくれ。暗殺者の対応は俺の仕事だよ」
ロルトレが頭を深く下げる。
ハルシャを守るという使命感が強いロルトレだが、引退して十年近く経てば厳しいだろう。
「さて、おもてなしの開始といこうか」
「よろしくお願いいたします。私は準備をしてまいります」
俺はハルシャの部屋を訪れた。
「ハルシャ様、本日は私が町をご案内いたします」
「はあ? 今日は休息日でしょう。ロルトレを呼びなさい」
「ロルトレ殿からは許可を得ております」
「休息日と言っても私は部屋で仕事をするの。重要な決算報告書を確認するのよ。それに、読みたい本だってあるんだから」
「世の中、本だけでは分からないこともあるのですよ」
「はあ。これだからおじさんは嫌いなの。すぐに自分の意見を押しつける」
「まあまあ、そう言わずに」
「あのねえ。私の仕事がどれほどの利益を生むか分かってるの?」
大人びた発言が、逆に微笑ましい。
俺は姿勢を正し一礼した。
「もちろんです。ですが、これから経験することは、お嬢様にとって大きな利益です。経験しないと機会損失となります」
「もし私が満足しなかったら、それこそ損失でしょう?」
「その時は、私のことをお好きなようになさってください」
「ふう。おじさんなんていらないけど、そこまで言うのなら仕方ないわね。分かったわ。どうすればいいの?」
「こちらにお着替えください」
俺はメイドの一人に袋を手渡す。
中には開発機関のリーシュに用意してもらった服が入っている。
この服は動きやすく丈夫な革の生地で、素材採取などの軽いクエストで使われることが多い開発機関の人気商品だ。
俺は一旦部屋を出て、ハルシゃの着替えを待つ。
しばらくして、メイドに呼ばれ部屋に入った。
「いいじゃないですか! とてもお似合いです!」
「そ、そうかしら……」
「冒険者みたいですね。あっはっは」
「ぼ、冒険者?」
「ええ。まさに冒険者です。お嫌いでしたか?」
「べ、別に……」
ハルシャはそっぽを向き、頬を赤らめていた。
「それでは行きましょう」
「行くって……どこへ?」
着替え終わったハルシャと迎賓館を出ると、正面玄関には予定通りギルドの大型荷車が待機していた。
「お迎えに上がりました! ハルシャ様!」
御者席に座るラミトワが、元気な声でハルシャを迎えてくれた。
続いてアリーシャが、座席から優雅に手を差し出す。
「ハルシャ様。お乗りください」
「え? こ、これに?」
「左様でございます」
ハルシャが困惑した表情でロルトレに視線を向ける。
すると、ロルトレは微笑みながら頷いた。
「わ、分かったわ」
緊張の面持ちで乗車するハルシャ。
「「「お待ちしておりました! ハルシャ様!」」」
車内ではフェルリート、ティアーヌ、リーシュが笑顔でハルシャを出迎えた。
「え? あ、あの……」
困惑するハルシャをよそに、俺とロルトレは後部の荷台に乗り込んだ。
そして、座席に座る全員を見渡す。
「全員準備はいいか!」
「「「はい!」」」
皆が返事をするも、ハルシャだけは状況を理解できない様子だ。
俺はハルシャを見つめる。
「ハルシャ様は、これから俺のパーティーに入る。いいか、今日は命がけの狩りだ。見習い冒険者として、先輩たちの足を引っ張らないように」
「え? 命がけ? 見習い冒険者? ど、どういうこと?」
「返事は『はい』だ。それ以外認めん」
「な、なにふざけてるのよ。バカじゃないの」
「いいかお前ら! 上司の命令は絶対だ!」
「「「はい!」」」
ハルシャ以外の娘たちが、大きな声で返事をした。
「え?」
ハルシャは何度も首を振り、周囲を見ている。
「ハルシャ様! 返事はどうした!」
「あ、あの……」
「返事は!」
「……は、はい」
ハルシャはうつむきながら、頬を赤く染め、小さな声で返事をした。
「よし! それでは出発だ!」
「「「「おー!」」」
元気に明るく返事をする娘たち。
突然の計画だったにもかかわらず、こんなにも楽しそうに協力してくれている。
俺は本当に良い仲間を持ったと思う。
娘たちには感謝しかない。




