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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第137話 お嬢様の小さな冒険3

 翌日、朝からハルシャは学校や病院を視察。

 昨日のロルトレの話を聞いてから、俺はハルシャの見方が変わっていた。


「この町は老人が多いのね」

「ええ、以前は寂れた田舎町でしたからね。あっはっは」

「その割に、子世代が少ないようだけど?」

「数年前まで、若い世代の流出が多かったと聞き及んでます」

「若い世代は都会へ行くものね」


 若い世代と言うが、この娘は十二歳の少女だ。

 完全に領主としての目線で視察している。


「ですが、現在は転入者が多く、若い世代の人口も大きく増えてます。出生率も上がるでしょう。この町はこれから爆発的に発展しますよ」

「そんなの分かってるわよ。おじさんはすぐに知識を披露するんだから」

「それが『おじさん』という生き物です。あっはっは」


 俺を見るハルシャの表情は、まるで森のモンスターを見るようだ。

 呆れたように息を吐くハルシャ。


「……学校や病院の寄付もこれまで通りよ」

「ありがとうございます」


 学校を視察した際は、同世代の子どもたちの姿を見ている表情が、どこか羨ましそうだった。

 無理もない。

 命を狙われながらも、必死に領主の振る舞いをしているが、本来は生き物好きの少女だ。

 それでも自分の役目を理解し、しっかりと視察をこなすハルシャに、俺は敬意を持ち始めていた。


 俺自身も、自分の役目を理解している。

 今朝から不穏な気配を感じ取っていた。

 敵陣営が放った暗殺者だろう。

 どうやら、このハルシャを監視しているようだ。


 とはいえ何事もなく、三日目、四日目も無事に視察は終了。

 四日目に視察した図書館では、特に興味を示すハルシャだった。


「本は大切よ。様々な知識を得られるもの」

「ハルシャ様も本を読まれるのですか?」

「え、ええ、もちろんよ。私は歴史や経済学を勉強してるわ」

「生物学などは読まれないのですか?」

「そ、そんな本は……。りょ、領主には必要ないもの。私は読んでないわ」

「なるほど。まあでも、生物学やモンスター事典などは子供に人気ですからね。本を読むきっかけになるかもしれません。あっはっは」

「マルディンの言う通りよ。だけど、この図書館は生物などの書物が少ないようね。寄付はこれまで通り行うから、そういった子どもたちが興味を持つような本を入れさせなさい」


 子供たちというか、自分の興味だろう。

 強がるハルシャが微笑ましかった。


「それに、この町はこれから子供が増えるのよ。マルソル内海とカーエンの森には危険な生物だってたくさんいるのだから、本を読んで知識を得ることが重要よ」

「仰る通りです」


 しっかりと理屈も通す。

 本当に賢いお嬢様だ。


 ―― 


 この視察で唯一の休息日となる五日目を迎えた。

 俺は自室で朝食を取る。


 食後の珈琲を飲んでいると扉をノックする音が響き、ロルトレが部屋に入ってきた。


「マルディン様、おはようございます」

「おはよう、ロルトレ。今日は予定通りでいいかな?」

「はい。ありがとうございます。お願いいたします」


 俺はこの日のために準備をしていた。

 ロルトレには計画を伝え、全ての許可を得ている。


「そういえば、望まない来客もあるな」

「はい。私も感じておりました」

「ギルドの調査機関(シグ・ファイブ)に頼んで、情報屋に情報を流してもらっている。恐らく今日狙ってくるだろう」

「承知いたしました。私はすでに裏稼業からは引退している身。ですが、気を引き締めて対応いたします」

「まあ最大の目的は、ハルシャ様に楽しんでいただくことだ。ロルトレはそっちに気を使ってくれ。暗殺者の対応は俺の仕事だよ」


 ロルトレが頭を深く下げる。

 ハルシャを守るという使命感が強いロルトレだが、引退して十年近く経てば厳しいだろう。


「さて、おもてなしの開始といこうか」

「よろしくお願いいたします。私は準備をしてまいります」


 俺はハルシャの部屋を訪れた。


「ハルシャ様、本日は私が町をご案内いたします」

「はあ? 今日は休息日でしょう。ロルトレを呼びなさい」

「ロルトレ殿からは許可を得ております」

「休息日と言っても私は部屋で仕事をするの。重要な決算報告書を確認するのよ。それに、読みたい本だってあるんだから」

「世の中、本だけでは分からないこともあるのですよ」

「はあ。これだからおじさんは嫌いなの。すぐに自分の意見を押しつける」

「まあまあ、そう言わずに」

「あのねえ。私の仕事がどれほどの利益を生むか分かってるの?」


 大人びた発言が、逆に微笑ましい。

 俺は姿勢を正し一礼した。


「もちろんです。ですが、これから経験することは、お嬢様にとって大きな利益です。経験しないと機会損失となります」

「もし私が満足しなかったら、それこそ損失でしょう?」

「その時は、私のことをお好きなようになさってください」

「ふう。おじさんなんていらないけど、そこまで言うのなら仕方ないわね。分かったわ。どうすればいいの?」

「こちらにお着替えください」


 俺はメイドの一人に袋を手渡す。

 中には開発機関(シグ・ナイン)のリーシュに用意してもらった服が入っている。

 この服は動きやすく丈夫な革の生地で、素材採取などの軽いクエストで使われることが多い開発機関(シグ・ナイン)の人気商品だ。


 俺は一旦部屋を出て、ハルシゃの着替えを待つ。

 しばらくして、メイドに呼ばれ部屋に入った。


「いいじゃないですか! とてもお似合いです!」

「そ、そうかしら……」

「冒険者みたいですね。あっはっは」

「ぼ、冒険者?」

「ええ。まさに冒険者です。お嫌いでしたか?」

「べ、別に……」


 ハルシャはそっぽを向き、頬を赤らめていた。


「それでは行きましょう」

「行くって……どこへ?」


 着替え終わったハルシャと迎賓館を出ると、正面玄関には予定通りギルドの大型荷車が待機していた。


「お迎えに上がりました! ハルシャ様!」


 御者席に座るラミトワが、元気な声でハルシャを迎えてくれた。

 続いてアリーシャが、座席から優雅に手を差し出す。


「ハルシャ様。お乗りください」

「え? こ、これに?」

「左様でございます」


 ハルシャが困惑した表情でロルトレに視線を向ける。

 すると、ロルトレは微笑みながら頷いた。


「わ、分かったわ」


 緊張の面持ちで乗車するハルシャ。


「「「お待ちしておりました! ハルシャ様!」」」


 車内ではフェルリート、ティアーヌ、リーシュが笑顔でハルシャを出迎えた。


「え? あ、あの……」


 困惑するハルシャをよそに、俺とロルトレは後部の荷台に乗り込んだ。

 そして、座席に座る全員を見渡す。


「全員準備はいいか!」

「「「はい!」」」


 皆が返事をするも、ハルシャだけは状況を理解できない様子だ。

 俺はハルシャを見つめる。


「ハルシャ様は、これから俺のパーティーに入る。いいか、今日は命がけの狩りだ。見習い冒険者として、先輩たちの足を引っ張らないように」

「え? 命がけ? 見習い冒険者? ど、どういうこと?」

「返事は『はい』だ。それ以外認めん」

「な、なにふざけてるのよ。バカじゃないの」

「いいかお前ら! 上司の命令は絶対だ!」

「「「はい!」」」


 ハルシャ以外の娘たちが、大きな声で返事をした。


「え?」


 ハルシャは何度も首を振り、周囲を見ている。


「ハルシャ様! 返事はどうした!」

「あ、あの……」

「返事は!」

「……は、はい」


 ハルシャはうつむきながら、頬を赤く染め、小さな声で返事をした。


「よし! それでは出発だ!」

「「「「おー!」」」


 元気に明るく返事をする娘たち。

 突然の計画だったにもかかわらず、こんなにも楽しそうに協力してくれている。

 俺は本当に良い仲間を持ったと思う。

 娘たちには感謝しかない。

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