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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第134話 独身おっさんの心得

 翌日、俺はティアーヌとの待ち合わせへ向かう。


「ん?」


 広場の噴水の前で、黒のワンピースを着た女性が立っている。


 心地良い海風が吹くと、金色の長髪が揺れ、ロングスカートの裾が優雅になびく。

 その姿に、道行く男たちが振り返っていた。


「マルディンさん!」

「お、おお。待たせたな」

「いえ、私が早く着きすぎたんです。ふふ」


 ティアーヌだった。

 いつものタイトな仕事着とは違い、今日はとても女性らしい服装だ。


「一瞬誰だか分からなかったよ」

「え? どういう意味ですか?」

「スカート姿は初めて見るが、似合ってるじゃないか。驚いたよ」

「あ、ありがとうございます」


 ティアーヌが、少し顔を赤らめた。

 やはり、ティアーヌにとって冬服は暑いのだろう。

 女性のお洒落も大変だ。

 だからこそ、俺は心得ている。


 女性の服は褒めるということを。


 これは祖国で習った。

 若い頃はこれを知らず、大変な目にあったものだ……。


 ――


 さっそく二人で繁華街へ向かい、男性用の服飾店へ入る。

 簡素な服から、高級な服まで品揃えは豊富だ。


「マルディンさんの冬服を選びましょう」


 本来は、冬になっても夏服だった俺たち二人で、冬服を買うという話だった。

 しかし、ティアーヌはすでに冬服を購入済みだ。

 俺はまんまとティアーヌにしてやられた。


「マルディンさん、これなんていかがですか?」

「お、いいね」

「こっちもいいですね」

「うん。いいな」


 俺は女性との買い物は初めてではない。


「もう! 全部いいって言うじゃないですか!」

「ああ、ティアーヌが選んだものは全部いいからな」


 ティアーヌの顔が少し赤らむ。

 店内が暑いのかもしれない。


「え? あ、あの……」

「せっかく選んでくれたんだ。全部買うよ。ありがとう」


 俺は心得ている。


 女性が選んでくれた服は、全て買うべきだということを。


「そ、そんな無理しなくても」

「無理? するわけないだろう。ティアーヌが選んでくれた服だぞ。嬉しいから全部買うんだ」


 もちろん、これは本心でもある。

 俺のようなおっさんのために、若い娘が服を選んでくれるだけで目頭が熱くなる。

 歳を取ったせいか、最近はどうも涙もろい。


 厚手のシャツやズボンなど何点か購入した。

 それでも金額は、金貨一枚にも満たない。


「ティアーヌは買わなくていいのか?」

「はい。私は先日、買いましたからね」

「選んでくれたお礼に、なんか買ってやろうか?」

「ありがとうございます。でも、この後のレストランのお支払いがありますから。フフ」

「ん? この町で最も高級なレストランとはいえ、二人分なんてたいしたことないぞ。そんなの気にするな。あっはっは」


 流れでご馳走することになったが、普段からティアーヌには大変世話になっている。

 感謝の意味も込めて、好きなものを好きなだけ食べてもらうつもりだ。

 そのために、金は多めに持ってきた。

 俺は心得てる。


 女性に奢ると決めた時は、一切の躊躇をしないことを。


「どうする? もうこのままレストランへ向かうか?」

「そうですね。予約もしてありますし、そろそろ良い時間ですので行きましょう」


 服飾店を出て、ティアーヌと二人で繁華街を歩く。

 やはり道行く男たちが振り返るが、ティアーヌは特に気にせず、俺の隣で歌を口ずさんでいた。


「マールディン!」


 突然、背後から名前を呼ばれた。

 振り返ると知った顔がある。

 いや、知ってはいるが、少し様子が違う。


「ん? フェルリートか」


 声をかけてきたのはフェルリートだ。


 今日は珍しく、白いレースが刺繍された長袖ブラウスを着ている。

 そして、裾がふわりと広がった白いスカートは、薄赤色の花柄がとても印象的だ。

 どこぞのお嬢様かと思った。


「どうしたんだ? そんな可愛らしい服を着て」

「どうしたって、マルディンが呼んだんでしょ?」

「ん? そ、そうだったな。あっはっは」


 意味は分からないが、俺は瞬時に話を合わせた。

 俺は心得ている。


 女性の話は、迷わず肯定することを。


「マルディン。今日はありがとうございます」

「アリーシャか」


 フェルリートと一緒にいたアリーシャが、俺の腕に触れた。


「アリーシャは清楚な服だな。うん、似合ってるぞ」

「ありがとうございます。フフフ」


 ティルコアの海のような、翠玉色のワンピースだ。

 アリーシャの明るい金色の長髪が、翠玉色をより際立たせる。


 だんだん読めてきた。


「なるほどね……」


 ということは、あのうるさいのもいるはずだ。


「おい、おっさん! 来てやったぞ!」


 予想通りラミトワだ。


 長袖のシャツにボウタイ。

 半ズボンはサスペンダーで吊るしている。

 まるでパーティーに参加する貴族の子息のようだ。


「ラミトワは凛々しいな。いいじゃないか」

「分かってるな! おっさん!」


 男の子っぽいと思ったが、そこはしっかりと褒める。

 ラミトワは黙っていれば可愛らしい。

 ただ、服のセンスはどうかと思うが。


「マルディンさん! 本日はお招きいただき、ありがとうございます!」


 さらにリーシュの姿もあった。


「おお、リーシュは大人っぽいな。綺麗じゃないか」

「へへ。頑張ってお洒落してきました! 今日は周りが凄いですから」


 いつもの大きなメガネを外しているリーシュ。

 光沢のある民族衣装を着ており、タイトなロングスカートには膝までスリットが入っている。

 この中で最も若いリーシュは、最も大人っぽい印象だ。


 俺はティアーヌに視線を向けた。

 この面子が、ティアーヌによって集められたのは明白だ。


「ふふ。両手に花どころじゃないですね」


 笑顔で俺を見つめているティアーヌ。

 だが、俺くらいの大人になると、些細なことでは動じない。


「今日は六人で飯か?」

「フフ。もう一人ですよ」


 ティアーヌが答えると、他の娘たちが俺に視線を向けた。

 いや、視線は俺の背後に向かっている。


「マルディン」


 俺の名を呼びながら、肩を叩く女。

 この声は間違いない。


「レイリアか」


 振り返ると、薄っすらと化粧をしたレイリアが立っていた。

 他の娘たちも見惚れるほど、圧倒的な美しさを誇るレイリア。

 さすがというか、相変わらずというか。

 レースが刺繍された長袖のシャツに、薄桃色のロングスカートを合わせている。

 普段着に近いのだが、レイリアが着るとドレスに見えるほどだ。

 町行く人は、完全に足を止めて見ていた。


「ティアーヌさんから連絡をいただいたの。でも、若い娘たちばかりだから、お断りしたんだけどね……」

「いや、よく来てくれたな。嬉しいよ」


 レイリアが、俺の耳にそっと顔を近づけた。


「あなた。その様子だと知らなかったようね」

「な、何のことかな?」

「ウフフ。そういうことにしておいてあげるわ」


 ティアーヌが両手を叩いた。


「皆さん、本日はお集まりいただき、ありがとうございます! この町で最も有名なレストランを予約しました! 普段から皆さんにお世話になっているということで、今日はマルディンさんがご馳走してくれます!」


 娘たちが一斉に拍手する。

 ラミトワなんて「一番高いものを食ってやる!」と息巻いていた。


 全員でレストランへ向かう。

 すれ違う男たちが振り返るのは言うまでもない。


 俺は歩きながら、ティアーヌに近づいた。


「それにしても、昨日の今日でよく集めたな」

「もし後でバレたら、マルディンさんが恐ろしい目に合うんじゃないかなって思ったんです。だったら先に伝えた方がいいと思って、マルディンさんの奢りだということで、皆さんにお声がけしました。勝手なことをして、ごめんなさい」

「なんで謝るんだ? むしろ余計な気を使わせたな。ありがとう」

「私も金貨を持ってきてますので、半分出しますね」

「おいおい、いらねーって。そもそも、今日はお前にレストランを楽しんでもらうんだ。気にするな」


 ティアーヌの頬が紅潮したように見えたが、西日が反射しているのだろう。

 ちょうど夕焼けの時間帯だ。


 すると、ティアーヌが咳払いした。


「え、えーと……。ラーニャさんがいなかったのは残念ですね」

「そ、そうだな。残念だったな」


 ラーニャは支部長会議で皇都へ出張中だ。

 正直、ラーニャはいなくて良かったと思っている。

 ラーニャに酒が入ると、地獄を見るから……。


「ティアーヌ。お前もこの町に来て間もないんだ。皆と仲良くやってくれ」

「はい。ありがとうございます。あの、マルディンさん」

「ん? どうした?」

「私、この町に来て本当に良かったです!」


 ティアーヌが満面の笑みを浮かべた。

 美しくも若々しい笑顔だ。


 結局、俺と六人の女性で食事をすることになった。

 まあでも、騒がしい食事は嫌いじゃない。

 それに俺は知っている。


 この娘たちは、本当に素晴らしいということを。

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