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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第132話 老人と犬6

 トーラムの葬儀から一週間が経過。

 ポルコは完全に俺の家に居座っている。


「お前、マジでうちに住むのかよ」

「バウ!」

「まあ……別にいいけどな」

「バウバウ!」

「散歩に連れてけって? 偉そうに。今から行くっての」

「バウ!」


 今日も朝からポルコの散歩へ行く。

 ポルコはいつもと同じ道を歩き、いつもと同じ行動を取る。

 その様子が可笑しい。

 毎日同じ行動で飽きないのだろうか。


 海岸沿いを歩くと、ポルコは海に向かって吠えるようになった。


「バウバウ! バウバウ!」


 トーラムに話しかけているのだろう。


「トーラムはなんだって?」

「バウバウ!」

「そうか。良かったな。さ、行くぞ」

「バウ!」


 朝日を反射して黄金色に輝く海。

 トーラムが眠る海を眺めながら町道を歩いていると、前方から黒い服を着た女性が歩いてきた。

 この町では見かけない顔だ。


「バウバウ! バウバウ!」


 ポルコが突然吠えたと思ったら、女性に向かって走り出した。


「おい! ポルコ!」

「あの、マルディンさんですか?」

「ええ、そうですけど……」


 ポルコが尻尾を振って女性の足に絡みつく。

 女性の年齢は俺よりも年上だろう。

 初めて見る顔だ。


「漁師ギルドへ行ったら、マルディンさんのお話を伺いました」

「漁師ギルドで?」

「あの、父が……生前、お世話になりました」

「父って。まさか……」

「はい。トーラムの娘のミーレと申します」


 ミーレと名乗る女性が、地面に両膝をついた。


「ポルコ。私を覚えてる?」

「バウ!」


 ミーレに擦り寄り、尻尾を振るポルコ。

 ミーレは膝の汚れも気にせず、ポルコを抱きしめた。


「ごめんね。今まで本当にごめんね」

「バウバウ!」


 ミーレの顔を何度も舐めるポルコ。


 俺はミーレとポルコに歩み寄る。

 人に懐かない頑固者のポルコが、嬉しそうな表情を浮かべていることに驚いた。


「マルディンさんは、父と仲が良かったようで」

「仲が良いなんてそんな……。だけど、漁師として……。いや、人間として尊敬してました」

「父を? あ、ありがとうございます」


 ポルコの頭をさすりながら、ミーレが立ち上がった。


「父は厳しかったけど、それは仕事に対してで……。とにかく仕事一筋の人でした。母はそれに耐えられなくて、私を連れて母の故郷のイーセ王国へ移住したんです」

「そうだったんですね。失礼ですが、今は?」

「私も結婚して、家庭を持ち、イーセ王国で暮らしています。実は、父の死を知らせる連絡が来たんです」

「え? 死亡通知が? どこから届いたんですか?」

「それが、この国の皇軍から来たんです。だから驚いちゃって。父が軍隊に入ったのかと思ったから」

「皇軍? どういうことだ?」


 状況を考えていると、ポルコの耳が何かを察知したように動いた。

 そして、道の先に現れた人影に駆け寄る。


「バウ!」

「ポルコ、おはよう。ウフフ」


 人影の正体はレイリアだった。

 レイリアに尻尾を振るポルコ。


「マルディン、ちょうど良かったわ。あなたの家に行こうと思ってたのよ。ポルコの様子が気になってね」


 ポルコの頭をさすりながら、レイリアがこちらに向かって歩いてくる。


「もしかして、レイリア?」


 ミーレが手で口を塞ぎ、驚いた様子で声を出した。


「ミーレさん!」

「久しぶりね。レイリア」

「来てくれたのね! 嬉しいわ!」

「あなた、やっぱり綺麗になったわね」


 レイリアの声色は特に驚いた様子もなく、むしろミーレが来ることを知っていたかのようだ。


「ミーレさんに死亡通知が届いたのね。良かったわ」


 レイリアは完全に状況を把握している。


「お前、何か知ってるのか?」

「ええ、ティアーヌさんに頼まれて、死亡診断書を渡したのよ」

「なるほどね。全部ティアーヌが手配していたのか。さすがだな。あとで礼を言っておくよ」

「ええ。お願いね」


 レイリアがミーレに視線を向けた。


「ミーレさん、元気だった?」

「ええ、元気だったわ。今では私も一児の母よ」

「へえ、結婚したのね」

「父に孫の顔を見せたかったのだけど、なかなか難しくてね」

「おばさんは元気?」

「母は……今年の夏に亡くなったわ」

「そ、そっか」

「ようやく自由な時間が取れるようになったから、息子を連れて父に会いに行こうと思ったのだけど……」


 その後は場所を移し、トーラムの最後を伝えた。


 ――


 ミーレは数日間ティルコアに滞在し、トーラムの遺品を整理。

 俺も可能な限り手伝った。


「元々、ポルコは私のワガママで飼うことになったんです。父は『生き物を飼うことは命を知ることだ』って、許してくれて……。だけど母は飼った後もずっと怒っていて、家を出る時にポルコを連れて行くことを許してもらえなくて……」

「バウ!」

「ポルコ、本当にごめんなさい」

「バウバウ!」


 ミーレがポルコに抱きつく。


「あの、マルディンさん。もしよければ、ポルコを引き取りたいのですが……。よろしいでしょうか……」

「引き取るもなにも、ポルコはミーレさんの家族ですよ。俺は少しだけ面倒を見ただけです。ポルコだってミーレさんの元がいいに決まってますよ。なあ、ポルコ」

「バウ!」

「だそうですよ、あっはっは」


 丁寧に頭を下げるミーレ。


「あ、ありがとうございます」


 涙をためた瞳で、優しい笑みを見せていた。


 ――


 今日はミーレの帰国日だ。

 ミーレとポルコを見送るため、俺とレイリアはティルコア駅へ足を運ぶ。


「そろそろ、馬車が来るわね」


 レイリアの言葉を聞いた俺は、片膝をつきポルコの頭を撫でた。


「ポルコ、元気でな」

「バウ!」

「ちゃんとミーレさんの言うことを聞くんだぞ」

「バウバウ!」


 とうとう馬車が来てしまった。

 俺は立ち上がり、ミーレに視線を向ける。


「ミーレさん。お元気で」

「マルディンさん。本当にお世話になりました」

「俺が言うべきことじゃないと思うんですけど……。ポルコをよろしくお願いします」

「はい。あの……、またいつか、ポルコと一緒に会いに来てもいいですか?」

「も、もちろんです! 待ってます!」


 ミーレと別れの挨拶を交わすと、二人は馬車乗り場へ歩き出す。

 俺はただ、二人の後ろ姿を眺めていた。


「バウ!」


 突然ポルコが振り返り、一直線に走り出した。


「バウバウ!」

「ポルコ!」

「バウ!」


 俺の胸に飛びつくポルコ。


「クウゥゥン」


 俺に抱えられ、ポルコが甘えた声を出す。


「バウ!」

「お前……」

「バウ! バウバウ!」

「は? お前こそ、魚ばかりじゃなくて野菜も食えよ」

「バウバウ! バウ! バウバウ!」

「うるせーな! お前に心配されなくても俺は大丈夫だっつーの!」

「バウ! バウバウ!」

「ああ、ありがとう。俺も……楽しかったよ」

「バウバウ!」

「もちろんだ。お前も元気でな」

「バウ!」


 俺はそっとポルコを地面に下ろす。

 ポルコは颯爽とミーレの元へ走っていった。


 ミーレが頭を下げ、ポルコと馬車に乗り込む。

 そして馬車は出発した。


「行っちゃったわね」

「そうだな……」 

「でも本当に、ミーレさんが元気で良かったわ。あそこの家庭はトーラムさんが厳しいというより、おばさんが……」


 俺はレイリアの肩に手を置いた。


「俺は人の家庭の事情に首を突っ込まんよ」

「そっか。そうよね。やっぱり、あなた優しいわね」


 駅を後にし、俺たちは町道を歩き始めた。


「ねえ、マルディン。犬飼う?」

「いや……、犬はもういいよ……」


 腕を背中で組み、腰を曲げ、俺の顔を下から覗き込むレイリア。


「泣いてるの?」

「な、泣いてねーよ」

「仕方ないわね。今日は付き合ってあげるわ。泣いていいわよ」

「な、泣いてねーし! 一人で大丈夫だっつーの!」

「強がんないの。ほら、あなたの家で、ポルコが好きだった魚料理を作ってあげるから」


 笑顔を見せるレイリア。


「俺はポルコじゃねー!」

「うふふ。やっぱり犬を飼いたいわ。あなたが不在の時は、私が面倒見るの」

「嫌だね」

「ねえ、いいでしょ」

「嫌だ!」


 自宅に向かって町道を歩く。


「バウバウ!」


 聞き覚えのある犬の鳴き声が聞こえた。


「ポルコ!」


 俺は即座に振り返る。


「チェル! お願い、言うことを聞いて!」

「ははは。チェルは頑固だからな」

「お父さん! 笑ってないで手伝ってよ!」

「バウバウ!」

「もう! チェル! 行くよ!」


 小さな女の子が、大きな犬を引っ張っている。

 ポルコとは似ても似つかない、美しくて凛々しい犬種だ。

 隣にいる父親が、娘たちを優しく見つめていた。


 俺にはこの様子が、トーラムとポルコとミーレに重なって見えた。


「元気でな。ポルコ」


 ポルコなら、どこでもたくましく生きていくだろう。

 あの食い意地の張った頑固者なら。

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