第125話 おっさんと娘たち1
南国の港町ティルコア。
この地は、あまりにも日差しが強いため、夏の間は長袖を着て肌を守っていた。
だが、秋も深まると気温は下がり、日差しも弱まる。
とはいえ、俺は未だに夏用の長袖シャツで十分だ。
「祖国に比べたら、天国のように暖かいからな」
俺は朝から調査機関へ向かっていた。
繁華街の路地裏にある事務所に到着。
「マルディンさん、おはようございます」
「おはよう、ティアーヌ」
「すみません。お疲れのところ呼び出してしまって」
「いや、構わんよ」
ティアーヌはいつものように、白い長袖シャツに黒いタイトなズボンを合わせている。
俺と同じようにまだ夏服だ。
ティアーヌも北国出身だから、まだ冬服を着るまでもないのだろう。
「色々と手続きが溜まってしまって」
「手続き?」
「はい。まずは糸巻きの特許の件なんですが……」
糸巻きの特許に関して、イレヴスの開発機関支部長グラントが対応してくれていたが、そういった手続きは全てティアーヌが引き継いでくれた。
正直助かっている。
「実はラルシュ工業の造船部門が、特許を買い取りたいと言ってきたんです」
「買い取り?」
「はい。ですが、これは断りました」
「断った?」
「はい。長い目で見ると、使用料を受け取った方が有利なんです。でも、ラルシュ工業は諦めずに、今度は独占契約を希望してきたんです」
「えーとだな……。つまりどうなったんだ?」
「毎月金貨十枚の支払いで契約しました」
「な、なに! 金貨十枚だと!」
「はい。これだけの金貨があれば、働かなくても生活できますね。ふふ」
金貨十枚は大金だ。
それが無条件で毎月入るとなると、確かに働く必要はない。
「だがな、金なんていつなくなるか分からんぞ? 働いて経験を積むことが大切なんだよ」
「なるほど。確かに……」
右手で顎を触り、納得したように頷くティアーヌ。
「知っての通り、俺は財産を没収されたからな。それでも、騎士の経験があったから今も生活できてるんだ。技術と経験に勝るものはないぞ」
「はい、肝に銘じます」
「おっと、説教臭くなっちまったな。まあ、金銭面は全て任せるよ。なんならティアーヌに手数料を払ってもいい」
「私は大丈夫です。マルディンさんのサポートに関して、ちゃんと報酬をいただいているので。ふふ」
「そうか、いつもありがとうな。本当に助かってるよ」
「いえいえ。私こそ貴重な体験をさせていただいてます。よろしければ、一生サポートしますよ?」
「そしたら手数料を取るんだろ? あっはっは」
「はい。莫大な手数料をいただきます。ふふ」
職員が珈琲を淹れてくれた。
そして、金貨が入った革袋をテーブルに置く。
俺は受取書類にサインを記入した。
「そういえば、この特許はリーシュと折半になってるんだ。そこら辺はどうしたんだ?」
「はい。リーシュちゃん……、リーシュ副支部長に話を通したら、この特許はマルディンさんのものだと引かなくて、一切の受け取りを拒否されました」
「なんだと?」
「マルディンさんに使ってほしいそうです。ですので、そういった契約を交わしました」
「あいつめ。勝手なことしやがって」
「ふふ。彼女はそれほどマルディンさんに期待しているようですよ」
「期待って、お前。まだ十八歳の子供だぞ? むしろ俺があの娘の将来に期待してるんだよ」
「ふふ、そうですね。彼女は天才ですし、きっとこれからも凄い発明をするでしょうね」
「まあ、金は余程のことがない限り使わないからな。リーシュのために貯めておくか」
ティアーヌが笑みを浮かべながら、別の資料を取り出した。
「次に犯罪組織に関してですが、マルディンさんの存在が、抑止力になっているようですね。それに、Aランク取得が早くも知れ渡っているようです」
「そうか、そりゃ良かった。Aランクを取った目的の一つだからな」
「とはいえ、相手も黙ってはいないと思います。様々な手段を講じるでしょう」
「そうだな。何かあったらすぐに連絡をくれ」
「はい、分かりました。あと、ギルドハンターの仕事に関しては、新しい武器が完成するまで総本部が抑えてくれてます。ご安心ください」
「それは助かるよ」
「通常クエストはご自由にどうぞ」
「了解した」
その後は先日の討伐試験について、お互いの感想を伝えあった。
ティアーヌは、糸巻きを使用した対モンスターの戦い方は革命だと言う。
糸巻きを使えば、ネームドの中でもトップレベルの瞬発力と跳躍力を持つヴォル・ディルと、同等の移動が可能と興奮していた。
「モンスター戦において、理想的な戦い方の一つだと思うんです。瞬時に接近して、瞬時に離脱ができます。もはや、マルディンさん自身が飛び道具というか、意思を持った弓みたいなものですからね。しかも、対人戦闘では距離を取った瞬間、首が……。これを使いこなせるマルディンさんが、本当に恐ろしいです」
「人を化け物みたいに言うんじゃないよ。俺から見れば、超重量級の重槌を使っていたティアーヌの方がヤバいと思ってるよ。その細い身体のどこに、そんな力があるんだよ」
「え? あ、あの……。美味しい食事……ですかね」
「なんだそりゃ。あっはっは」
ティアーヌの頬が、茹で上がった砂走蟹のように真っ赤に染まっていた。
ティアーヌは細身だが、食事はかなりの量だ。
年頃の娘としては恥ずかしいのかもしれないが、食欲旺盛な娘は好感が持てる。
「ところで、ティアーヌの重槌はどうなったんだ?」
「はい。あそこまで破損してしまうと、修復ができないそうです。ですが、なんとですね。ウィル様が用意してくださるそうなんです。しかも、ローザ様に頼んでくださったので、ヴォル・ディルの素材で重槌を作ることになったんです」
「おお、すげーな! ウィルもいいとこあんじゃん。完成したら見せてくれよ?」
「はい! マルディンさんの剣と同じ時期に完成するそうです」
「そうか。楽しみだな」
「はい!」
――
調査機関を後にした俺は、続いて開発機関の事務所に顔を出す。
「マルディンさん! おはようございます!」
「おはよう、リーシュ」
「Aランク合格、おめでとうございます!」
「ああ、ありがとう」
「討伐試験がネームドなんて前代未聞ですし、それを討伐して合格しちゃうなんて信じられません」
「パーティーが良かったんだよ。だってお前、オルフェリアさんに、ウィルとティアーヌだぞ。討伐できない方がおかしいだろ。あっはっは」
俺たちは応接用のソファーへ移動。
支部長の机に目を向けると空席だった。
開発機関支部長であるパルマは、冒険者ギルドのティルコア支部の副支部長でもある。
兼任はさすがに忙しいようで、リーシュが実質的な支部長業務を行っているそうだ。
元々リーシュは支部長候補だから問題ない。
副支部長の理由は、リーシュの年齢が十八歳ということで、何かあったら責任はパルマが取るという配慮だ。
開発機関は『ギルドの暴れ馬』と呼ばれるほど、暴走する組織としても知られているので、パルマの苦労は計り知れないが……。
「そういや、お前、特許料の受け取りを拒否したんだって? ティアーヌから聞いたぞ?」
「あ、そ、それは……」
「困ったやつだな」
「以前も言ったように、お金はマルディンさんに使ってほしいんです」
「まったく……。お前は言い出したら聞かないからな。ありがたく冒険者の活動資金として使わせてもらうよ」
「はい!」
リーシュが満面の笑みを浮かべた。
リーシュの手前、俺が使うと伝えたが、金はリーシュのために貯めておくつもりだ。
きっとこの先、リーシュは大きな発明をする。
その時に金が必要になるだろう。
「ところで、マルディンさん。剣はどうしたんですか?」
リーシュが俺の腰に視線を向けていた。
今は帯剣していないから、不審に感じたのだろう。
リーシュはまだ、俺が試験で剣を破損したことを知らないはずだ。




