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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第五章 冬の到来は嵐とともに

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第125話 おっさんと娘たち1

 南国の港町ティルコア。

 この地は、あまりにも日差しが強いため、夏の間は長袖を着て肌を守っていた。

 だが、秋も深まると気温は下がり、日差しも弱まる。

 とはいえ、俺は未だに夏用の長袖シャツで十分だ。


「祖国に比べたら、天国のように暖かいからな」


 俺は朝から調査機関(シグ・ファイブ)へ向かっていた。

 繁華街の路地裏にある事務所に到着。


「マルディンさん、おはようございます」

「おはよう、ティアーヌ」

「すみません。お疲れのところ呼び出してしまって」

「いや、構わんよ」


 ティアーヌはいつものように、白い長袖シャツに黒いタイトなズボンを合わせている。

 俺と同じようにまだ夏服だ。

 ティアーヌも北国出身だから、まだ冬服を着るまでもないのだろう。


「色々と手続きが溜まってしまって」

「手続き?」

「はい。まずは糸巻き(ラフィール)の特許の件なんですが……」


 糸巻き(ラフィール)の特許に関して、イレヴスの開発機関(シグ・ナイン)支部長グラントが対応してくれていたが、そういった手続きは全てティアーヌが引き継いでくれた。

 正直助かっている。


「実はラルシュ工業の造船部門が、特許を買い取りたいと言ってきたんです」

「買い取り?」

「はい。ですが、これは断りました」

「断った?」

「はい。長い目で見ると、使用料を受け取った方が有利なんです。でも、ラルシュ工業は諦めずに、今度は独占契約を希望してきたんです」

「えーとだな……。つまりどうなったんだ?」

「毎月金貨十枚の支払いで契約しました」

「な、なに! 金貨十枚だと!」

「はい。これだけの金貨があれば、働かなくても生活できますね。ふふ」


 金貨十枚は大金だ。

 それが無条件で毎月入るとなると、確かに働く必要はない。


「だがな、金なんていつなくなるか分からんぞ? 働いて経験を積むことが大切なんだよ」

「なるほど。確かに……」


 右手で顎を触り、納得したように頷くティアーヌ。


「知っての通り、俺は財産を没収されたからな。それでも、騎士の経験があったから今も生活できてるんだ。技術と経験に勝るものはないぞ」

「はい、肝に銘じます」

「おっと、説教臭くなっちまったな。まあ、金銭面は全て任せるよ。なんならティアーヌに手数料を払ってもいい」

「私は大丈夫です。マルディンさんのサポートに関して、ちゃんと報酬をいただいているので。ふふ」

「そうか、いつもありがとうな。本当に助かってるよ」

「いえいえ。私こそ貴重な体験をさせていただいてます。よろしければ、一生サポートしますよ?」

「そしたら手数料を取るんだろ? あっはっは」

「はい。莫大な手数料をいただきます。ふふ」


 職員が珈琲を淹れてくれた。

 そして、金貨が入った革袋をテーブルに置く。

 俺は受取書類にサインを記入した。


「そういえば、この特許はリーシュと折半になってるんだ。そこら辺はどうしたんだ?」

「はい。リーシュちゃん……、リーシュ副支部長に話を通したら、この特許はマルディンさんのものだと引かなくて、一切の受け取りを拒否されました」

「なんだと?」

「マルディンさんに使ってほしいそうです。ですので、そういった契約を交わしました」

「あいつめ。勝手なことしやがって」

「ふふ。彼女はそれほどマルディンさんに期待しているようですよ」

「期待って、お前。まだ十八歳の子供だぞ? むしろ俺があの娘の将来に期待してるんだよ」

「ふふ、そうですね。彼女は天才ですし、きっとこれからも凄い発明をするでしょうね」

「まあ、金は余程のことがない限り使わないからな。リーシュのために貯めておくか」


 ティアーヌが笑みを浮かべながら、別の資料を取り出した。


「次に犯罪組織に関してですが、マルディンさんの存在が、抑止力になっているようですね。それに、Aランク取得が早くも知れ渡っているようです」

「そうか、そりゃ良かった。Aランクを取った目的の一つだからな」

「とはいえ、相手も黙ってはいないと思います。様々な手段を講じるでしょう」

「そうだな。何かあったらすぐに連絡をくれ」

「はい、分かりました。あと、ギルドハンターの仕事に関しては、新しい武器が完成するまで総本部が抑えてくれてます。ご安心ください」

「それは助かるよ」

「通常クエストはご自由にどうぞ」

「了解した」


 その後は先日の討伐試験について、お互いの感想を伝えあった。


 ティアーヌは、糸巻き(ラフィール)を使用した対モンスターの戦い方は革命だと言う。

 糸巻き(ラフィール)を使えば、ネームドの中でもトップレベルの瞬発力と跳躍力を持つヴォル・ディルと、同等の移動が可能と興奮していた。


「モンスター戦において、理想的な戦い方の一つだと思うんです。瞬時に接近して、瞬時に離脱ができます。もはや、マルディンさん自身が飛び道具というか、意思を持った弓みたいなものですからね。しかも、対人戦闘では距離を取った瞬間、首が……。これを使いこなせるマルディンさんが、本当に恐ろしいです」

「人を化け物みたいに言うんじゃないよ。俺から見れば、超重量級の重槌(マルテッロ)を使っていたティアーヌの方がヤバいと思ってるよ。その細い身体のどこに、そんな力があるんだよ」

「え? あ、あの……。美味しい食事……ですかね」

「なんだそりゃ。あっはっは」


 ティアーヌの頬が、茹で上がった砂走蟹(スニカ)のように真っ赤に染まっていた。

 ティアーヌは細身だが、食事はかなりの量だ。

 年頃の娘としては恥ずかしいのかもしれないが、食欲旺盛な娘は好感が持てる。


「ところで、ティアーヌの重槌(マルテッロ)はどうなったんだ?」

「はい。あそこまで破損してしまうと、修復ができないそうです。ですが、なんとですね。ウィル様が用意してくださるそうなんです。しかも、ローザ様に頼んでくださったので、ヴォル・ディルの素材で重槌(マルテッロ)を作ることになったんです」

「おお、すげーな! ウィルもいいとこあんじゃん。完成したら見せてくれよ?」

「はい! マルディンさんの剣と同じ時期に完成するそうです」

「そうか。楽しみだな」

「はい!」


 ――


 調査機関(シグ・ファイブ)を後にした俺は、続いて開発機関(シグ・ナイン)の事務所に顔を出す。


「マルディンさん! おはようございます!」

「おはよう、リーシュ」

「Aランク合格、おめでとうございます!」

「ああ、ありがとう」

「討伐試験がネームドなんて前代未聞ですし、それを討伐して合格しちゃうなんて信じられません」

「パーティーが良かったんだよ。だってお前、オルフェリアさんに、ウィルとティアーヌだぞ。討伐できない方がおかしいだろ。あっはっは」


 俺たちは応接用のソファーへ移動。

 支部長の机に目を向けると空席だった。

 開発機関(シグ・ナイン)支部長であるパルマは、冒険者ギルドのティルコア支部の副支部長でもある。

 兼任はさすがに忙しいようで、リーシュが実質的な支部長業務を行っているそうだ。

 元々リーシュは支部長候補だから問題ない。

 副支部長の理由は、リーシュの年齢が十八歳ということで、何かあったら責任はパルマが取るという配慮だ。

 開発機関(シグ・ナイン)は『ギルドの暴れ馬』と呼ばれるほど、暴走する組織としても知られているので、パルマの苦労は計り知れないが……。


「そういや、お前、特許料の受け取りを拒否したんだって? ティアーヌから聞いたぞ?」

「あ、そ、それは……」

「困ったやつだな」

「以前も言ったように、お金はマルディンさんに使ってほしいんです」

「まったく……。お前は言い出したら聞かないからな。ありがたく冒険者の活動資金として使わせてもらうよ」

「はい!」


 リーシュが満面の笑みを浮かべた。

 リーシュの手前、俺が使うと伝えたが、金はリーシュのために貯めておくつもりだ。

 きっとこの先、リーシュは大きな発明をする。

 その時に金が必要になるだろう。


「ところで、マルディンさん。剣はどうしたんですか?」


 リーシュが俺の腰に視線を向けていた。

 今は帯剣していないから、不審に感じたのだろう。


 リーシュはまだ、俺が試験で剣を破損したことを知らないはずだ。

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