第123話 前例なき討伐試験11
ヴォル・ディル解体の翌日、朝からオルフェリアと面談だ。
ギルドの会議室に入ると、すでにオルフェリアがソファーに座っていた。
「お待たせしました」
俺はオルフェリアの正面のソファーに腰を下ろす。
「マルディン。この度はご苦労様でした。そして、討伐試験で無理をさせてしまい、申し訳ありませんでした」
オルフェリアが頭を下げた。
「とんでもないです。町のために、ヴォル・ディルの討伐は必須でしたし、むしろ総本部の達人たちと討伐できて良かったです。我々だけだったら厳しかったでしょうから」
「フフ。ご謙遜を」
オルフェリアが、笑みを浮かべながら珈琲を口にした。
「ヴォル・ディルに損傷はほとんどなく、解体指導にも使用できました。感謝してます」
「素材はどうするんですか?」
「素材のいくつかは、ティルコアの研究機関に研究用として提供します。その他は総本部に持ち帰ります」
「そうなんですね」
「今回は試験でしたが、クエスト報酬はしっかりお支払いします。素材の買い取りも通常通り行いますので、マルディンには代金をお支払しますね」
「え? いや、それは別に構いませんよ」
「ダメですよ。労働に対する対価は必ず受け取ってください」
冒険者ギルドには暗黙のルールが存在する。
そのうちの一つが労働の対価だ。
俺は騎士時代の癖が抜けきれておらず、つい不要と言ってしまうが、その度に注意されていた。
「ネームドですから報酬は相当な金額になります。それに今回のウィルとティアーヌは、ギルド職員としての参加です。二人の報酬は別なので、全てマルディンが受け取ってください」
「わ、分かりました」
ネームドの討伐報酬は莫大で、一頭で一財産と聞く。
いくらになるのか皆目見当もつかない。
「あと、マルディンの剣に関してですが……」
「そのことなんですけど、ネームドの素材を使用させてもらうことは可能ですか?」
珈琲カップを持つオルフェリアから、意味深な笑みがこぼれる。
「マルディン。剣に関しては、こちらで用意します」
「用意?」
「ええ。共通試験は満点。討伐試験は史上初のネームド。そして見事に討伐成功。ギルドの歴史でも、これは快挙ですからね。それに、ギルドハンターを受けてくださった件もあります。私からのお礼ということで、剣をお送りしますね」
「い、いや。ありがたいのですが、それはさすがに……。今回は報酬がありますし、自分で作りますよ」
珈琲を口にし、カップをそっとテーブルに置くオルフェリア。
「ネームドの素材で剣を作るには、腕の良い鍛冶師が必要です。未熟な鍛冶師によって、ネームドの素材が無駄になったなんてことも聞きます。ですから、今回はローザに打ってもらいます」
「え? ま、まさか?」
「ええ。神の金槌のローザです」
「な、なんだって!」
俺は思わず立ち上がった。
オルフェリアは予想していたかのように、優しい微笑みをたたえている。
「い、いや、ローザ局長の剣は、一本で金貨数千枚とも聞きますよ?」
「それは素材代も含めてですからね。素材はすでにあります。今回の試験は、私も無理を言いましたからね。受け取ってください」
こうまで言われたら断ることはできない。
俺はソファーに座り、頭を下げた。
「わ、分かりました。ありがたく頂戴します」
「フフ。全ての報酬は総本部でお渡しします。ローザの制作時間もあるので、二ヶ月後に総本部へ招待しますね」
「分かりました。お気遣い、感謝します」
「その件はまたご連絡します」
二ヶ月後に、ギルドの総本部へ行くことが決まった。
ラルシュ王国を訪れるのは初めてだ。
建国から数年で、王都は急激に発展していると聞く。
どんな街なのか楽しみだ。
ギルド総本部といえば、オルフェリアたちは帰れるのだろうか。
「ところで、飛空船の状態はどうですか?」
「それが思った以上に傷が深くて、本格的な修理をしないと、長距離の飛行が耐えられないんです」
「え? じゃあ、どうやって帰るんですか?」
「総本部から、職員とラルシュ工業の技術者が来てくれることになりました。私たちはその飛空船で帰還して、技術者たちはここに滞在して修理をしてくれます」
「なるほど。ひとまず安心ですね」
「はい。迎えは数日後に到着すると思いますよ」
「それまでは?」
「フフ。アリーシャに色々と伝えるつもりです」
「それはアリーシャも喜ぶでしょう。オルフェリアさんを尊敬してますからね」
「本当ですか?」
「もちろんですよ。良かったらアリーシャを弟子にしてやってください。あっはっは」
「弟子に……なっていただけますかね?」
「当たり前じゃないですか! それに、オルフェリアさんに教われば、アリーシャはすぐにAランクになりますよ。あっはっは」
突然、オルフェリアの動きが止まった。
「あ、そうだ!」
珍しく大きな声を出し、軽く手を叩くオルフェリア。
「試験の結果をすっかり忘れてました。ごめんなさい。当然ながら合格です。ですから、マルディンはもうAランクを名乗って構いません。冒険者カードは近日中に発行します」
「ほ、本当ですか!」
「はい。採点は満点です。Aランク冒険者にとっても難しいネームドの討伐ですからね。本当にお見事でした」
これでついに俺はAランク冒険者となった。
俺には冒険者の師匠はいないし、ギルドのことなんて分からないことばかりだった。
だが、ここまで来れたのは仲間のおかげだ。
「マルディン。ギルドハンターのままAランクになった冒険者は初めてです。色々と負担をかけることもあるかとは思いますが、これからもこの地を守ってください」
「もちろんです。俺の第二故郷ですから」
「フフ。国を追われたあなたの……新たな使命ですね」
「俺の……使命」
「元騎士のあなたに相応しい、とても立派な使命です」
オルフェリアが優しく微笑んでいた。
「さて……マルディン。今日の予定は?」
「休みですよ。というか、剣がないので、しばらくは休業ですね。あっはっは」
「では、お願いがあります」
「お願いですか?」
また無理難題を言われるのだろうか……。
俺は少し身構えた。
「フフ。ご安心ください。今日は私も休暇にしました。ですので、フリッターの店に連れていってほしいのです。ウィルが自慢するから、ずっと食べたかったんですよ」
「それならお安い御用ですよ。でも並びますよ?」
「構いません。美味しいものを食べるためなら当然です。フフ」
冒険者ギルドの頂点に立つギルマスにもかかわらず、行列に並ぶという。
このギルマスは、俺が知っている権力者たちとは少し違うようだ。
色々と無茶ばかり言っていたが、俺は嫌いじゃない。
自ら率先して動くし、なんというか仕事の上司として好感が持てる。
ギルドのトップがこうなら、俺も信頼して、これまで以上に危険な仕事にも立ち向かえるというものだ。
「オルフェリアさん。ついでに刺し身もどうですか?」
「いいですね。青石魚は美味しいですよね」
「あ……」
オルフェリアは青石魚を知っていた。
ウィルのように驚くと思ったのだが……。
「フフ、私は解体師ですよ? 毒甲百足だって食べますもの」
「え? あ、あの蟲類を……」
「一緒に食べますか? 意外と美味しいですよ?」
「い、いや……」
目論見は看破され、逆に俺が言葉に詰まった。
オルフェリアの方が一枚も二枚も上手だ。
「フフ。さあ、お魚を食べに行きましょう」
俺はオルフェリアと繁華街へ向かった。
 




