第122話 前例なき討伐試験10
翌日、俺は朝からギルドへ顔を出す。
オルフェリアがロビーで、ラーニャやトレファスに指示を出していた。
「オルフェリアさん。おはようございます」
「あら、マルディン。おはようございます。早いですね。体調はどうですか?」
「ええ、問題ないですよ」
「あの戦いの後で……。さすがですね。フフ」
解体師用の厚い革製エプロンをつけたオルフェリア。
グローブをはめ、腰に終焉の短剣を吊るしている。
「これからヴォル・ディルの解体を始めますね」
「見ていてもいいですか?」
「もちろんです。ネームドの解体は珍しいので、ぜひ見ていってください」
ラーニャが少し焦った表情で、ロビーに戻ってきた。
「オルフェリア様。場所を移動してもよろしいですか?」
「場所ですか? 構いませんよ」
「ありがとうございます。見学者の人数が想定を超えまして……」
当初はギルドの倉庫で行われる予定だった解体だが、見学者が膨れ上がり、急遽野外の広場へ移動となった。
ティルコア支部に所属している全解体師、運び屋、研究機関職員が参加している。
さらに、イレヴス支部の研究機関の職員や、解体師たちも押し寄せたようだ。
俺は少し離れた位置から解体を眺める。
オルフェリアが挨拶をすると、終焉の短剣を抜いた。
伝説の解体短剣の登場で、歓声が湧く。
オルフェリアは解説しながら、ヴォル・ディルの喉元から腹部へ、終焉の短剣を一直線で動かす。
さらに尻尾の先まで切っていく。
続いて、四本の手足に沿って切込みを入れ、毛皮と肉の間に終焉の短剣を入れる。
「す、すげーな。あっという間に毛皮を剥いだぞ」
あまりの速さに、見学者たちからどよめきが上がる。
「ん?」
背後から気配を感じた。
だが、知っている気配なので、特に気にせず視線は動かさない。
「あれが世界最高の解体師だよ」
背後から聞こえた声の持ち主はウィルだ。
ウィルが俺の背中を軽く叩き、隣に立つ。
「ウィル、お前身体は大丈夫か?」
「ああ、問題ないよ。鎧に少し傷がついたくらいさ。ハハ」
ヴォル・ディルに弾き飛ばされても無傷だという。
ウィルの鎧は相当な高性能なのだろう。
そういえば、両刃短剣も凄まじい切れ味だったし、ヴォル・ディルの大爪を弾いていた。
「なあ、お前の剣と鎧って素材はなんだ?」
「一応ネームドの素材だよ」
「そりゃそうか。Aランク冒険者だし、騎士団の副団長だもんな」
「まあね。オイラはネームド討伐の経験があるからね。その素材で作ったんだ」
今回の戦いで損傷した俺の剣は、どう考えても修復不可能だ。
ヴォル・ディルの大爪によって、剣身から三日月を切り取ったようにえぐれていた。
作ったばかりではあるが、新しい剣を用意しなければならない。
「ネームドの素材か……」
解体場では、オルフェリアが時折手を止め解説している。
アリーシャは最も近くで、メモを取りながら熱心に話を聞いていた。
正午を迎える前には、解体が終了。
「すげーな。もう終わっちまったよ」
「オルフェリアさんだもん。あの人以上の解体師なんて見たことないよ」
オルフェリアは解体師たちに囲まれ、質問攻めだ。
「オルフェリアさんの解体師セミナーは、毎回一瞬で会場がいっぱいになっちまうのさ。金を取ればいいのに、解体師の技術向上だってことで毎回無料なんだよ。それが今回は滅多にないネームドだ。そりゃ人も集まるってもんさ」
「なるほどね。そりゃそうか」
オルフェリアの隣にいるアリーシャは、いつも以上に真剣な表情だった。
「頑張れよ、アリーシャ」
俺はウィルの肩に手を置く。
「さて、俺は飯を食いに行く。お前は休みだっけ?」
「そうだよ。せっかくのティルコアだ。美味い店を案内してくれよ」
「そう言うと思ったぜ。んじゃ、行くか」
俺はウィルを引き連れ、繁華街へ繰り出した。
一軒の食堂へ入る。
この町の昔ながらの食堂で、注文方法が面白い。
「ここの魚が美味いんだ。今朝上がったばかりの魚を出すんだぜ」
「いいねー。オイラ、刺し身が食いたい。新鮮な魚を食う機会はなかなかないからな」
「魚は自分で選べるぞ。ほら、あそこに並んでる魚を選んで、その場で捌いてもらうんだよ」
「マジか! メッチャ楽しいじゃん。」
積み上げた木箱に並べられている魚を選んでいると、ティアーヌが姿を見せた。
「ここにいたんですね」
「お、ティアーヌか。どうしたんだ?」
「私も今日は休暇にしたので、お二人につき合います」
「ここにいるって、よく分かったな」
「こう見えて、調査機関の支部長ですからね。調査は得意なんですよ。ふふ」
両手を腰に当て、得意げな表情を浮かべるティアーヌだった。
だがウィルは、ティアーヌに目もくれず、集中して魚を選んでいる。
「ウィル様、このお魚美味しいですよ」
「え? こんな鮮やかな魚が? ちょっと怖くない? 毒とか大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。すっごく美味しいんですって」
「い、嫌だよ。もっと普通のがいい」
「この町では普通ですよ!」
ティアーヌが、体長五十セデルトの青石魚を指差した。
名前の通り、宝石のような鮮やかな青色の魚だ。
俺もこの地に来て、あれを食べるのかと驚いたが、食ってみると確かに美味い。
特に刺し身は絶品だった。
美味い刺し身を食いたいと言っていたウィルにはちょうどいい。
ウィルが希望した通りの選択は、さすが一流諜報員だ。
事前に調べていたのだろう。
「ウィル様、これにしましょう!」
「おい! ティアーヌ!」
ただ、嫌がるウィルを楽しんでるようにも見えるが。
――
飯を食い終わった俺たちに、女将が食後の大麦茶を出してくれた。
さっぱりとした大麦茶を飲むことで、濃厚な青石魚の余韻がさらに際立つ。
「あの刺し身、マジで美味かったなー。見た目はアレだけど……」
「ほらー、言ったじゃないですか」
ウィルの感想を聞いて、ティアーヌが勝ち誇った表情を浮かべている。
そんなティアーヌに、俺は気になることを質問してみることにした。
「なあ、ティアーヌ。お前の武器はどうすんだ? あの重槌はもう使えないだろ?」
「はい。新しく作ります。とはいえ、冒険者でのクエスト予定はないので、しばらくは刺突短剣でも大丈夫ですけどね」
ティアーヌは冒険者のクエストだと重槌を使うが、諜報活動では刺突短剣を使用していた。
武器を使い分けることは、その分習得にも時間がかかる。
一般的には推奨されてない。
それをやってのけたティアーヌは、これまで相当な努力を積んできたのだろう。
ウィルが口にした大麦茶のカップをテーブルに置く。
「ネームドを討伐したんだ。二人とも素材は使えるはずさ」
「マジか?」
「ああ、ネームドの素材で装備を作ることは、冒険者にとって最大の名誉だからな。オルフェリアさんに相談してみるといいよ」
その後は、いくつもの店に連れ回された。
休みだということで、二人ともティルコアのグルメを存分に楽しんでいる。
ウィルは小さい身体ながら、驚くほど食べる。
ティアーヌも細身なのに、ウィルに負けてない。
「二人ともよく食うな」
「だって、昨日頑張ったし?」
「ティルコアの料理は本当に美味しいですからね。でも、太っちゃいますね。ふふ」
最後は馴染みの酒場へ移動し、黒糖酒を楽しむ。
「今日は丸一日、ただ食って飲んでいたなあ。あっはっは」
「まあいいじゃん? 何事もメリハリが大切さ。ハハハ」
「ふふ、楽しいですね。もう一本飲んじゃいましょうか」
ウィルの言う通り、昨日の激闘の後だ。
こんな日もいいだろう。




