第120話 前例なき討伐試験8
「お、オルフェリアさんだ」
ウィルが頭上を指差す。
俺も上空に視線を向けると、飛空船がゆっくりと下降していた。
「ここに着陸させるのか。凄いな」
「あの人の操縦技術は高いよ。ただ、時折暴走するけどさ……」
オルフェリアが木々を避けながら、飛空船を着陸させた。
「皆さん、大丈夫ですか!」
ハッチから姿を現したオルフェリアが、俺たちの元へ走ってきた。
「ええ。全員無傷ですよ。なんとかヴォル・ディルを討伐できました」
「上空から見てました。見事な連携です」
オルフェリアがヴォル・ディルの頭部に近づく。
厚手の革製グローブをはめて、傷口や口の中を確認している。
「血抜きをしておきますね」
オルフェリアは終焉の短剣を抜き、ヴォル・ディルの首の血管を切った。
その切れ味は、血が出るまで少し時間がかかったほどだ。
そして、大爪の観察を始めた。
「この爪の層から判断すると、推定で百五十年といったところでしょう」
「百五十年? 何がですか?」
「ヴォル・ディルの年齢です」
「そ、そんなに?」
「はい。ネームドになるような特別な個体は、通常個体よりも寿命が二倍から三倍と言われています。元々一角虎の寿命は百年近くありますからね。百五十年だと肉体的には最盛期だったでしょう」
俺に説明しながらも、オルフェリアはヴォル・ディルの身体を入念に観察している。
「ヴォル・ディルの損傷は頭部、爪一本、後ろ足一本。これだけの大物の討伐で、この傷の少なさは驚異的です。素材として十分活用できます。買取金額が跳ね上がりそうですね。フフ」
オルフェリアが俺の顔を見ながら、笑みを浮かべていた。
「ところで、マルディンの剣は損傷したようですね」
「ええ。四角竜の大角から作ったばかりの剣でしたがね。まあ仕方がないです。むしろBランクモンスターの剣でネームドを討伐できたんだから、褒めてやりたいですよ」
剣士にとって武器は相棒だ。
もう使えないが、使命は果たしてくれた。
俺はこの剣を一生忘れない。
「ありがとう」
俺は剣の柄に手をかけた。
「では、ヴォル・ディルを積み込みましょう。ウィル、クレーンを出してください」
「了解」
「マルディンとティアーヌは積み込みを手伝ってください」
オルフェリアがロープを用意していた。
「ん? 解体はしないんですか?」
モンスターを討伐すると、通常はその場で解体して持ち帰る。
今回はオルフェリアが同行しているし、すぐに解体すると思っていた。
「ええ。貴重なネームドの個体ですから、研究機関の研究材料になります。それにアリーシャやティルコアの解体師たちにも、解体の様子を見せてあげたいですからね。そのために、解体しなくても運搬可能な中型の飛空船を出したのですよ。全てマルディンのおかげです。フフ」
「なるほどね……」
オルフェリアはこうなることを、最初から全て見越していたようだ。
俺の試験、ネームドの討伐、解体師の技術向上を一回で終わらせた。
開発機関が開発したという大型クレーンを使用し、ヴォル・ディルの死骸を飛空船へ積み込むと、オルフェリアが防腐処理を行った。
これで全ての作業が完了。
後はティルコアへ帰還するだけだ。
「あー、やっぱすげー傷がついてるぞ」
ウィルが右舷の船尾を指差す。
四本の大きな傷がついていた。
最初の攻撃だろう。
もしあの時、高度を上げていなかったら、船体を破壊されていたかもしれない。
傷は貫通していないようだが、相当深い。
補強されている外壁をここまで傷つけるのだから、やはりヴォル・ディルの大爪は脅威だった。
「なあ、ウィル。これ飛べるのか?」
「ティルコアまでなら大丈夫だと思う。本国まではどうかな。ちゃんと見てみなきゃ分からないけど、この傷はさすがに厳しいかもな」
ウィルが船尾の傷を見上げていた。
「ひとまずティルコアへ戻りましょう。船体の修理はその時に考えます」
オルフェリアが全員を見渡し、お辞儀をした。
「皆さん、本当にご苦労様でした。ティルコアへ帰還するまでは自由行動です。ゆっくり休んでください」
「じゃあ、オイラは寝台で横になるよ」
「いいですね。私も寝台に行きたいです」
「俺は操縦室へ行ってもいいかな? 森を見ていたいんだ」
俺は上空からの景色が好きだった。
特に壮大なカーエンの森の景色は、いつまでも見ていられる。
前方が大きく見渡せる操縦室は特等席だ。
「フフ。構いませんよ。どうせなら、マルディンも操縦免許を取ったらどうですか?」
「なるほど。冒険者でも取っていいのか」
「ええ。操縦免許は誰でも取れますからね。運び屋だけではないですよ。中には、自分の飛空船を保有している冒険者もいますから」
「え? 自分の飛空船?」
「はい。小型の飛空船なら手が届くということで、購入する冒険者もいます」
「いやいや。小型とはいえ、さすがに飛空船は手が届かないですよ。まあいつか大金を手にしたら考えます。あっはっは」
「大金ですか……。飛空船を購入する時は声をかけてくださいね。ラルシュ工業を紹介しますので。フフ」
ラルシュ工業とは、世界で唯一の飛空船製造会社だ。
冒険者ギルドと並んで、ラルシュ王国の二大国営企業の一つとして知られている。
「さあ、では帰りましょう」
飛空船に乗り込み、オルフェリアの操縦で帰路へつく。
ウィルとティアーヌは、二階の居住区の個室に向かった。
俺は操縦室の窓から、眼下に広がるカーエンの森を眺める。
「マルディン、西を見てください」
「西?」
西へ目を向けると、太陽は水平線に近づき、空は薄く赤みを帯びている。
「す、凄いな……」
「美しいですね」
操縦桿を握りながら、オルフェリアが俺に視線を向けていた。
「マルディン。今回はありがとうございました。これからも、この地を守ってくださいね」
「俺なんかが守るなんておこがましいけど、できる限りやりますよ」
「さすが元騎士ですね。フフ」
故郷を失った俺に、もう一度守るものができた。
そう思わせるほどの壮大な景色を眺めながら、飛空船は上空を進む。