第12話 サルベージと護衛クエスト1
◇◇◇
大陸の南南東に位置するエマレパ皇国。
四大国に数えられる大国で、香辛料の生産は世界一を誇り、温暖で台風が多い国として知られていた。
栄華を極める皇都タルースカから西へ約千キデルト。
マルソル内海に面した港町ティルコア。
以前は寂れた田舎町として塩の生産と僅かな漁が行われていたが、数年前にマルソル内海に生息していた竜種の一柱、水竜ルシウスが討伐されたことで安全に漁ができるようになった。
現在は漁業が盛んとなり、銀班鯖や大剃鯵の水揚量は皇国でも上位に入る。
飛空船が開発されたことも漁業を押し上げた要因の一つだった。
新鮮な魚は当日に輸送され、翌日には皇都へ到着する。
そのため、ティルコアでは昼夜問わず漁が行われていた。
あまりにも忙しいため、漁師ギルドの手伝いや、そもそもの漁の依頼が冒険者ギルドへ来るほどだ。
皇国では『金を稼ぎたかったらマルソル内海で漁をやれ』と言われるほど、今やマルソル内海の漁師は儲かる職業になっていた。
だが当然、海の仕事は危険が伴う。
以前より遥かに安全になったとはいえ、海で命を落とす漁師は後を絶たない。
そんな港町ティルコアで、冒険者として活動しているマルディン・ルトレーゼ。
三十三歳のCランク冒険者だ。
マルディンは一年前に祖国を永久追放され、いくつかの土地を渡り歩き、半年前にこの地へ辿り着く。
安住の地を探していたマルディンにとってティルコアは居心地が良く、住み着いてしまった。
◇◇◇
「さって! 今日はクエストに行くかな!」
部屋の窓を開け、朝の爽やかな風を取り入れる。
北海に面した極寒の故郷と違い、このエマレパ皇国は信じられないほど温暖だ。
「雪が降らねーのは最高だ」
珈琲を淹れ、窓の外を眺める。
温暖地方に生息する派手な色の鳥、紅冠鵡が枝に止まり、バカでかい鳴き声で喚き散らしている。
「うるせー。ほんとおもしれー鳥だな」
珈琲を飲み干し、支度を終え冒険者ギルドへ向かう。
散歩がてら港を経由して歩いていると、馴染みの漁師の姿が見えた。
「マルディン! おはよう!」
「ようグレク! おはよう!」
漁師のグレクが声をかけてきた。
年齢は俺と同じくらい。
この町の漁師では若手に入るだろう。
冒険者と違い、漁師の年齢層は高い。
引き締まった身体に、日焼けした肌は漁師の証。
白い歯を見せ、早朝からすこぶる元気だ。
いや、朝早い漁師にとってはもう早朝ではない。
「グレクは今日も漁か?」
「違うんだよ。今日はサルベージだ」
「サルベージ?」
「そうだ。沈没した商船が見つかってな。漁師ギルドでサルベージすることになった。何でも大量の葡萄酒が積んであるらしい」
「マジか!」
「冒険者ギルドにも手伝いのクエストを発注したと言ってたぞ」
「サルベージか。でもよ、船に乗るんだろ?」
「そりゃサルベージだもん。それに俺たちは潜る」
「あー、じゃあダメだ。俺は泳げない」
「ハハハ、北国生まれにゃ海はキツいか」
「そうだな。引き上がった葡萄酒を飲むよ。あっはっは」
「いや、それがな……」
グレクの表情が引き締まった。
首を何度も振り、周囲の様子を伺っている。
「ここだけの話……相当な高級葡萄酒らしいぞ。エ・ス・ティエリ大公国の葡萄酒って噂だ」
「マジか! エ・ス・ティエリ大公国の葡萄酒なんて、一本金貨数枚はくだらないぞ」
「情報に長けている商人たちが、すでに買取交渉をしているそうだ」
「それほどか。なあ、一本抜き取ってくれよ」
「ハハハ、無理無理。俺たち末端の漁師にそんな権限はない。それにバレたらヤバい」
「ちっ、残念だ。じゃあ、ほどほどに頑張れよ」
「ああ、お前もな」
グレクと別れ、冒険者ギルドへ向かった。




